10.飛び蹴りギャルと記憶を無くした少女
目の前の制服姿の少女。
やっぱり気配を感じない。
見えるのにいない という認識のブレが、気持ち悪い。
ただ、鼻ピアスと金髪パーマは普通に少女を認識して、ナンパまでしている。
わたしの感覚がこんなアホ丸出しの奴らより劣っている?
いや、ないないない。
ということは、彼ら——人間にとっては、少女は普通なのだ。
となると、〝気配〟がないわけではない。
別の何かをわたしが読み取れていない。
そして、わたしはそれにすっごく引きずられている。
……あ、そうか。〝拓海センサー〟か。
〝拓海センサー〟って、何に反応しているの?
本能的に、拓海が私に重要なものであるなら、この少女はどうでもいいもの?
いや、違うぞ。
どうでもいいのは、そこら中にいるモブ人間たちか。
なら——
私が関わってはいけないもの?
もしくは、想定外のもの、規格外のもの、ということか?
……いずれにしても危なくない?
〝危険センサー〟なら、今、ビンビンに警鐘を鳴らしてるわ。
めちゃくちゃ気を付けなきゃいけないものを認識できないって、わたし終わってるかもしれない。
注意できない要注意人物。
こんなもん、特◯呪物じゃん。
野放しにはできんな。要対策案件発生。
「——ちょっと、ちょっと、おネエさん、待ってって!」
制服の少女に無視された鼻ピアスが、慌てて後を追う。
無視というか、無反応。呼び掛けに対し、少女は視線ひとつ動かしていない。
もしかすると彼女、自分が声を掛けられたことすら気づいていない?
というか、目の焦点が……合っていない?
なんか様子がおかしい。
おかしいと言えば、遅い夜の繁華街を制服姿の少女が一人で歩いているのが、そもそもおかしい。しかも、清楚系で育ちの良さそうな雰囲気の美人、とくれば尚更だ。
周囲の音も聞こえてないのでは?
足取りも頼りない。
幽霊のように歩き続けている。
「ねえ、おネエさんってば、聞こえてる? ——って、大丈夫?」
ようやくナンパ野郎たちも、少女の普通ではない様子に気づく。
訝しがる鼻ピアスが彼女の腕を掴もうとした、その瞬間——
男の体が地面に転がった。
おお?
今見た光景——触れられた瞬間、少女が片足を後ろに引きクルッと体を捻ったら、勝手に男が転んだように見えた——、これって……
合気道?
鼻ピアスは仰向けに倒れたまま、口をポカンと開けて固まっている。
ついでに投げた本人も唖然としている。お前も驚くんかい。意味不明。
彼女は目を大きく見開き、自分の手をジッと見つめていた。
それから、ハッと面を上げ、キョロキョロと周囲を見回している。
「お、おい! いきなり何すんだよ!」
金髪パーマが慌てて少女の肩をドンと突き飛ばす。
「きゃっ」
尻餅をつく少女。金髪パーマは彼女の手首を掴み、そのまま捻り上げる。
「痛い!」
「こんなことをしてタダで済むと思うなよ!?」
あれは酔っ払って自制心が働いてないな。完全に興奮状態だ。
周囲には10人ほどの若者たちが事の成り行きを見守っていたが、助けに入る気配がない。むしろ彼らの表情に浮かぶのは「面白いものが見れる」という好奇の目。
おい、さっきの赤キャップくん。どこ行った?
今こそお前が漢を見せる絶好の機会だと思うのだが。
そのとき、人混みをかき分けて飛び込んできたのは——
さっきの厚底ブーツのギャルちゃん。
お前かよー。
その後ろ、赤キャップくんが追い掛けてくる姿も見える。これってどういう状況?
一直線に金髪パーマに向かって走るギャルちゃん。
はやっ。厚底ブーツって、そこまで速く走れんの?
そのまま——
飛び蹴り。
吹っ飛ぶ金髪パーマ。
目をパチクリさせる制服ちゃん。
勢い余って、ゴロゴロと地面を転がる〝飛び蹴りギャル〟ちゃん。
「イタタ……、へへ、ざまあみろってんだ。女子舐めてんじゃねーぞ」
飛び蹴りちゃんが、腰のあたりを擦りながらヨロヨロと立ち上がる。
「てめえ、よくも……」
金髪パーマが、怒りに顔を真赤にしながら立ち上がる。
あいつ、案外タフだな。
鼻ピアスもすでに立ち上がり、混乱しながらも状況把握に努めている。
まだフラフラしている飛び蹴りちゃんに、金髪パーマが掴みかかる。
が、そのとき制服ちゃんが素早く動いた。
さきほどとは違う、明確な意志。
飛び蹴りちゃんの前にさっと体を割り込ませると、金髪パーマの手を掴む制服ちゃん。そのまま後ろ手に捻り上げ、流れるような動きで自分の方に振り向かせる。
すると、あら不思議、金髪パーマはそのまま地面に転がった。
それを見た鼻ピアスが、制服ちゃんに掴みかかる。
その両手を彼女が受け止めた次の瞬間、鼻ピアスは仰向けに倒れていた。
…………。
いやー、見事。
すげー。いいモン見た。
あまりにも華麗な動きに、その場にいた全員が呆気にとられている。
「逃げましょう」
制服ちゃんが飛び蹴りちゃんに駆け寄り、耳元でそう囁く。
よくわからないままコクコク頷く飛び蹴りちゃん。
二人は手を取り合って走り出した。
わたしもそのあとを追う。
背後では、起き上がった鼻ピアスと金髪パーマが喚き散らしている。
あ、追い掛けてきた。
面倒な奴らだ。
しかし、前を走る金髪パーマが盛大にコケた。
それに巻き込まれて鼻ピアスもコケた。
面白いくらいゴロゴロと転がっている。
何やってんだ?
よく見たら、誰かが伸ばした足に躓いたらしい。
おお、赤キャップ!
お前の仕業か!
グッジョブ。
逃げる少女二人はすでにアーケード街の外。
アーケードの天蓋が無ければ、わたしも高度を上げられる。追跡がずっと楽になった。
「ちょ、ちょっと、待って、ストップ!」
角をいくつか曲がったところで、跳び蹴りちゃんが苦しそうに訴える。
「も、もう無理……はぁ、はぁ、限界……はぁ、はぁ……」
膝をつき四つん這いで喘ぐ飛び蹴りちゃん。
一方の制服ちゃんは、軽く肩で息をする程度。
「多分、もう……大丈夫だから……休憩。はぁ、はぁ」
うん、確かにもう追ってきてない。
すでに住宅地の路地に入り込んでいて、人通りもまったくない。
鼻ピアスたちは、完全にこちらを見失っているだろう。
「あの……体は……怪我とか大丈夫ですか?」
制服ちゃんが、心配そうに飛び蹴りちゃんの肩に手を置く。
「ぶっ……、あはははははははははっ!!」
四つん這いのままで、いきなり跳び蹴りちゃんが爆笑する。
それに一瞬驚いた制服ちゃんも、はにかんだ笑みを見せた。
「やべー! ウケる! マジさいこー! ……って痛っ」
飛び蹴りちゃんの肘や膝が擦り剥けて、そこから血が滲んでいる。
飛び蹴りなんてするから。
でも、見応えはあったな。
「やっぱり怪我してるじゃないですか! 大丈夫ですか?」
「えへへへ、さっきキックしたときだね。平気、平気、こんな傷」
腕をブンブン振り回して元気アピールの飛び蹴りちゃん。
「それより、着地が思ったよりムズい。よし、次はもっと上手く着地してやる」
次があるんかい。
不敵に笑う飛び蹴りちゃん。
すると制服ちゃんが佇まいを正して、深くお辞儀をする。
「さきほどは、助けてくれてありがとうございます」
「え? ちょ……いいって、いいって! あたしの方こそ助けてもらったし!
それに何アレ? すげー技! ガチビビった!」
ナンパ野郎たちを投げた技のマネをする跳び蹴りちゃん。
「あ、あれは……、私も、その……。
咄嗟のことでよく分からなくて……。
気がついたら体が勝手に動いていたというか……」
「え? 何それ? どういうこと?」
体が勝手に?
しどろもどろの制服ちゃん。
キョトンとする飛び蹴りちゃん。
「何も、分からないんです」
「え?」
「その……、
ここがどこなのか、
なんでここにいるのか、
そもそもそれまで何をしていたのか……、
思い出そうとして色々考えていたら、男の人に絡まれて……、
あなたが助けてくれて……、
なんで私は、あんなことができたのか……、
それもわからない……。
それで……、
私は……どこの……だれ、なのか……」
泳ぎまくる制服ちゃんの視線。
自分でも認めたくないのか、だんだんと声が尻すぼみになる。
まさか……記憶喪失?
わたしと同じ?
…………。
少女二人が黙り込むこと数十秒。
おっと、わたしもフリーズしてた。
最初に声を発したのは飛び蹴りちゃんだった。
「……ガチ?」
「あっ! 名前は覚えています!
私、綿貫真詩緒です!」
「ましお……ちゃん?」
「はい!」
花が咲いたような笑顔を見せた真詩緒。
名前を覚えてたのが、嬉しかったんだな。
自分が自分であるための、貴重な手掛かりだもんね。
わたしには名前はあったのかな。
「えーと、私は……、高梨瑠華、です」
「瑠華さんですね。よろしくお願いします」
両手を差し出す真詩緒。
勢いに飲まれて、差し出された手を握り返す瑠華。
「よろしく……」
なんか堅い。




