第三十五話 - 持っていた切り札
あれから、私は縁の下ギルドに戻った。
馬車に揺られながら、時々休憩して。
ギルドに付いた時に思ったのは
以前の活況が戻っているなってことだった。
私はその裏側でハーブティを目の前に、下を向いていた。
キャロスさんに呼ばれたからだ。
「日葵」
ターバンを付けて腕を組むその姿はまるで巨大な頭脳だ。
呼ばれて二人で話す時は、大体叱られる時だ。
「お前が勇者教を止めたいのも理解している。
がむしゃらになる理由も、竜と戦う理由も
秘書に注力できない理由もわかる。」
夏の日差しの中でも魔法の媒体である青水晶から
ひんやりとした冷気が部屋を満たしている。
でも私には、それが震えるほどの寒さにも感じた。
「だからと言って先輩に丸投げして
お願いしますは違うんじゃないか。
紫苑から聞いたぞ。報酬は提示されてないと。」
そっち…!確かに、友達が手伝ってくれる位のつもりだった。
そうだよね、お給料を払わないと。
でも、気付かなかった。
「紫苑さんに、どうせこのギルドにしか仕事を売る予定がないし
やってあげるって言われたから
ごめんなさいお願いしますって言ったんです。」
「日葵、ただの友達関係じゃ無いんだぞ。
お前は組織の”秘書”だ。
友達だからただで働けなんて、通用するか?」
腕がひくつく。そうだ、私…
「俺の方で、貯金から
日給140クランで働いてもらっている。
何を感じる?」
私のせいで出費を増やしちゃった?借金が…?
何か、言わないとだめだよね…
涙を拭って、それでもあふれ出て拭って…
「ゲフッ!ゲフッ…!」
「涙で咽るならまずは落ち着いてから
話すように伝えるんだ。」
「はい…落ち着いてから、話させてください。」
目を閉じて、息が落ち着くまで…
落ち着いて、落ち着いて…
でも確かに、自分勝手で…
何やってるの私…!
数分間、そうして落ち着いた。
「ごめんなさい。」
「まず一つは良い。
二つ目は?」
ふた…つめ…
「お金…すぐ返せないです。
服も買い直せないのに。」
手持ち…1100クランしかないよ。
入院からでも7日で980クラン、もし逮捕からなら…
仕事服は4000クランもするのに。
「すっ…すっすっ…
うーふぅ…ん…」
「返せない、それで終わりか?」
「…」
キャロスさんはため息をついた。
「本気で返せないと思ってるのか?」
「…その…」
返せないわけじゃない、でもそれは…
私の大切な装備の何かを売らないといけない。
冒険服を売るにしても、サイズが小さい。
だから売れるかわからない。
「全く、こういう事に関しては…本当に鈍いな。
気に病む必要ないんだぞ。」
その時、ドアにノック。
キャロスさんが、席を立って
扉を開けた。
「お客さんだ、お前ひとりで話せるか。」
質屋さんでも、連れてくるのかな。
キャロスさんが、部屋から出るとともに…
「ウフフフフフフフ!!」
とても失礼な甲高い笑い声に
お腹が痛いのもあってむっと顔を上げた。
あ…
「もう、面白くて仕方ないわ!
裏ではこんなに子供だなんて…!」
「ファ、ファ!」
「ごめんあそばせ、小さな勇者様?」
ファンノッテ様!
「ええ…何で、こちらに…」
「もちろん、直接謝罪に伺って
事後交渉に来たまでですわ。
さて、何か御用かしら?
”日葵ちゃん”…ふふ!」
やられた…!かんっぜんにやられた!
あああああ…!
社説の通り来たのかな…?
キャロスさん、もしかしてお金を要求する様に自分で交渉しろって…??
ファンノッテ様がスッと使用人に差し出された椅子に座る。
そして目の前には、お菓子ともう一つのお茶…
がっ…!
がぁぁぁぁ!
まさか…
”お茶会”!?
「ハハハハハハ!
アハハハハ!!」
私は何とか、肩が動揺と屈辱で
プルプル震わせながらも…心を入れ替える。
「ファ…ファノ…!」
「たとえ陰謀に打ちのめされようと、
新たに交わす茶の一滴…それが
叱られた子供と我々を融和に導いてくれる。
そうでしょう?」
「…ファンノッテ様、お越しいただきありがとうございます。」
その瞬間、空気がさらに冷えた。
彼女の顔が見えた、鋭い目をした顔が。
「じゃあ本題ね、
ギルドに私が謝罪と、あなたにお茶会に来た。
さて…あなたは何が欲しいのかしら?」
鋭く、見定める眼光に貫かれる。
そうだ、この人が望んでるのはお金の要求じゃない。
私がこの人と交渉できることを望んでる。
「私達縁の下ギルドは、此度の事件で
幾つかの多大な損害を負いました。
私の制服は切られ、地を転がり
使い物にならなくなり…スノルという男の子も
私がいなかったことで大怪我を負いました。」
相変わらず変わらぬ目で、しかし紅茶を飲みながら
ファンノッテ様に期待されているのを感じた。
「つきまして、その治療費の
補填をお願いします。
この事件の被害者に対する新聞への寄稿文について
読ませていただきました。
お互い協力し、歩んでいければと思います。」
「協力は喜んでするわ。
でも、補償は管理者と話が付いている。
あなたの立場の話をしなさい。」
ぐ…その通り…でも私の立場なんて。
立場なんて。そうだ。
「ご教示ありがとうございます。
突然で驚かせてしまうかもしれませんが、
勇者劇の資金提供者になっていただけませんか?」
私の、交渉できること!
私が動かしていること!
「勇者劇の資金提供者?」
「ええ、私はこの前お話しした通り
勇者の実体験を元にした劇を考えています。
もし仮に計画が成功すれば、
きっとそれは、心に響く力があると思うんです!
少しお金を援助頂ければ、必要な小道具、移動資金などを確保できます。
見返りについては、台本の譲渡と公開可能な実体験について
お話しすることで…成果とさせて頂けませんか?」
「…そうね…」
「一つ条件があるわ。」
「条件…ですか?」
「素直に、私の服も買ってください!
…ってお願いできるかしら?」
意地悪…!!!!!!!
「私の…制服を…買って…頂けませんか。」
「あら…?聞こえなかったのかしら?」
いじわる!いじわる…!
「私の、服を、買って、ください!」
「良いわよ…馬車と、小道具代も出してあげる。
あと、私がなぜこの提案に乗ったか
考えを述べられる?」
震える手で持ったカップから
口に注ぎ入れる、まるで無味無臭だ。
「…面白さか、見どころか。
正確には分かりません。」
目の前には使用人の方が取り分けてくれた
一口大のお菓子。
「これを頂いても良いのですか?」
頷くのを見て、
ピンク色の見たことのない物を…口に入れた。
…甘い、爽やか、濃厚!
「友達感覚がただ新鮮だったのよ。
それ以上に、貴方を利用したいだけ。」
すっごく褒められながら、このコクを
味わって、飲み込んで…
逆に言えば、提案としては未熟だったのに。
「ファンノッテ様、ありがとう御座います。
とても優しく、感動いたしました。
その…」
思わず目をそらし、左腕が立った
どうやって、身の上話聞こう…
いや前を向こう、堂々と義を持って。
「ファンノッテ様の色々が知りたいです…」
私…!
何やってるの私…!
「まずは貴方の話が聞きたいわ。
私の話は、調べれば分かるから…」
そっか…有名な名家の当主
言われてみれば。
「じゃあ私が何をしていたのか、
私がなぜここで働いているのか。
まずは…」
…
それから不思議な服の話も自分から全て話した。
既に日凪ちゃんに譲った、あの不思議な服の事。
本当は秘密にしなきゃいけない、危険な話。
「ファンノッテ様、時間です。」
付き人が水晶を見せるとファンノッテ様は
手で制した。
「少し待って」
そして私に、向き直った。
凛として、ピンとしていた。
「子供でいられるのは長くても後一年だけ…
やりたいことや、遊びたいこと
全部やりなさい。
打算的に大人に甘えて
自分を可愛がることも大切にするのよ。」
「…はい…」
「また来るわ、その時は
たっぷり色々教え込んであげる。」
「ありがとうございます!
ありがとうございました!」
よくわからないけど、頭を下げた。
「将来、私の楽しいライバルになれるといいわね。」
ならないよ、絶対幸せにするから。
ともかく、私の全財産は浮いた
これを誠意として、キャロスさんに…
いや…
出世払い…でいっか…。
そのころには、お腹の重さも…
まだ今日だもんね…全然、残ってた。
それから夕方になって、食事をとるキャロスさんの前で
こう言った。
「出世払いでお願いします!」
キャロスさんは一度顎を擦ると、口角を上げながら
いじわるな笑みを浮かべていた。
「これ以上出世すると
副管理人か、管理人だぞ?」
あはははは
「やっぱり、今のところは
スポンサー料が入ったら払います…」
私、3番手だった…ははははは…
「おい、借金の出どころは…」
そのまま、聞かないことにして立ち去った。
金額の約束はないけど…出来ればすぐ返せると良いな。
そしていつか、通信魔具を買おう。




