第62話 紅蓮の翼の研究、新しい一品
鳳凰の試練を乗り越えた翌朝。
俺は獣人族のテントで、目を覚ました。
昨日の出来事が、まだ夢のように感じられた。
鳳凰との対話。料理での試練。
そして——心羽の獲得。
料理人として、信じられないような一日だった。
俺は深く息を吸って、布団から起き上がった。
今日からは、紅蓮の翼の本格的な料理研究を始める。
料理大会の最終料理の、核心となる素材。
その本当の力を引き出す方法を、見つける必要があった。
料理人として、最高の挑戦。
ワクワクが止まらなかった。
共用の調理場に向かうと、リーラさんがすでに待っていた。
「田中殿、おはようございます」
「リーラさん、おはようございます」
「今日から、紅蓮の翼の研究ですね」
「はい、お力をお借りします」
「もちろんですわ」
リーラさんが優雅に微笑んだ。
彼女は獣人族の最高料理人。
紅蓮の翼の扱いについても、知識があるはずだった。
俺は回収した羽根を、調理台に並べた。
赤い羽根が、四十枚以上。
そして——虹色に輝く心羽が一枚。
「リーラさん、紅蓮の翼、獣人族ではどう調理しますか?」
「焼くのが基本です」
「焼く」
「ええ、毒が滋養に変わる」
「【鑑定】でも、そう出ました」
「でも、ただ焼くだけでは——本当の力は出ません」
「と、言いますと?」
リーラさんが深く考えた。
「火加減が重要」
「火加減」
「強すぎると、栄養が飛ぶ」
「弱すぎると?」
「毒が残る」
「なるほど」
「絶妙な火加減が必要」
リーラさんの声には、料理人としての知性が宿っていた。
俺は深く頷いた。
……火加減。
地球の繊細な調理と、同じ原理。
料理人として、腕の見せ所だった。
俺たちは紅蓮の翼の研究を始めた。
まず、一枚の羽根を弱火で炙った。
【鑑定】が走った。
【紅蓮の翼・弱火処理】
毒性:30%残存
滋養:60%
評価:不十分。毒が残る。
……毒が残る。
弱火では、ダメらしい。
次に、強火で炙った。
【紅蓮の翼・強火処理】
毒性:0%
滋養:40%
評価:毒は消えたが、栄養が半減。
……栄養が飛ぶ。
強火でも、ダメ。
リーラさんが言った通り、絶妙な火加減が必要だった。
俺は慎重に、中火でゆっくり炙った。
羽根を回転させながら——均一に熱を加えていく。
地球で肉を焼く時の技術と、同じ。
【鑑定】が走った。
【紅蓮の翼・最適処理】
毒性:0%
滋養:100%
評価:完璧。最高の状態。
……完璧。
俺は思わず、声を上げた。
「リーラさん、できました!」
「素晴らしい!」
「中火で、回しながら炙る」
「見事な火加減ですわ」
リーラさんが深く頷いた。
料理人として、最高の瞬間。
紅蓮の翼の調理法を、完全に習得した。
次に、心羽の研究。
虹色に輝く、特別な羽根。
【鑑定】が走った。
【鳳凰の、心羽】
毒性:なし(最初から毒がない)
滋養:通常の10倍
最適調理:焼かずに、そのまま煮込む
備考:鳳凰の意志が宿った、特別な素材。
……焼かずに、煮込む。
心羽は紅蓮の翼とは、扱いが違った。
毒が最初から、ない。
だから、焼く必要がない。
むしろ、そのまま煮込むのが最適。
俺は深く頷いた。
「リーラさん、心羽煮込みます」
「煮込み、ですか」
「はい、毒がないので」
「なるほど」
「鳳凰様の意志が宿った、特別な素材」
俺は心羽を慎重に扱った。
大切な料理大会の最終料理の、核心。
料理人として、最高の敬意を持って調理した。
その日の午後。
俺は紅蓮の翼と心羽を使った、試作料理を作った。
ベラ亭のル・オニオン。
獣人族のハーブ。
紅蓮の翼(中火で炙ったもの)。
心羽。
全てを大鍋に入れて——煮込んだ。
香りが徐々に、立ち上ってきた。
……すごい。
今までにない、深い香り。
料理人として、心が震えた。
リーラさんもエマさんもシエラさんも——香りに引き寄せられて集まってきた。
「タナカさん、これ、すごい香り!」
「エマさん」
「めちゃくちゃ美味しそうっ!」
「まだ、試作です」
「早く食べたい!」
エマさんが目を輝かせた。
シエラさんも優雅に微笑んだ。
「素晴らしい香りですわ」
「ありがとうございます」
「料理大会の最終料理——本当に近づいていますね」
「ええ」
俺は深く頷いた。
料理が完成した。
『紅蓮の薬膳スープ・試作版』。
黄金色に、虹色の輝きが混じったスープ。
香りは——複雑で、深く温かかった。
俺は皆に、味見してもらった。
最初に、リーラさん。
彼女の表情が、一気に変わった。
「……これは」
「いかがですか」
「獣人族の素材が——こんな優しい味に」
「ありがとうございます」
「私、獣人族の料理人として、衝撃です」
リーラさんの目に、感動が宿っていた。
次に、エマさん。
「うわぁぁ、これ、最高っ!」
「気に入ってもらえましたか」
「今まで食べた中で、一番!」
「ありがとうございます」
エマさんが目を輝かせた。
シエラさんも優雅に、味見した。
「エルフ族の料理にもない——深み」
「ありがとうございます」
「これが料理大会の最終料理ですか」
「まだ試作です。完成は、人魚族の素材が揃ってから」
「楽しみですわ」
シエラさんが深く頷いた。
料理人として、最高の評価。
でも、まだ完成ではない。
最後のピース——人魚族の伝説素材。
それが揃って初めて——『鉄の都の薬膳スープ』が完成する。
その夜。
ガルロ様が俺を呼んだ。
長老のテントで、二人だけの話。
「田中殿」
「はい」
「お前の料理、見事だった」
「ありがとうございます」
「鳳凰の心羽——大切に使え」
「もちろんです」
「あれは、千年に一度の奇跡」
ガルロ様の声には、重みがあった。
「鳳凰、お前を認めた」
「光栄です」
「その意味——分かるか」
「……」
「料理で世界を繋ぐ——その夢」
「はい」
「鳳凰でさえ、信じた」
ガルロ様が深く頷いた。
「お前の夢、本物だ」
「ありがとうございます」
「我ら獣人族、全力で応援する」
ガルロ様の目には、強い決意が宿っていた。
料理人として、最高の信頼。
俺は深く頭を下げた。
ガルロ様がふと、声を低くした。
「田中殿、一つ聞きたい」
「はい」
「お前の仲間——カイン、と言ったか」
「!」
「魔界に潜入捜査中、と聞いた」
「はい」
「まだ連絡がないのだろう?」
「……三週間です」
「気になるか」
「正直、気になります」
俺の声が低くなった。
ガルロ様が深く頷いた。
「魔界、近年不穏だ」
「!」
「獣人族にも、情報が入っている」
「どんな情報ですか」
「魔王軍内部で——派閥争いが激化している」
「ザガン公、ですか」
「ああ、その名、聞いている」
ガルロ様の声には、強い緊張感が宿っていた。
「グレイヴ王、穏健派」
「はい」
「ザガン公、過激派」
「ええ」
「ザガン公、人間を——家畜と見ている」
「!」
「料理大会、それを止める力になるかもしれない」
「……」
「だが、間に合うか——時間の問題だ」
ガルロ様の声には、深い危機感が宿っていた。
俺は深く息を吸った。
……時間の問題。
料理大会の開催前に——魔界で何かが起きる。
その予感が、確信に変わっていた。
「ガルロ様」
「うむ」
「俺、料理人として——できることをします」
「うむ」
「料理大会、必ず成功させます」
「期待している」
ガルロ様が深く頷いた。
料理人としてできること。
それは——最高の料理を作ること。
政治的な戦いは、できない。
でも、料理で世界を繋ぐ。
それが俺の戦い方だった。
テントに戻ると、レイナが待っていた。
「一郎、ガルロ様の話、何だった?」
「ザガン公の件です」
「……」
「やはり、魔界不穏らしい」
「カインさん、心配ね」
「ええ」
俺は深く頷いた。
レイナが俺の隣に座った。
「一郎」
「はい」
「私たち、料理人」
「ええ」
「政治的なこと、できない」
「分かっています」
「でも——料理で、できることがある」
レイナの声には、強い信念が宿っていた。
「あなたの料理が——世界を温める」
「……」
「ザガン公の悪意も——いつか溶かせるかもしれない」
彼女の目には、強い希望が宿っていた。
俺は深く頷いた。
……プロローグの肉じゃが。
ふと、その記憶が蘇った。
魔王が肉じゃがで泣いた、シーン。
あれは——ザガン公、だった。
料理で、彼の悪意を溶かす。
その未来が——確実に近づいていた。
俺は深く息を吸った。
「レイナさん」
「はい」
「俺、信じています」
「何を?」
「料理が世界を変える、こと」
俺はまっすぐ、レイナを見た。
「必ず、料理大会を成功させます」
「ええ」
「そして——ザガン公とも、いつか向き合います」
レイナが深く頷いた。
彼女が俺の手を握った。
俺もしっかりと、握り返した。
料理人としての決意。
その決意が——また固まった夜だった。




