第55話 獣人族からの使者、紅蓮の風
シャルロッテ王女の来訪から、三日が経った。
ベラ亭の日常は、相変わらず賑やかだった。
女性6人が毎日交代で、お互いの料理を学び合っていた。
ベラさんの号泣も、いつも通り。
お客さんも、新しい雰囲気を楽しんでくれていた。
でも、その平和な日々は——突然破られた。
その日の朝。
ベラ亭の前で、激しい蹄の音が響いた。
俺は厨房から、ホールに出た。
窓の外に——巨大な馬が止まっていた。
いや、馬ではない。
もっと大きくて力強い、別の動物。
俺は目を細めて、観察した。
……あれは、何だ?
馬の二倍以上の体格。
筋肉質で、鋭い目つき。
頭には立派な角が、生えていた。
【鑑定】が走った。
【グランビースト】
種族:獣人族の、騎乗用魔獣
備考:獣人族の、戦士が、乗りこなす、特別な、動物。
馬の三倍の、移動速度。
……獣人族。
まさか、向こうから来てくれたのか。
馬車のようにグランビーストを止めたそばに——一人の人物が立っていた。
俺は外に出た。
その人物が俺を見た。
彼は男性だった。
身長は二メートル近い。
体は筋肉質で、鋭い印象。
頭には立派な、虎のような耳が生えていた。
顔の左右には、わずかに虎のような模様。
目は琥珀色で、鋭く輝いていた。
手には巨大な槍を、握っていた。
……獣人族。
俺は初めて見る種族だった。
【鑑定】が勝手に走った。
【ライガ・カルナ(35歳)】
種族:獣人族(虎人族・上位戦士)
職業:獣人族・狩猟部隊長
戦闘力:A+級
備考:獣人連合の、使者。
誇り高い、戦士の、文化を、持つ。
……A+級。
戦闘力、ガリオさんと同等以上。
いや、それを超えている。
俺は深呼吸して、声をかけた。
「初めまして、田中一郎です」
「人間の料理人、田中殿だな」
彼の声は低く、力強かった。
「私、ライガ・カルナと言う」
「ライガさん」
「獣人連合の使者として、参った」
「使者、ですか」
「ああ」
ライガさんが深く頷いた。
「世界料理大会の件で」
「!」
「獣人連合、参加を検討している」
彼の目にはまっすぐ、俺を見つめる強さが宿っていた。
戦士の目。
でも、敵意は感じない。
むしろ、強い興味と好奇心が見えた。
料理人として、相手の本気の姿勢に感謝した。
俺はライガさんを、ベラ亭の中に案内した。
ホールに入ると——女性6人とお客さんたちが、一斉に目を丸くした。
ベラさんが、いつもの号泣を堪えながら声をかけた。
「あ、あの、お、お客様……?」
「ベラさん、ご紹介します」
「は、はい」
「獣人連合の使者、ライガさん」
「!?」
「世界料理大会の件で、お見えになりました」
ベラさんが口をぱくぱくさせた。
常連さんたちも興奮していた。
ベラ亭にまた、新しい種族のお客様。
……ベラ亭、本当に世界のお店になってきた。
俺は思わず苦笑した。
ライガさんがホールを見渡した。
「ほう、エルフとドワーフもいるな」
「ええ」
「ベラ亭、種族の宝庫だ」
「ありがとうございます」
「ますます興味深い」
彼が深く頷いた。
その時、エマさんがぱぁっと駆け寄ってきた。
「ライガさん、虎の耳! 触っていい?」
「!?」
「ええ、可愛い!」
「エマさん、駄目ですよぉ」
ベラさんが慌てて止めた。
でも、ライガさんがにっこり笑った。
戦士の鋭い目つきから——優しい笑顔に変わった。
「お嬢さん、ドワーフか」
「うん!」
「我ら獣人族、ドワーフ族とは古い友人」
「えっ、そうなの?」
「ああ、鉱山と狩猟は相互依存」
「すごい!」
ライガさんがエマさんにしゃがんで、頭を撫でた。
「お嬢さん、可愛い」
「ふふ、ありがとう!」
エマさんが嬉しそうに笑った。
……あ、ライガさん、優しい人。
戦士の外見と違って——温かい心を持っているらしい。
俺はホッと息を吐いた。
その時、シエラさんが優雅に進み出た。
「ライガ殿、お初にお目にかかります」
「エルフのお嬢さん」
「シエラ・フェリオンです」
「うむ、エルフ族とは長らく距離があったな」
「ええ」
「だが、今は料理大会で繋がる時だ」
「素晴らしいお言葉」
シエラさんが深く頭を下げた。
ライガさんも彼女に、丁寧に応えた。
獣人族の戦士。
でも、礼儀正しい振る舞い。
料理人として、好印象だった。
俺はライガさんを、奥の食堂に案内した。
ベラさんが玉ねぎスープを、準備してくれた。
ライガさんが座って、味見した。
彼の表情が、徐々に変わっていった。
「……これ」
「お口に合いましたか」
「優しい味だ」
「ありがとうございます」
「獣人族の料理とは、全く違う」
「獣人族の料理は、どんなものですか」
「肉、メイン。生で食べることも多い」
「生食、ですか」
「ああ、狩りの後、すぐに食べる」
「すごい」
「だが、お前の料理は——」
彼がしばらく考えた。
「優しい温もりがある」
「料理人として、嬉しいお言葉です」
「これが人間の料理、か」
「はい」
「我ら獣人族の料理とは、別の方向性だが——」
「ええ」
「価値がある」
ライガさんが深く頷いた。
料理人として、種族の違いを認め合う瞬間。
俺は深く感動した。
味見が終わった後、ライガさんが本題に入った。
「田中殿」
「はい」
「獣人連合の長老から、伝言がある」
「お聞きします」
「料理大会への参加を検討するにあたって——」
「ええ」
「お前に、獣人族の領地に来てほしい」
「分かりました」
「我ら獣人族の料理を、見てもらいたい」
「もちろんです」
「そしてお前の料理を、長老に披露してほしい」
ライガさんの目には、強い期待が宿っていた。
俺は深く頷いた。
「いつ出発しますか」
「準備、整い次第」
「明後日、いかがですか」
「明後日」
「はい」
「了解した」
ライガさんが深く頷いた。
「私も、護衛として同行する」
「ありがとうございます」
「グランビーストで、五日の旅だ」
「お願いします」
俺は深く頭を下げた。
獣人族との新しい出会い。
料理人として、また新しい世界が広がっていた。
その夜。
俺はレイナ、ガリオさん、カインさん、シエラさん、エマさんと、奥の食堂で相談した。
獣人族への出発の準備。
「全員で行きますか?」
「もちろん行く」
「俺も」
「私もです」
「私も!」
全員が頷いた。
でも、俺はホッと頷いた。
「シャルロッテ様には、ベラ亭で留守番お願いしよう」
「王女様、料理修行まだ続けたい、と仰ってましたね」
「ジルベールさんも、ベラ亭の運営の補佐お願いします」
「了解です」
俺は計画を固めていた。
獣人族との交流。
料理人として、次の種族との絆を結ぶ旅。
ワクワクが止まらなかった。
その時、カインさんが深く頷いた。
「田中殿、一つお聞きしたいことが」
「はい?」
「俺、明日魔界に潜入捜査、行くつもり」
「!」
「タイミング、ちょうどいい」
カインさんの声には、強い決意が宿っていた。
「お前たちが獣人族の領地に行く間に——」
「ええ」
「俺、魔界でザガン公の動きを調査する」
「危険ですよ」
「分かっている」
「気をつけてください」
「もちろんです」
カインさんが笑顔で頷いた。
毒師ギルド総帥としての覚悟。
料理人として、頼もしい仲間。
でも、不安もあった。
彼が無事に帰ってきてくれることを、祈った。
夜が更けた頃。
俺はレイナと、二人だけでベラ亭の屋根の上に立っていた。
「一郎」
「はい」
「次は獣人族、ね」
「ええ」
「料理大会への第五の種族」
「はい」
「あと、人魚族で全種族揃う」
レイナがにっこり微笑んだ。
俺は深く頷いた。
「料理大会、本当に近づいてる」
「うん」
「ベラ亭の家族、皆で迎えるその日」
「楽しみね」
「ええ」
二人で月を見上げた。
満月が優しく輝いていた。
料理人としての夢が——一歩ずつ、確実に近づいていた。
俺はレイナの手を握った。
彼女が優しく、握り返してきた。
明後日、獣人族の領地へ出発する。
料理人として、新しい舞台が待っていた。
深く息を吸って——俺はその未来に向けて、覚悟を固めた。




