第49話 ドワーフ族の決断、千年の歴史を超えて
料理対決の翌朝。
ドルガン様から、緊急の召集がかかった。
俺たち四人は、宮殿の大広間に向かった。
大広間には——ドワーフ族の長老たち、十人以上が円卓を囲んでいた。
全員、白い髭を蓄えた年配のドワーフ。
ドワーフ族の最高評議会。
千年の歴史を刻んできた、長老たちの集まり。
【鑑定】が勝手に走った。
【ドワーフ族・最高評議会】
メンバー:ドワーフ族の最年長級、12名
議長:ドルガン
備考:ドワーフ族の重要決定を、合議で行う場。
千年に一度、種族の方針を、変更する。
……。
千年に一度の評議会。
今日、その日が来たのか。
俺は深く息を吸った。
料理人として、最高の舞台だった。
ドルガンが議長席から立ち上がった。
「皆、よく集まってくれた」
「ドルガン様」
「今日、ドワーフ族の千年の歴史を変える決定をする」
「!」
長老たちがざわついた。
「世界料理大会への参加について」
「うむ」
「正式に決定を下す」
ドルガンがゆっくりと、俺の方を見た。
「田中殿、こちらへ」
「はい」
俺は円卓の中央に立った。
長老たちの視線が、一斉に俺に集まった。
厳しい目。
でもその奥には——好奇心と、わずかな期待が見えた。
俺は深く頭を下げた。
「田中一郎です。よろしくお願いします」
「うむ」
最年長と思われる長老が、口を開いた。
ドルガンの隣に座っていた。
彼の髭は特に長く、白かった。
「人間の料理人よ」
「はい」
「ドルガンから、お前の料理の話を聞いた」
「光栄です」
「四種族の素材を融合した料理、らしいな」
「はい」
「我らドワーフ族にも、味見させてもらえるか」
「もちろんです」
俺は笑顔で頷いた。
準備していた『鉄の都の薬膳スープ』を、持ってきていた。
長老たち全員に配り始めた。
虹色に輝くスープ。
長老たちが慎重に、味見し始めた。
長老たちの表情が、徐々に変わっていった。
最初は懐疑的だった目が——徐々に見開かれていく。
驚き。そして、感動。
最年長の長老がゆっくりと、口を開いた。
「……これは」
「はい」
「我らドワーフ族の料理を超えている」
「……」
「いや、超えているのではない」
彼が深く考えた。
「我らドワーフ族の料理と——他種族の料理が融合している」
「ええ」
「これが料理大会の本質か」
「はい、そう願っています」
俺は深く頷いた。
長老がしばらく沈黙した。
他の長老たちも、目を潤ませながら味見を続けていた。
全員、一口ごとに深く頷いていた。
……これは、全員が感動しているらしい。
料理人として、最高の瞬間。
俺の心が躍った。
最年長の長老が、再び口を開いた。
「田中殿」
「はい」
「お前の料理に——魂が感じられる」
「魂、ですか」
「ああ、料理人としての誠実さ」
「……」
「素材への敬意」
「はい」
「種族の壁を超える覚悟」
「……」
「全てが料理に宿っている」
長老の声には、深い敬意が込められていた。
俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「だが、聞きたいことがある」
「どうぞ」
「お前は、なぜ料理人としてここまで戦うのだ」
長老の目が、鋭く俺を見た。
俺はしばらく考えた。
どう答えるべきか。
でも、答えはすぐに出た。
「父の教えです」
「お父上の?」
「はい」
「『料理は命をつなぐ』」
「……」
「『料理は人と人を繋ぐ』」
「ふむ」
「『料理は世界を温める』」
「……」
「父が生前、口癖のように言っていました」
俺はまっすぐ、長老を見た。
「俺はその教えを、引き継いでいるだけです」
「……」
「父の夢を、こちらの世界で続けたい」
長老が深く頷いた。
「お父上は立派な料理人だ」
「はい」
「お前はその息子として、誇りを持つべきだ」
「ありがとうございます」
「で、お前の夢、聞かせてくれ」
長老の目には、深い興味が宿っていた。
俺は深く息を吸った。
「料理大会で、全種族を繋ぎたい」
「うむ」
「人間、エルフ、ドワーフ、魔族、獣人、人魚——」
「並列だな」
「全種族が、同じ食卓を囲む」
「!」
「料理を通じて、種族の壁を溶かす」
「……」
「それが俺の夢です」
長老たちが深く頷いた。
しばらく沈黙が流れた。
最年長の長老がゆっくりと、立ち上がった。
「ドワーフ族として決定する」
「はい」
「世界料理大会に、全力で参加する」
「!」
「ドワーフ族の最高素材、最高の料理人を派遣する」
俺の心が震えた。
「そして——」
「はい」
「お前の夢を応援する」
長老が深く頭を下げた。
「ドワーフ族、千年の歴史で初めて、人間と本気で手を組む」
「!」
「お前の料理の力、信じる」
俺は思わず、目を潤ませた。
長老の深い信頼。
千年の歴史を超える決断。
料理人として、これ以上の栄誉はない。
「ありがとうございます」
「うむ」
「俺、絶対この信頼に応えます」
「期待している」
他の長老たちも、次々と頷いた。
ドワーフ族、正式参加、決定。
料理人として、世界料理大会への第三の種族を味方につけた。
評議会の後。
俺たちは宮殿の中庭に集まっていた。
春の日差しが、地下都市にも優しく差し込んでいた。
ドワーフ族特有の人工太陽。
地上の光を模した、魔法の光だった。
でも、温かさは本物。
エマさんがぴょん、と跳び上がりながら駆け寄ってきた。
「タナカさんっ!」
「エマさん」
「ドワーフ族、参加決定っ!」
「はい、すごいですね」
「私、料理大会出るっ!」
「もちろんです」
「タナカさんと一緒に!」
彼女が満面の笑みで頷いた。
その隣で、シエラさんが優雅に微笑んだ。
「素晴らしい決断ですね」
「ええ」
「料理大会、本当に最高のものになります」
「シエラさんとエマさんの料理も、本当に見事でした」
「ありがとうございます」
二人がお互いに、笑顔で頷き合った。
……種族の壁を超えた友情。
料理を通じて生まれた絆。
俺は深く感動した。
その時、レイナが俺の隣に立った。
「一郎」
「レイナさん」
「あなた、本当にすごい人ね」
「いえ、皆の力です」
「いつもそれ言うわね」
「料理人として、当然です」
レイナがふっと微笑んだ。
「でも、それがあなたの魅力」
「……」
「だから私も、料理人として隣に立ちたい」
彼女の目には、強い愛情が宿っていた。
俺は彼女の手を握った。
「これからもよろしくお願いします」
「ええ」
二人の手がしっかりと、繋がった。
料理人としての、新しい章。
ドワーフ編、ほぼ完了。
次は獣人編、人魚編、そして——プロローグの回収。
でもそれは、まだ先の話。
今はこの達成感を、味わっていた。
夕方。
ガレンさんが、自力で歩けるようになっていた。
まだゆっくりしか歩けない。
でも、確実に回復している。
彼が俺の前に立った。
「田中殿」
「はい」
「改めて、命を救ってくれてありがとうございました」
「いえ、当然のことです」
「私、ドワーフ族の鉱山技師です」
「お聞きしました」
「あなたの料理大会の会場、私たちが作ります」
「!」
「『虹色の平原』の会場建設、ドワーフ族が引き受けます」
「ガレンさん」
「最高の会場を用意します」
彼の目には、強い決意が宿っていた。
料理人として、命を救ったその結果。
ドワーフ族の鉱山技術が、料理大会の会場に結集する。
俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いえ、私たちこそ」
「お元気で戻ってきてください」
「もちろんです」
俺たちは固く、握手を交わした。
料理人と鉱山技師。
全く違う職業。
でも——一つの料理大会の夢で繋がった。
料理大会の開催が、より確実になっていく瞬間だった。
その夜。
俺は宮殿のテラスから、地下都市を見下ろしていた。
無数の明かり。ドワーフ族の街。
ここで千年続いてきた文化。
その文化と、俺たちが本気で手を組む。
歴史の瞬間に立ち会っている感覚。
俺は深く息を吸った。
料理人として、また一つ夢が現実に近づいた。
明日から、ベラ亭に戻る準備が始まる。
エマさんが一緒に来ること。
シエラさんとエマさん、二人がベラ亭に加わること。
……レイナさん、火花、覚悟しないと。
俺は思わず苦笑した。
でもそれも含めて、料理人としての人生だった。




