第46話 命を繋ぐ、薬膳のスープ
俺は厨房に戻ると、すぐに調理に取りかかった。
時間がない。
ドルガン様の息子が、生き埋めになっている。
救出に時間がかかる。
その間に、命を繋ぐ料理を完成させなければならない。
料理人として、最高の集中力を求められる瞬間。
俺は深く息を吸って、心を落ち着かせた。
「レイナさん、エマさん、シエラさん」
「うん」
「はい」
「指示します」
俺はテキパキと、役割を振った。
「レイナさん、毒師としての知識で、解毒成分の調合」
「了解」
「エマさん、ドワーフの薬草を集めてください」
「了解っ!」
「シエラさん、エルフの回復ハーブをお願いします」
「もちろんですわ」
全員がすぐに、行動を始めた。
料理人として、最高のチーム。
俺は感謝しながら、調理を進めた。
黒鉄の骨髄を慎重に刻んだ。
黄金色の薄片が、まな板の上に広がった。
ふわり、と温かい芳香が立った。
【鑑定】が走った。
【処理済・黒鉄の骨髄】
最適な、調理法:薬膳スープ
組み合わせ:解毒草・回復ハーブ・滋養根菜
完成イメージ:失血、衰弱に対する、最高の、回復食。
……完璧。
俺の料理人としての知識と、【鑑定】の力が教えてくれた。
最高の薬膳スープを作る。
俺は骨髄を大鍋に入れた。
水を注いで、弱火で煮始めた。
骨髄から黄金色のエキスが、溶け出してきた。
……すごい香り。
料理人として感動した。
千年に一度の素材。
その本当の力が、目の前で解放されていた。
レイナが解毒成分の調合を終えた。
彼女が小瓶に入れた、緑色の液体を持ってきた。
「これ、加えて」
「はい」
「打撲、内出血、効きます」
「分かりました」
俺はその液体を、スープに加えた。
スープの色が、わずかに深まった。
次に、エマさんがドワーフの薬草を持ってきた。
黒い根のような植物。
「これ、ドワーフの命草」
「すごい名前ですね」
「鉱山事故で、何人もの命を救ってきた薬草」
彼女の目には、強い信念が宿っていた。
料理人として、薬草の価値を知る目だった。
俺はそれを慎重に受け取った。
刻んでスープに加えた。
香りがまた深まった。
次に、シエラさんがエルフの回復ハーブを持ってきた。
淡い緑色の葉。
「これ、エルフ族の世界樹の葉です」
「世界樹の」
「年に数枚しか採れない、貴重な葉」
「シエラさん、本当にですか」
「ええ」
「料理大会の招待を受けたから——田中殿に使ってほしい」
彼女の目に、決意が宿っていた。
俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いえ、命を救うため」
彼女がにっこり微笑んだ。
俺は葉を慎重に刻んで、スープに加えた。
すると——スープが淡い虹色に、輝き始めた。
……すごい。
ドワーフ、エルフ、人間、毒師——全種族の知識が融合したスープ。
俺は深く頷いた。
完成、間近。
その時——坑道の方から、大きな地響きが聞こえた。
ガラガラ、と岩の崩れる音。
……何が起きた?
俺は心配で、心が止まりそうになった。
でも、料理を止めるわけにはいかない。
救出されたら、すぐに飲ませる必要がある。
俺は自分に言い聞かせて、調理を続けた。
料理人として信じる。
ガリオさんとドルガン様。
二人なら絶対、息子さんを救出してくれる。
俺は深く息を吸って、スープを最終調理した。
最後の味付け。
塩。ハーブ。そして、わずかなル・オニオンのエキス。
ル・オニオンは、誰の体にも優しい。
俺のベラ亭の看板素材を最後に加えることで——スープが完成した。
【鑑定】が走った。
【完成・命の薬膳スープ】
効果:失血、衰弱、打撲、内出血、すべてに効く。
備考:歴史上、初めての全種族融合料理。
1杯で、瀕死の人間を、回復させる、可能性、あり。
……瀕死を回復させる。
俺は深く頷いた。
準備、完了。
あとは息子さんが無事に戻ってくることを、祈るだけだった。
その時——坑道から、大きな声が響いた。
「皆、退避! ドルガン様が戻ってきます!」
ボルカン守備隊長の声。
俺はレイナにスープを頼んで、坑道の入り口に走った。
エマさんも駆け出した。
シエラさんも続いた。
全員で坑道の入り口に向かった。
そこには——血まみれのドルガン様とガリオさんが、立っていた。
二人とも傷だらけ。
でも、ドルガン様の腕には——一人のドワーフ男性が抱えられていた。
息子さんだった。
意識がない。
でもわずかに、息はしているらしい。
「お父さん!」
エマさんが駆け寄った。
「エマ……」
「無事でよかったぁ」
彼女が号泣しながら、父親の手を握った。
……まだ生きている。
でも、状態は深刻だった。
俺はすぐに声をかけた。
「ドルガン様! 料理、完成しました!」
「!」
「すぐにお持ちします!」
俺は走って厨房に戻った。
完成した薬膳スープを、慎重に運んだ。
息子さんを安全な部屋に運んだ後。
俺はレイナと一緒に、スープを飲ませる準備を進めた。
彼の口にスープを、ゆっくりと注いだ。
最初の一口。
息子さんの喉が、わずかに動いた。
……飲んでいる。
俺はレイナと顔を見合わせた。
「もう少し」と、レイナが頷いた。
俺は続けて、スープを飲ませた。
二口、三口、四口——徐々にスープが、彼の体に入っていった。
数分が経った。
息子さんの頬に、わずかな赤みが戻ってきた。
呼吸も深くなった。
脈拍も安定し始めた。
【鑑定】が走った。
【ドルガンの息子・現状】
外傷:打撲、内出血
状態:回復中
予測:1週間で、完全回復
備考:薬膳スープの効果が、急速に出ている。
……完全回復、可能。
俺は深く息を吐いた。
ドルガン様が、息子さんの傍に座っていた。
彼の目から、涙がぽろぽろとこぼれていた。
「……息子よ」
「お父さん」
「無事でよかった」
「うん」
ドルガンが息子さんの手を、強く握った。
千年の戦士のドルガン。
でも今は、ただの父親だった。
息子の生存に安堵し、涙を流す姿。
俺の心も、温かくなった。
料理人として、命を救えた瞬間。
最高の誇りだった。
ドルガンがゆっくりと、立ち上がった。
俺の方を見た。
その目には、深い感謝が宿っていた。
「田中殿」
「はい」
「お前の料理が、私の息子の命を救った」
「いえ、皆の力です」
「だが、お前がいなければ——」
「ドルガン様」
「無理だった」
ドルガンが深く深く、頭を下げた。
「ありがとう、田中殿」
「いえ、当然のことです」
「ドワーフ族として、お前に最高の礼を捧げる」
「!」
「ドワーフ族の宝、お前に贈る」
「ドワーフ族の宝?」
「黒鉄の骨髄、すべてお前のもの」
「ええ!?」
「料理大会で、好きに使え」
「ドルガン様、それは多すぎます」
「いや、お前は息子の命を救った」
「……」
「これ以上の礼はない」
ドルガンの声には、強い決意が宿っていた。
俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ドルガン様」
「うむ」
「料理大会で、最高の料理にします」
「期待している」
ドルガンがニカッと笑った。
料理人として、最高の信頼を勝ち取った瞬間。
でもそれ以上に——一つの命を救えたことが、俺にとって最高の誇りだった。
その夜。
ベラ亭の奥の食堂——いや、ドワーフ族の宮殿の食堂で。
俺たちは簡単な夕食を囲んでいた。
ガリオさんがワインをすすって、ぼそっと呟いた。
「田中、お前、本当に料理人なのか」
「ガリオさん」
「料理で人を救うとは」
「料理人として、当然のことです」
「だが、すごいことだ」
ガリオさんがニカッと笑った。
「お前の夢、本当に近づいてる」
「夢、ですか」
「料理で世界を繋ぐ夢」
「……」
「全種族の料理を合わせて、命を救った」
「はい」
「これが料理大会の本質、だな」
ガリオさんの目には、強い信頼が宿っていた。
俺は深く頷いた。
明日、ドワーフ族の料理をもっと深く学ぶ。
料理大会への準備が、また一歩進んだ。
料理人としての世界が、また広がった瞬間だった。




