第45話 黒鉄の骨髄、薬膳料理への挑戦
翌朝。
俺はドルガン様と一緒に、鉄の都の最深部にある専用の厨房に向かった。
厨房と呼ぶには、規模が違いすぎた。
巨大な高温炉が、五つも並んでいた。
壁は特殊な耐熱石。
天井からは無数の換気口が、伸びていた。
……鉱山の伝統的な調理場。
ドルガンが誇らしげに、説明してくれた。
「ここはドワーフ族の、最高の調理場」
「すごいですね」
「黒鉄の骨髄を扱うには、ここしかない」
「なるほど」
「人間の厨房では、温度が足りない」
「足りない、ですか」
「ドラゴンの骨髄、千度以上の高温で処理する」
「!」
千度。
地球の高温炉でも、難しい温度。
ドルガンがにっこり笑った。
「ドワーフ族は千年、この技術を積み上げてきた」
「素晴らしいですね」
「お前に教える。覚悟、いいか」
「もちろんです」
俺は深く頷いた。
料理人としての、新しい技術習得。
ワクワクが止まらなかった。
レイナ、シエラさん、エマさんも加わっていた。
ガリオさんとカインさんは、外で警備。
骨髄の処理は、繊細な作業らしい。
不要な人手は入れない方がいい、とのこと。
ドルガンが特殊な道具を並べた。
黒鉄の鉗子。耐熱手袋。火打石ランプ。
全部、ドワーフ族の伝統道具だった。
「まず、骨髄を洗う」
「洗う」
「ドラゴンの体液、毒性強い」
「はい」
「水で三回洗う」
ドルガンが巨大な桶に、骨髄を入れた。
水を注いだ。
すると——水がたちまち、黒く濁った。
……うわ。
ドラゴンの体液、本当に強い。
俺はぎょっとした。
「これ、毒、ですか」
「ああ、ドラゴンの汗のようなもの」
「汗」
「お前たちが汗をかくように、ドラゴンも毒の汗を流す」
「すごいですね」
「だが、料理にするには邪魔」
「分かります」
ドルガンが水を捨てて、新しい水を注いだ。
二回目の洗浄。水の濁りが薄くなった。
三回目の洗浄。ようやく水が澄んだ。
骨髄が白く輝いていた。
……綺麗。
俺は深く頷いた。
「ここから本格的な処理」
「はい」
「高温炉で千度、二時間加熱」
「二時間」
「毒素が完全に蒸発する」
「すごい技術ですね」
「ドワーフ族の千年の研究の結晶」
ドルガンの声には、強い誇りが宿っていた。
俺は料理人として、最大の敬意を持って、その技術を見守った。
骨髄を高温炉に入れた。
ドルガンが特殊な火を点けた。
通常の薪では、千度にならない。
ドワーフ族特有の燃料——『黒石炭』。
地下深くで採れる、特別な石炭。
千度以上の高温で燃える。
炉の中が赤く輝き始めた。
俺はその熱を肌で感じた。
……熱い。
高温炉の外でさえ、汗が滲んだ。
エマさんが嬉しそうに笑った。
「ドワーフは、これ慣れてるの」
「すごいですね」
「タナカさん、大丈夫?」
「はい、料理人ですから」
「ふふ、頼もしいっ!」
彼女が明るく笑った。
その隣で、シエラさんがわずかに後ろに下がっていた。
「あの、シエラさん?」
「私、エルフ族で火、苦手で」
「あ、すみません」
「いえ、見学させてくださいね」
「もちろんです」
シエラさんが申し訳なさそうに頷いた。
エルフ族は植物文化。
火を強く使うドワーフ料理は、彼女には辛いらしい。
でも彼女は勉強のために、最後まで見学すると決めた。
料理人としての姿勢。
俺は感心した。
二時間が経った。
炉から黒鉄の骨髄を取り出した。
最初の白い輝きが——黄金色に変わっていた。
【鑑定】が走った。
【処理済・黒鉄の骨髄】
毒素:完全除去
栄養価:人間1万人分(1個あたり)
備考:千度の高温処理で、毒素が完全に無害化。
最高級の滋養食材。
ドワーフ族でも、千年に一度しか成功しない。
……完全成功。
俺はドルガンに深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや、お前の見守る力があったから」
「俺、ですか?」
「ああ、お前の料理人としての姿勢」
「……」
「素材を敬う心」
「はい」
「それが最後の毒素を、消したかもしれない」
ドルガンがふっと笑った。
料理人としての心。
科学的な説明ではない。
でもドルガンの言葉には、何か深い真実が宿っていた。
俺は深く頷いた。
その時——突然、宮殿の方から大きな警鐘が響いた。
ガラン、ガラン、と激しい音。
ドルガンの表情が一瞬で変わった。
「鉱山、事故!」
「事故!?」
「私の息子が、坑道担当している」
「ドルガン様!」
「行くぞ!」
ドルガンが走り出した。
俺たちもすぐに後を追った。
処理済みの黒鉄の骨髄を抱えて。
……何が起きた?
俺の心臓が跳ねた。
鉱山の入り口に辿り着いた。
すでに人だかりができていた。
ドワーフたちが慌てて、坑道を覗き込んでいた。
ドルガンが駆け寄った。
「何が起きた!?」
「ドルガン様!」
「息子、どこだ!?」
「下層で落盤! 息子さん、生き埋めです!」
俺の心臓が跳ねた。
……生き埋め。
ドルガン様の息子。
エマさんのお父さん。
彼が危険に瀕している。
エマさんの顔が、青ざめた。
「お父さんっ!」
彼女が走り出そうとした。
ドルガンが彼女を止めた。
「待て、エマ!」
「でも、お父さんが——!」
「お前まで、危険な目に合わせない」
「……」
「私が行く」
「おじいちゃん!」
「大丈夫、必ず息子を連れ戻す」
ドルガンが戦斧を握った。
また、戦士の姿だった。
でも、年齢のせいか足元がわずかにふらついていた。
昨日の鉄竜との戦闘で、まだ傷が癒えていない。
俺はドルガンを止めた。
「ドルガン様、お待ちください」
「田中殿、邪魔するな」
「俺も行きます」
「!」
「ガリオさんと一緒に」
「お前、料理人だぞ」
「料理人として、できることがあります」
俺はまっすぐ、ドルガンを見た。
「黒鉄の骨髄の料理を作ります」
「料理?」
「最高の滋養食」
「!」
「息子さんが生き残るために——必要な栄養を供給します」
ドルガンの目が見開かれた。
俺は続けた。
「料理人として、できる最善のことをします」
「田中殿……」
「ドルガン様、息子さんを救出してください」
「……」
「俺はその後の、命を繋ぐ料理を作ります」
ドルガンがしばらく、俺を見つめた。
それから深く頷いた。
「分かった。お願いする」
「もちろんです」
「ガリオ、頼む」
ガリオさんが剣を抜いた。
「Aランク冒険者の本領、発揮してきます」
「頼む」
俺たちはすぐに、行動を開始した。
ガリオさんとドルガンが、坑道に入った。
救出に向かった。
俺はレイナ、エマさん、シエラさんとともに、急いで厨房に戻った。
料理人としての最高の戦い。
誰かの命を繋ぐための料理。
始まる瞬間だった。




