第43話 鉄竜との戦い、ガリオの本領
鉄竜が完全に目を覚ました。
巨大な体が坑道全体を揺らしながら、起き上がった。
黒鉄の鱗がランプの光を反射して、鈍く光った。
……圧倒的な存在感。
俺は岩陰で息を呑んでいた。
ドルガンが鉄竜の前に立ちはだかった。
たった一人。
120センチの小さな体で、52メートルの巨体に対峙していた。
「鉄竜よ!」
ドルガンの声が坑道に響いた。
「お前と私の、千年目の決着、つけるぞ!」
鉄竜が低く唸った。
地響きのような音。
でもその目は——どこか楽しそうだった。
……あれ?
戦闘の前なのに、楽しそう?
俺は首を傾げた。
ガリオさんが岩陰からささやいた。
「田中、行くぞ。骨髄の採取場所、こっちだ」
「はい」
俺たちは岩陰を低く這って、移動を始めた。
鉄竜の注意は、ドルガンに向いていた。
今がチャンス。
俺たちは慎重に慎重に、巣穴の奥へ進んだ。
ドルガンが戦斧を振り上げた。
彼が踏み込んだ。
ドンッ、と地面が揺れた。
ドワーフの強烈な踏み込み。
鉄竜が片方の前足を振り上げた。
巨大な爪。
でもドルガンが、ひらりと避けた。
……速い。
長老とは思えない速さ。
ドルガンが戦斧で、鉄竜の前足の関節を叩いた。
ガキィッ、と金属同士のような音。
でも、鱗には傷一つ付いていなかった。
……硬い。
鉄竜の鱗、最高級の鉄と書いてあったけど。
本当に武器が効かないらしい。
でもドルガンは、攻撃を続けた。
鉄竜が頭を振り回し始めた。
ドルガンを振り払おうとしている。
でもドルガンは、軽快に避け続けた。
……すごい。
千年戦い続けてきた、戦士の技。
俺たちは巣穴の奥にたどり着いた。
そこに無数の白い物体が、散らばっていた。
……骨髄。
鉄竜が抜け落とした骨髄。
俺は息を呑んだ。
【鑑定】が走った。
【鉄竜の骨髄・原石】
毒素:致死性
処理:高温炉で、特殊処理が必要
備考:適切に処理すれば、超高純度の滋養成分。
1個で、人間1万人分の栄養価。
……すごい栄養価。
俺は手早く、骨髄を収集袋に入れ始めた。
レイナとシエラさんも、手伝ってくれた。
カインさんは周囲を警戒していた。
毒師ギルド総帥としての目で、危険を察知していた。
「カインさん、何かありますか?」
「……鉄竜の子ども」
「え?」
「巣穴の奥に、もう一頭寝てる」
「!」
俺は奥を見た。
確かに、もう一頭小さなドラゴンが寝ていた。
【鑑定】が走った。
【鉄竜・幼体(推定100歳)】
体長:10メートル/戦闘力:A級
状態:深い眠り
備考:母親の子ども。母親が戦闘に入った場合、目を覚ます可能性あり。
……。
幼体。でもA級。
目を覚ましたら、俺たち危険だ。
「みんな、急いで!」
俺は声を潜めながら、急いだ。
全員で必死に、骨髄を回収した。
二十個、三十個、四十個——たくさん取れた。
その時、坑道全体が揺れた。
ドルガンが鉄竜と、激しく戦闘していた。
地響きが強くなった。
……マズい。
幼体が目を覚ましそうだ。
ガリオさんが俺の隣に立った。
「田中、もう十分だ」
「はい」
「離脱しよう」
「分かりました」
俺たちは骨髄を抱えて、坑道を戻り始めた。
その時——幼体の鉄竜が目を開けた。
黄金色の目が、俺たちをじっと見た。
……ヤバい。
幼体が起き上がった。
頭を低く構えた。
……攻撃姿勢。
幼体が口を大きく開けた。
毒の息を吐こうとしている。
「全員、伏せろッ!」
ガリオさんが叫んだ。
次の瞬間——ガリオさんが、幼体に向かって突進した。
「ガリオさん!」
俺は思わず叫んだ。
でも、ガリオさんの動きは止まらなかった。
彼が剣を抜いた。
Aランク冒険者の本気の剣。
幼体が毒の息を吐き始めた瞬間。
ガリオさんが剣で、幼体の口の中に突き刺した。
ガキッ、と激しい音。
幼体が悲鳴を上げた。
毒の息が止まった。
代わりに、血が噴き出した。
ガリオさんが剣を引き抜いて、横に跳んだ。
彼が岩陰に戻ってきた。
「お、お、危なかったな」
「ガリオさん!」
「見ての通り、無事だ」
彼がニカッと笑った。
Aランク冒険者の剣の一閃。
幼体の毒攻撃を止めた。
……すごい。
でも幼体は、まだ生きている。
血を流しながら、怒りで目を燃やしていた。
「田中、骨髄、十分か?」
「はい、十分です」
「離脱、急ぐぞ」
「ドルガン様は?」
「奴は自力で戻ると約束してる」
ガリオさんがはっきり言った。
俺は深く頷いた。
千年戦士のドルガン。
彼の戦いを信じるしかない。
俺たちは坑道を駆け上がった。
坑道を上がりながら、俺はドルガンの戦いを振り返った。
戦斧を振るうドルガン。
軽快に避けながら、攻撃を続ける姿。
長老とは思えない戦闘力。
彼の戦いが続いている間に——俺たちは安全に骨髄を採取できた。
料理人として、ドルガン様の覚悟に答える必要がある。
最高の料理を作る。
黒鉄の骨髄を、最高の薬膳料理にする。
それが俺の使命だった。
地上に近づいた頃。
後ろから、ドルガンが追いついてきた。
彼が戦斧を肩に担いで、笑顔で走っていた。
血だらけ、傷だらけ。
でも、表情は晴れやかだった。
「ドルガン様!」
「皆、無事か」
「はい、骨髄もたくさん取れました」
「よかった」
ドルガンが深く頷いた。
「鉄竜、また引き分けだ」
「引き分け、ですか」
「ああ、千年ずっと引き分け」
「えっ」
「私も奴も、生き残る形」
ドルガンがふっと笑った。
「決着はついていない」
「ええ、ですが——」
「だから、千年続いてる」
「……」
「鉄竜は宿敵だが、尊敬する相手」
彼の声には、奇妙な温かさが宿っていた。
……あ、なるほど。
戦闘の前に楽しそうに見えた理由。
千年の宿敵と戦う。
それはドルガンにとって、人生の楽しみだった。
俺は深く頷いた。
「ドルガン様、ありがとうございます」
「ふん」
「お陰様で、骨髄安全に採取できました」
「うむ」
「これから、最高の料理にします」
ドルガンがニカッと笑った。
「期待している」
「もちろんです」
俺たちは笑顔で頷き合った。
料理人と戦士。
全く違う専門分野。
でも共通するのは——千年続いてきた誇り。
料理人としての誇りも、千年続けたい。
俺はその夢を、ドルガンに感じた。
地上に戻った時、夕焼けが空を染めていた。
俺たちはボロボロだった。
でも骨髄は、無事に採取できた。
ドルガンは傷を癒すために、すぐに城へ向かった。
俺たちも宮殿の客室に戻った。
その途中——ふと宮殿の入り口で。
一人の若いドワーフ女性が、走り寄ってきた。
短い赤橙色の髪。琥珀色の目。
身長130センチ前後。
元気な雰囲気の、若いドワーフ。
彼女がドルガンに駆け寄った。
「おじいちゃーんっ!」
「エマ」
「無事で、よかった!」
彼女がドルガンに抱きついた。
ドルガンが優しく、頭を撫でた。
「心配かけたな」
「もう! 無理しないで!」
「ふふん」
ドルガンが笑った。
俺はシエラさんにささやいた。
「あの、女の子、誰ですか?」
「ドルガン様のお孫さん、らしいですわ」
「お孫さん」
「私、お聞きしました」
「へえ」
俺は女の子を観察した。
【鑑定】が走った。
【エマ・グレンハイム(90歳)】
種族:ドワーフ
職業:料理人(ドワーフ族最年少の、料理人)
備考:ドルガンの孫娘。酒造の名手でもある。
料理大会のドワーフ族代表候補。
……エマさん。
ドワーフ族の最年少料理人。
料理大会の代表候補。
俺は興味津々で、彼女を見た。
彼女が俺たちの視線に気付いた。
振り向いて、俺たちを見つめた。
その目が、好奇心に輝いていた。
「あ、おじいちゃん!」
「うむ」
「この人たち、人間?」
「ああ、料理人の田中殿たちだ」
「料理人!?」
エマさんが目を輝かせた。
「お料理、見せてもらえます?」
「あ、はい」
「私、お料理大好きで!」
彼女が駆け寄ってきた。
俺の前でぱぁっと顔を輝かせて、見上げた。
「私、エマ・グレンハイム! よろしくお願いしまーすっ!」
「は、はい、田中一郎です」
「タナカさん、よろしくね!」
彼女が満面の笑みで、握手を求めてきた。
俺は慌てて握手を返した。
……元気な子だ。
エルフのシエラさんが優雅な雰囲気とは、正反対。
ドワーフのエマさんは、太陽のように明るかった。
……でも、またレイナの視線が。
俺は慌ててレイナを見た。
レイナが深くため息をついていた。
「一郎」
「はい」
「あなた、本当に種族関係なく、ヒロイン増やすわね」
「いや、これはたまたま!」
「たまたま、でなるかしら」
「すいません」
「もういいわ。覚悟決めた」
彼女が肩をすくめた。
「あなたの運命なのね」
「レイナさん」
「正妻として、見守るわ」
「……」
彼女の声には、諦めと優しさが混じっていた。
俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ふん」
「俺、絶対レイナさんが第一です」
「わかってる」
彼女が優しく微笑んだ。
その横でエマさんが、首を傾げていた。
「あ、もしかしてタナカさんと、銀髪のお姉さん——恋人?」
「は、はい」
「あー、なるほど! じゃあ私、料理仲間としてよろしくね!」
「はい」
エマさんがけろりとした表情で、頷いた。
……空気を読んだ?
いや、たぶん彼女は料理にしか興味ない。
俺はホッと息を吐いた。
新しい出会い。
エマさんとの料理交流が、明日から始まる。
料理人として、また世界が広がる瞬間だった。




