第41話 ドワーフ族の鉱山、地下都市への入り口
エルフの里から戻って、一週間が経った。
ベラ亭はシエラさんが加わって、より賑やかになっていた。
彼女はエルフ族の薬草知識を、ベラ亭の料理に応用してくれた。
新しいハーブの組み合わせ。
植物の毒を中和する技法。
ベラ亭の料理は、また一段階進化していた。
お客さんも新しい味に、感動していた。
……順調だった。
でも休んでいる暇はない。
次はドワーフ族との交流が、待っていた。
その日の朝。
俺たちはドワーフ族の領地への、出発の準備をしていた。
俺、ガリオさん、レイナ、カインさん、シエラさん。
五人の旅団。
ベラさんとリエラさんは、ベラ亭で留守番。
いつもの体制だった。
ガリオさんが馬車に、荷物を積み込んでいた。
「田中、ドワーフ族の領地まで、馬車で片道五日」
「五日、ですか」
「鉄の山脈の奥地にある」
「鉄の山脈」
「ドワーフ族の本拠地」
ガリオさんが地図を広げた。
オルバの街から北東方向。
巨大な山脈が、地図上に広がっていた。
「あの山の地下に、ドワーフ族の地下都市がある」
「地下都市、ですか」
「ああ。鉱山の坑道を改造した、巨大な都市」
「すごいですね」
「ドワーフ族の技術力は、世界一だ」
ガリオさんがニカッと笑った。
「鍛冶、酒造、料理、全部最高峰」
「楽しみです」
「だが、ドワーフ族は基本、警戒心が強い」
「警戒心」
「人間やエルフを、簡単には信用しない」
ガリオさんが深く頷いた。
「お前の料理が試される相手だ」
「望むところです」
俺は笑顔で頷いた。
料理人として、新しい挑戦はいつだってワクワクする。
ドワーフ族の料理文化。
俺の世界が、また広がるはずだった。
馬車での五日間の旅。
俺たちは長い街道を、進んでいった。
森を抜け、平原を渡り、川を越え——徐々に景色が、岩肌へと変わっていった。
四日目の夕方。
遠くに巨大な山脈の影が、見えた。
暗い灰色の岩。雪を頂いた頂上。
……鉄の山脈。
地球のヒマラヤ並みの規模だった。
「すごいですね」
俺は思わず呟いた。
「ああ、ドワーフ族の本拠地」
ガリオさんが馬車を止めて、地図を確認した。
「明日の午前中に、入り口に着く」
「入り口」
「ドワーフ族との第一の関門だ」
ガリオさんの声が低くなった。
俺は深く頷いた。
……関門。
ドワーフ族との出会いは、簡単ではないらしい。
俺は馬車の窓から、夕焼けに染まる山脈を見ていた。
明日が楽しみで仕方なかった。
その夜。
俺たちは街道沿いの宿屋に泊まった。
夕食を囲みながら、ガリオさんがドワーフ族の文化を説明してくれた。
「ドワーフ族は、身長低い」
「どのくらい、ですか」
「平均120センチ前後」
「子どもサイズ、ですね」
「だが、力は人間の五倍以上」
「すごい」
「肉体労働の種族」
「鍛冶と鉱山採掘」
「ああ。あと酒造」
ガリオさんがワインをすすった。
「ドワーフ族の酒は、世界一強い」
「強い」
「人間が飲んだら、一杯で即気絶」
「うわぁ」
「だが、彼らはそれを飲みながら笑ってる」
「化け物、ですね」
「うん、化け物」
ガリオさんが笑った。
シエラさんが続けて説明した。
「エルフ族はドワーフ族と、千年対立してきました」
「対立、ですか」
「植物文化と鉱山文化」
「……」
「価値観が根本から違うのです」
「なるほど」
「でも料理大会への招待は、エルフ族からも出します」
「ありがとうございます」
「料理を通じて、エルフ族とドワーフ族も和解できたら——」
彼女の目が輝いていた。
「素晴らしい夢ですね」
「ええ」
シエラさんの声には、強い希望が宿っていた。
料理大会。全種族の和解の舞台。
俺たち料理人の夢が、徐々に広がっていく。
俺は深く息を吸った。
明日、その夢の新しいステージが始まる。
翌朝。
馬車が鉄の山脈の麓に、到着した。
巨大な岩壁の前に——分厚い鉄の門がそびえていた。
高さ十メートル以上。
ドワーフ族の地下都市の入り口だった。
門の前には、武装したドワーフたちが十人、立っていた。
全員、身長120センチ前後。
でもその体つきは、人間の戦士の二倍はありそうな筋肉。
手には巨大な戦斧。完全武装だった。
【鑑定】が勝手に走った。
【ドワーフ族・関門守備隊】
戦闘力:A級(個別)
備考:ドワーフ族の精鋭。簡単に通過させない。
……A級が十人。
俺一人で、勝てない。
でも俺は、戦いに来たわけじゃない。
料理人として来た。
俺は馬車から降りて、彼らに近づいた。
「初めまして、田中一郎です」
守備隊長らしきドワーフが、俺を睨んだ。
彼の髭は、赤茶色で編まれていた。
目は鋭く、警戒に満ちていた。
「人間、何の用だ」
「ドワーフ族の長老に、お会いしたいです」
「アポは?」
「あります」
俺はガリオさんから預かった招待状を、見せた。
ガリオさんがAランク冒険者として、ドワーフ族の長老と知り合いだった。
彼が事前に招待状を用意してくれたのだ。
守備隊長が招待状を読んだ。
彼の表情が、わずかに変わった。
「……ガリオの紹介か」
「ご存知ですか」
「ああ、Aランク冒険者のガリオは有名」
「彼も一緒です」
俺は馬車からガリオさんを呼んだ。
ガリオさんが降りてきた。
守備隊長が深く頷いた。
「ガリオ、久しぶりだ」
「ボルカン、元気そうだな」
「お前が人間の料理人を紹介するとは」
「彼、本物だ」
「ふん、見極めさせてもらおう」
ボルカンと呼ばれた守備隊長が、低く唸った。
「中に入れ」
「ありがとうございます」
「だが、信用するかは別問題」
彼の声は厳しかった。
俺は深く頷いた。
料理人として、これから信頼を勝ち取る。
いつものことだった。
鉄の門がゆっくり開いた。
ガラガラ、と重い音が響いた。
門の向こうには——巨大な坑道が続いていた。
壁は鉄の岩肌。
天井からは、蛍光石のような光が降り注いでいた。
地下なのに明るい空間。
ドワーフ族の技術だった。
馬車で坑道を進んだ。
ボルカンと警備隊の半数が、護衛としてついてきた。
残りは入り口で警備を続けた。
信頼されてはいない。
でもお客様として扱われている。
料理人として、ありがたい扱いだった。
坑道を進むこと一時間。
突然、視界が開けた。
俺は息を呑んだ。
目の前には——巨大な地下空間が広がっていた。
数百メートルの高さ、数キロの広さ。
その中に無数の建物が、立ち並んでいた。
石造りの家。工房。巨大な製鉄所。
そして中央には——巨大な宮殿。
ドワーフ族の地下都市、『鉄の都』。
……すごい。
地球の近代都市並みの規模だった。
ガリオさんが隣で頷いた。
「これがドワーフ族の本拠地だ」
「壮大ですね」
「全部、彼らの技術で作られた」
「……」
「人間界には、こんな技術はない」
「ドワーフ族の誇りですね」
「ああ」
ガリオさんが深く頷いた。
俺は深く息を吸った。
料理人として、また新しい世界に足を踏み入れる。
ワクワクが止まらなかった。
宮殿の前に馬車が止まった。
ボルカンが俺たちを案内した。
「長老がお会いになる」
「ありがとうございます」
「ドワーフ族の最年長、ドルガン様」
「ドルガン様」
「鍛冶の達人。料理にも詳しい」
「楽しみです」
「だが、辛口のお方だ」
ボルカンが警告した。
「人間を嫌っているわけではない」
「はい」
「ただ、本物の料理人しか認めない」
「分かっています」
俺は深く頷いた。
いつもの試練。
料理人として、最高の料理で応える。
それが俺の答えだった。
宮殿の中に入った。
外は洞窟だが、内部は磨き上げられた石の壁。
無数の彫刻が、施されていた。
ドワーフ族の神々と、英雄たちの姿。
壮大で力強い芸術。
奥の玉座の間に、辿り着いた。
玉座に座っているのは——一人のドワーフ。
白い長い髭。
でも目は、若々しく鋭かった。
体は120センチ前後だが、筋肉は岩のように引き締まっていた。
【鑑定】を走らせようとして——やめた。
長老に対しては、失礼すぎる。
俺は深く頭を下げた。
「初めまして、田中一郎と申します」
「うむ」
ドルガンが低い声で応えた。
「ガリオの紹介で来たか」
「はい」
「世界料理大会の件、聞いておる」
「ありがとうございます」
「だが、ドワーフ族の参加はまだ決まっておらん」
「……」
「お前の料理を見て、判断する」
「もちろんです」
ドルガンの目が、鋭く光った。
「ドワーフ族で最も難しい料理を、お前に課す」
「お任せください」
「『黒鉄の骨髄』」
「黒鉄の骨髄」
「鉄の山脈の奥地に住む、巨大ドラゴンの骨髄」
「……」
「人間が食べたら即死」
「!」
「だが適切に処理すれば——最高の滋養食」
「すごい素材ですね」
「採取に命懸け」
ドルガンの声は静かだった。
「お前、できるか」
「もちろんです」
「即答か」
「料理人ですから」
ドルガンがわずかに微笑んだ。
「気に入った」
「ありがとうございます」
「明日、私と一緒に採取に行く」
「え?」
「私自身が、採取に案内する」
「長老様、自らですか」
「ドラゴンの骨髄は、私しか扱えん」
ドルガンの声が低く響いた。
「危険な旅だ」
「望むところです」
「料理人としての覚悟、見せてもらおう」
「もちろんです」
俺は深く頭を下げた。
料理人としての新しい戦い。
始まりはすぐ、そこにあった。




