第39話 緑の死、料理人の挑戦
翌朝。
俺は世界樹の中の、エルフ族の厨房に立っていた。
円形の広い厨房。
鍋や調理器具は人間界とは違う、自然素材のもの。
石と木と銅でできた、シンプルな道具たち。
でも磨き上げられて、清潔だった。
エルフ族の料理人としての誇りが、感じられた。
シエラさんが隣に立って、説明してくれた。
「田中殿、こちらが『緑の死』です」
彼女が特殊な箱を、机の上に置いた。
箱の中には、緑色の葉が数枚入っていた。
……うわ。
【鑑定】が勝手に走った。
【緑の死(エルフの毒草)】
毒素:神経毒・接触毒・摂取毒の三重複合
危険度:S級(即死毒)
処理方法:エルフ族でも、千年研究されているが、未解明。
備考:触れる際は、専用の手袋必須。
葉の汁が空気に触れると、揮発性の毒に変化。
……三重複合毒。
千年研究しても、未解明。
しかも汁が空気に触れると、空気毒になる。
……かなりヤバい。
俺は慎重に観察した。
葉は真緑色で、つやつやしていた。
葉脈がわずかに、銀色に光っていた。
美しい、とすら言える姿。
でも、その美しさが罠だ。
毒物の典型的な特徴。
「シエラさん、これ、自然界でどこに生えているんですか」
「世界樹の最も深い、根元の洞窟」
「洞窟」
「日光が届かない暗闇で育つ毒草」
「……」
「採取するだけで、エルフ族の戦士が何人も倒れています」
彼女の声が震えていた。
俺は深く頷いた。
……命がけの素材。
料理人として、敬意を払うべき相手。
俺は葉に向かって、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
シエラさんが目を丸くした。
「田中殿? 今、何を?」
「素材に感謝のご挨拶です」
「素材に、ですか」
「はい」
俺はにっこり微笑んだ。
「親父の教えです」
「お父様の」
「『素材は、命だ。料理人はその命に感謝するべき』」
「……」
「だから最初に、ご挨拶」
「素敵ですね」
シエラさんが優しく微笑んだ。
「エルフ族の文化と、似ています」
「そうなんですか」
「私たちも植物を収穫する時、必ずお礼を言います」
「ああ」
「それを人間界の料理人がしている、なんて」
彼女の目が潤んでいた。
「田中殿のお父様、立派な方ですね」
「俺の誇りです」
俺は笑顔で答えた。
料理人として、親父の教えがこんな遠い場所で認められる瞬間。
最高の誇りだった。
レイナが俺の横に立った。
「一郎、私の考えを聞いて」
「はい」
「この毒、三重複合」
「ええ」
「ということは——三段階で処理する必要がある」
「具体的には?」
「神経毒は、低温で固化させる」
「はい」
「接触毒は、酸で中和する」
「はい」
「摂取毒は、強いアルカリ性で分解する」
レイナがテキパキと説明した。
毒師ギルド総帥としての知識。
頼もしかった。
「シエラさん、エルフ族で低温保存の技術ありますか」
「ええ、世界樹の根元に氷の洞窟があります」
「そこに葉を保管できます?」
「もちろん」
「酸とアルカリ性の植物は?」
「両方、エルフ族の薬草庫にありますわ」
「最高ですね」
俺はにっこり頷いた。
道具は揃っている。
あとは料理人としての技術と、毒師ギルド総帥の知識。
二人の融合で、最高の料理を作る。
処理は半日かけて行った。
まず、葉を氷の洞窟へ。
マイナス20度の冷気の中で、葉を6時間寝かせた。
神経毒が結晶化して、葉の表面に白い霜のように出てきた。
俺はそれを慎重に削り取った。
次に酸処理。
シエラさんが用意してくれた、エルフ族の薬草——『酸の実』。
その実の汁に、葉を浸した。
葉がわずかに、色を薄めた。
接触毒が中和された証拠だった。
最後にアルカリ性処理。
『月光の花』の抽出液に、葉を浸した。
葉が淡い銀色に変わった。
完全に毒が分解された。
【鑑定】が走った。
【処理済・緑の死】
毒素:完全除去
旨味成分:人間界では、未知の新種
効能:人間にも、エルフにも安全。
備考:歴史上、初めての完全処理成功。
……。歴史上、初めて。
俺はシエラさんを見た。
シエラさんが震えていた。
「で、できたんですか」
「はい」
「【鑑定】の結果、見せてください」
俺は彼女に、結果を伝えた。
シエラさんの目から涙がこぼれた。
「千年、エルフ族の長老たちが夢見ていた処理」
「……」
「田中殿が半日で成し遂げた」
「俺一人じゃありません」
俺はレイナを見た。
「レイナさんの毒師としての知識と」
「……」
「シエラさんのエルフ素材の提供」
「……」
「俺の料理人としての技術」
「……」
「三人の合作です」
シエラさんが何度も頷いた。
涙を止められないでいた。
俺は彼女に優しく声をかけた。
「シエラさん、これでエルフの長老たちに、料理をお出しできます」
「はい」
「エルフ族と人間が、料理を共有する第一歩ですね」
「……はい」
彼女が震える声で答えた。
俺は深く頷いた。
料理人として、最高の瞬間。
二つの種族を料理で繋ぐ。
その夢が始まりつつあった。
夕方。
俺は処理した緑の死をメインに、料理を作った。
『緑の死のハーブスープ』。
ル・オニオンとエルフ族の薬草を合わせた、スープ。
そこに銀色に変わった緑の死の葉を、トッピング。
香りは爽やかで、深い。
味見をしたレイナが目を見開いた。
「すごい深さ」
「美味しいですか」
「ええ。今までの料理と違う、独特の旨味」
「シエラさん、味見、どうぞ」
シエラさんも緊張した面持ちで、スプーンを取った。
一口。二口。
三口目で、彼女の目から涙がぽろりとこぼれた。
「……」
「シエラさん?」
「……これ、エルフ族の料理を超えています」
「!」
「自然の味、そのもの」
「……」
「でも、人間の温かさが宿っている」
「……」
「両方の種族が融合した味です」
彼女の声は震えていた。
「素晴らしい料理です」
「ありがとうございます」
「これ、長老たちにお出しすれば——」
「はい」
「エルフ族、必ず料理大会、参加します」
俺は深く頷いた。
料理人としての第一歩。成功だった。
夜。
長老会議の広間に、十二人の長老が集まった。
俺は十二皿の料理を運んだ。
長老たちが最初は、警戒の目で見ていた。
でも最年長の長老が最初に、スプーンを取った。
一口。
彼の表情が変わった。
目が見開かれた。
驚き。そして——感動。
「……これ、本当に緑の死、なのか?」
「はい」
「毒、完全に除去されている」
「ええ」
「千年、エルフ族の長老たちが夢見た処理」
彼の声が震えていた。
「お前、本当に成し遂げたのか」
「はい」
「……」
他の長老たちも、次々と味見し始めた。
全員、目を潤ませていた。
驚きと、感動の混じった表情。
最年長の長老が立ち上がった。
「田中、一郎、殿」
「はい」
「エルフ族の長老として、頭を下げる」
彼が深く頭を下げた。
……エルフの最年長が、人間に頭を下げた。
俺は慌てて、彼に声をかけた。
「長老様、頭をお上げください」
「いや、これは必要な礼だ」
「……」
「お前は千年のエルフ族の夢を、半日で実現した」
「俺一人で、ではありません」
「分かっている」
「シエラさん、レイナさん、皆の力です」
「もちろん」
長老が顔を上げた。
その目には強い決意が宿っていた。
「エルフ族として、世界料理大会に全力で参加する」
「ありがとうございます」
「お前の料理は、エルフ族の信頼を勝ち取った」
「……」
「これからもエルフ族と人間の橋渡し役、頼む」
「もちろんです」
俺は深く頭を下げた。
料理人として、エルフ族の信頼を得た瞬間。
料理大会への第一歩、完成。
次はドワーフ族との交流に向けて進む。
料理人としての世界が、また広がった。
その夜。
俺たちはエルフ族の特別な宴会に招かれた。
世界樹の最上階のテラス。
そこからエルフの里全体が、見渡せた。
夜空に二つの月が輝いていた。
地球とは違う夜空。
でも温かい光だった。
長老がワインを配ってくれた。
エルフ族の特製ワイン。
飲んでみると——驚くほど深い味わい。
俺は感動した。
「これも、エルフ族の料理文化ですね」
「ええ」
「素晴らしいワインです」
「ありがとう」
長老が優しく微笑んだ。
その隣でシエラさんが、嬉しそうに飲んでいた。
彼女が俺の隣に近づいてきた。
「田中殿」
「はい」
「私、田中殿の料理に感動しました」
「ありがとうございます」
「私、田中殿のもとで修行したい」
「え?」
「料理大会のエルフ族代表として、料理人としての腕をもっと磨きたい」
「シエラさん」
「ベラ亭にしばらく滞在しても、よろしいですか」
「もちろんです」
俺はにっこり頷いた。
シエラさんがぱぁっと、顔を輝かせた。
その笑顔は本当に、無邪気だった。
……あ、またレイナの視線が刺さってる。
俺は慌ててレイナを見た。
レイナがにっこり微笑んでいた。
でも、目は笑っていなかった。
「シエラさん」
「はい?」
「ベラ亭、私たちの家ですからね」
「もちろんです」
「礼儀守って、修行してくださいね」
「ええ、もちろん」
二人の視線が火花を散らした。
……俺は深くため息をついた。
料理人としての人生は——女性たちの火花も込みで進むらしい。




