第3話 舐めて鑑定する男、登場
「——着いたぞ。ここがオルバの街だ」
ガリオさんがそう言った時、俺は門の前で思わず立ち止まっていた。
石造りの城壁。木製の大きな門。夕日に照らされた、いかにも『中世ヨーロッパ風の街』が目の前にあった。
……マジで異世界なんだな。
なんか、今さら実感した。
いや、ゴブリンに襲われた時点で実感しろよ、俺。
「どうした田中。腹でも減ったか?」
「あ、はい。減りました」
「即答かよ」
ガリオさんが肩を揺らして笑った。
いや、本当に減ってるんだから仕方ない。
【鑑定】を使いまくった反動なのか、それとも普通に半日歩き通したからか。
もう空腹で頭が回らない。
「まあ、入ってからゆっくり食え。俺の馴染みの宿屋に案内する」
「ありがとうございます」
「礼はいい。命の恩人に礼くらい、当たり前だ」
ガリオさんは門番に軽く手を上げて、すたすたと門をくぐった。
俺もその後をおずおずと続く。
門番のおじさんがジロリと俺を睨んだ。
俺、よそ者まる出しなんだろうな。
心の中で、すいません、と頭を下げながら通り抜けた。
街の中は、思っていたよりずっと活気があった。
石畳の道。両脇に立ち並ぶ木造の店。鍛冶屋の槌の音。
パン屋の前を通った瞬間、こんがり焼けた小麦の匂いが鼻をかすめて、思わず腹が鳴った。
「ぐぅー……」
「お前、本当に腹減ってるな」
「すいません」
「いや、いいんだ。俺もだ」
ガリオさんが、ぽん、と俺の肩を叩いた。
「ただな田中。先に一つだけ寄りたい所がある」
「どこですか?」
「冒険者ギルドだ」
冒険者、ギルド。
……うわ、出た。
なろう小説の鉄板施設、登場である。
いや、なろう小説じゃない、これは現実だ、この世界の。
……いや、現実なのか? よくわからなくなってきた。
「ま、依頼の報告と、お前の登録だ」
「俺の登録?」
「ああ。今夜、宿に泊まるにしても、身分証がないと厄介なんだ。冒険者として登録しておけば、ギルド証が身分証代わりになる」
「なるほど」
「それと——」
ガリオさんが少しだけ声を低くした。
「お前、自分の能力をちゃんと評価してもらった方がいい」
……あ。
なんか、嫌な予感がする。
俺、まだ自分の【鑑定】スキルをガリオさんにちゃんと説明してないんだよな。
むしろ「料理人の勘です」とか「記憶がない」とか、ふわっとした嘘で誤魔化してきた。
なのにガリオさんは、もう何かを察してる目をしている。
怖い。Aランク冒険者の眼力、怖い。
冒険者ギルドは街の中心部にあった。
無骨な石造りの、二階建ての建物。
扉を開けた瞬間——
むわっ、と人と酒と汗と煙の匂いが、まとめて押し寄せてきた。
「うっ」
料理人の鼻には、ちょっとキツい。
ホールには武装した冒険者たちがガヤガヤと飲み食いしている。
受付カウンターには長い列。壁には依頼の張り紙がびっしり。
……うん、テンプレ通りだ。
ありがとう、なろう小説。先に予習しておいてよかった。
「ガリオさん! お帰りなさい!」
受付カウンターから若い女性が手を振った。
茶髪のショートヘアに、ギルド職員の制服。
「おう、ミラ。ただいま」
「あれ? その方は?」
ミラさんと呼ばれた職員が、ぴょこんと俺の方を見た。
くりっとした目がまっすぐこちらを向く。俺はぺこ、と小さく頭を下げた。
「えっと、田中、です」
「タナ、カ……? 変わった名前ですね」
「あ、はい、よく言われます」
「ふふっ、可愛い」
……可愛い、って言われた。
いやいや、たぶん違う、名前のことだろう。うん、名前のことだ。
俺の前世における異性経験を考えれば、絶対に名前のことだ。
「ミラ、こいつを冒険者として登録してやってくれ」
「あ、はい! えっと、田中さん、こちらの水晶に手を置いてくださいね」
ミラさんがカウンターの上の透明な水晶を指差した。
手を置いた。水晶がぼんやりと青白く光った。
しばらくして——
「えっ」
ミラさんが目を丸くした。
「あの、田中さん」
「はい」
「もう一度、置いてもらっていいですか?」
「……はい」
もう一度、手を置いた。水晶がまた青白く光る。
ミラさんは水晶に表示された文字を、二度、三度と読み返した。
その表情がだんだんと引きつっていく。
「ガ、ガリオさん、ちょっと、これ……」
「どうした」
「鑑定スキル、です」
「ん?」
「鑑定スキル、それも、聞いたことのないレベルの——」
ミラさんが、ごくり、と喉を鳴らした。
「【絶対鑑定】です」
ホール中の空気が止まった。
ガヤガヤしていた冒険者たちが、一斉にこちらを振り向いた。
……え。何、その目。なんで皆こんな顔してるの。
俺はガリオさんの方を見た。
ガリオさんは——ニヤリ、と笑っていた。
「やっぱりな」
「やっぱり、って」
「お前があれだけ正確にマンドレイク毒の中和法を当てた時点で、俺は確信していた。お前のは、ただの鑑定じゃない」
……あれ、バレてた。全部バレてた。
「【絶対鑑定】は、世界で過去に三人しか確認されていない、伝説のスキルだ」
「……三人」
「そして現存しているのは、たった一人。それも王都に幽閉されている老人だ」
ガリオさんの声が低く響いた。
「お前は、四人目だ。田中」
「……えっと」
俺は思わず頭を掻いた。
なんか、思っていた以上に大ごとっぽい。
「あのガリオさん」
「なんだ」
「これ、登録しない方がいいですか?」
「いや、登録はする」
「即答ですね」
「だがな——」
ガリオさんがミラさんの方を見た。
「ミラ。こいつのスキル情報、対外的には『鑑定(中級)』とだけ記載してくれ」
「え、でも規定が」
「俺の名で頼む。『理由は後でガリオが説明する』とだけ言っておけ」
「……わかりました」
ミラさんがカリカリと書類に何かを書き込んだ。
えっと、俺の知らないところで、なんか色々進んでる。ついていけてない。
「ガリオさん、これって、つまり……」
「お前のスキルは、隠した方がいい、ってことだ」
「なんで」
「狙われるからだ」
声が低かった。冗談を言ってる目じゃなかった。
「【絶対鑑定】は、王侯貴族から犯罪組織まで、誰もが欲しがる能力だ。誘拐される。下手すりゃ、殺される」
「……マジですか」
「マジだ」
……マジか。
いや、薄々感じてはいた。
毒草を高級ダシに、毒蛙をフォアグラに変える能力が、普通であるはずがない。
でもまさか、命を狙われるレベルとは。
「とりあえず今夜は俺の宿に泊まれ。明日、相談だ」
「は、はい」
俺はこくこくと頷くしかなかった。
ミラさんが銀色のカードを俺に手渡した。
「えっと、これが田中さんの冒険者証です。ランクはF、職業欄は……ガリオさん、何にします?」
「『鑑定師』だ」
「……了解です」
ミラさんがペンを走らせる。
その時、ふと思いついて、俺は口を挟んだ。
「あのミラさん」
「はい?」
「『料理人』って書けません?」
しん——
またホールの空気が止まった。
ガリオさんがゆっくりとこちらを向いた。
「田中」
「はい」
「お前、Aランク級の鑑定スキルを持ってて、職業欄に『料理人』って書きたいのか?」
「だって、俺、料理人ですし」
「……」
「……」
ガリオさんが片手で顔を覆った。
ホールの冒険者たちから、ぷっ、と笑い声が漏れた。
「兄ちゃん、変わってんな!」
「料理人ってお前、おもしれえな!」
「鑑定師でいいだろ、勿体ねぇ!」
わいわい、と冷やかしの声が四方から飛んできた。
ミラさんも、口元を抑えて肩を震わせている。
……いや、別に冗談で言ってないんだけどな、俺。
ガリオさんが深く、深く、ため息をついた。
「……ミラ。『鑑定師(兼・料理人)』にしておけ」
「ぷふっ、はい! 了解です!」
カリカリと書き込まれた、俺の冒険者証。
【ランク:F/職業:鑑定師(兼・料理人)】
……これ、たぶんギルド史上初の表記なんだろうな。
でも、まあいい。俺は料理人だ。それは譲れない。
「行くぞ田中。宿で飯だ」
「はい!」
俺たちはギルドを後にした。
扉を出る瞬間、後ろから「ガリオさん、あの人、本当に……?」というミラさんの声が聞こえた気がした。
でも振り返らなかった。空腹が限界だったからだ。
その夜。遠く離れた、王国南部の山中。
黒い石造りの塔の、最上階。
深紅のドレスを纏った銀髪の女が、一通の手紙を読んでいた。
女の名は——レイナ・ヴェル・モルガナート。毒師ギルド、現総帥。
齢二十四にして、大陸最高の毒術師と謳われる、孤高の女。
彼女は手紙を読み終えた後、ふっ、と笑った。
冷たい、それでいてどこか面白がっているような笑みだった。
「『絶対鑑定』を持つ、料理人?」
黒檀のテーブルに、手紙を、ぱらりと置いた。
「面白い。冗談にしては、よく出来ている」
彼女は立ち上がった。窓の外には満月。
「行ってみるか、その『偽物』の顔を、見に」
唇をゆっくりと舌で湿らせた。
「——殺してやる前に」
ついにレイナの名前が、本人の口から出てきました!
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