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廃業料理人、異世界の『毒』を喰らう ~『鑑定』スキルで気付いたら、この世界の食材ぜんぶ俺のご馳走でした~  作者: 生クリーム王子


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第37話 大会延期、そして広がる世界

 翌朝。

 ベラ亭の前に、見送りのために皆が集まっていた。

 俺、ガリオさん、レイナ、カインさん、シエラさん。

 俺たち五人は、エルフの里へ向けて出発する予定だった。

 ベラさんとリエラさんが、心配そうに見送りに出てきた。

「田中さん、また旅ですかぁぁぁ……」

「ベラさん、すぐ戻りますから」

「魔界、エルフ、次から次へとぉぉ……」

「すみません」

 ベラさんが涙ぐんでいた。

 でもベラさん、号泣はしていない。

 最近、号泣を我慢する技術を覚え始めたらしい。

 成長していた。

 その時——シエラさんが突然、両手を合わせて声を上げた。

「あの、田中殿」

「はい?」

「実は、お話があります」

「お話、ですか」

 シエラさんが深く頭を下げた。

「昨夜、エルフの長老から念話で連絡が来ました」

「念話?」

「エルフの森全体に繋がっている魔法です」

「すごいですね」

「で、長老の伝言が——」

 シエラさんが少し緊張した声で続けた。

「料理大会、半年後では早すぎる、と」

「……え?」

 俺は息を呑んだ。

 ガリオさんとレイナも固まった。

「早すぎる、というのは?」

「各種族との交流に、もっと時間が必要、と」

「……」

「エルフ族だけでなく、ドワーフ族、獣人族、海の民——」

「海の民?」

「ええ、人魚族です」

 シエラさんがにっこり微笑んだ。

「全種族参加してこその、世界料理大会です」

「……はい」

「半年では、各種族の長老たちとの交渉が間に合いません」

 俺は深く考え込んだ。

 その通りだった。

 半年で、エルフ、ドワーフ、獣人、人魚——全種族の長老と交渉して参加させる。

 ……無理がある。

 俺はガリオさんを見た。

 ガリオさんも深く頷いた。

「シエラさんの指摘、もっともだ」

「ガリオさん」

「料理大会、本当に世界規模でやるなら——」

「はい」

「半年は短すぎる」

「……」

「最低、一年半は必要だ」

 ガリオさんがはっきり言った。

 Aランク冒険者として、各種族の文化を知る人。

 彼の判断は信頼できた。

 俺はレイナを見た。

 レイナも頷いた。

「私も賛成よ」

「レイナさん」

「半年で急ぐと、本物の料理大会にならない」

「……」

「世界の種族を繋ぐ大会」

「はい」

「だから、しっかり時間をかけて準備するべき」

「……」

 俺は深く頷いた。

 その通りだ。

 料理人として、急いで雑な大会にするわけにはいかない。

 時間をかけて、最高の大会にする。

 それが料理人としての誠意だった。

「シエラさん」

「はい」

「ありがとうございます」

「いえ、長老のお言葉です」

「ですが——」

「はい?」

「魔王陛下に相談する必要があります」

「もちろんです」

「グレイヴ様の200年の夢です」

「……」

「勝手に延期、決められません」

 俺はそう答えた。

 料理人として、相手の想いを勝手に踏みにじりたくない。

 シエラさんが優しく頷いた。

「もちろんです」

「すぐにリリスさんに連絡を取ります」

「魔界からも念話、届きます」

「ありがとうございます」


 その日の午後。

 リリスさんから、急ぎの返信があった。

 また漆黒の使い魔カラスが、ベラ亭に飛んできた。


田中殿


大会延期の件、魔王陛下に伝えました。


陛下、即答で「賛成」。


「焦って半端な大会にするより、時間をかけて最高の大会にしたい」


と仰せです。


大会開催を、一年半後に変更することで合意。


各種族との交渉、ご一緒に進めましょう。


リリス


 ……グレイヴ様、即答だった。

 俺は思わず微笑んだ。

 200年も平和を構想してきた魔王。

 あと一年延びても、何の問題もない。

 むしろ、しっかり準備したい——という想いが、伝わってきた。

 俺はガリオさんとレイナに伝えた。

「グレイヴ様、賛成です」

「即答か」

「はい」

「料理人としての誠意が、伝わったんだろうな」

「ガリオさん」

「お前の判断、正しい」

 ガリオさんがニカッと笑った。

 俺も笑顔で頷いた。

 料理大会、一年半後。

 時間を味方につけて、最高の大会にする。

 準備期間が一年延びることで、各種族との交流もじっくりできる。

 料理人としての視野が、もっと広がる。

 ありがたい変更だった。


 その時、ふとレイナが俺の腕を、つんつんとつついた。

「一郎」

「はい」

「結婚式、どうするの?」

「あ」

 俺は、はっとした。

 結婚式も、半年後の予定だった。

 料理大会と同時期。

 料理大会が一年半後に延期された以上——結婚式も一緒にずらすか。

 それとも結婚式は予定通りやって、料理大会だけ延期するか。

 俺は深く考えた。

「レイナさん、相談です」

「はい」

「結婚式、どうしましょう」

「……あなたの希望は?」

「正直、両方一緒にやりたい」

「……え?」

「結婚式と料理大会、同じ時期に」

「……」

「全種族のヒロインたちと——」

 俺はふと、舌が滑った。

「あ、いえ、全種族のお客様たちと、お祝いしたい」

「……今、ヒロイン、って言った?」

「気のせいです」

「気のせいじゃない」

 レイナが半目になった。

 ……まずい。

 俺は慌てて訂正した。

「すいません、つい口が滑りました」

「……」

「でも、全種族の方々と結婚式、最高じゃないですか」

「……まあ」

「ベラ亭の結婚式が——世界の結婚式になる」

「壮大ね」

「壮大です」

 俺はにっこり微笑んだ。

 レイナもふっと笑った。

「分かったわ」

「はい」

「結婚式も一年半後でいいわよ」

「ありがとうございます」

「ただし、一つ条件」

「条件?」

「私が正妻」

「もちろんです」

「他のヒロインたちは、横ではなく後ろ」

「ヒロインって、認めるんですか」

「現実は見るタイプなの」

 レイナが悪戯っぽく笑った。

 俺は深くため息をついた。

 でも、その表情は嬉しそうだった。

 仲間たちの、愛する人との未来が、また一年延びた。

 でもその分、より豊かな未来になる。

 料理人として、これ以上の幸せはない。


 ベラさんに、結婚式と大会の延期を伝えた。

 ベラさんは最初、心配そうな顔をした。

 でもすぐに、明るい顔に戻った。

「うふふ、田中さん、私、もっと結婚式の準備できますね」

「ベラさん」

「ベラ亭、もっと改装して、世界中のお客様を迎えられるようにしましょう!」

「……すごい意欲ですね」

「私、ベラ亭の女将ですから!」

 ベラさんが力強く、胸を張った。

 最近、本当にたくましくなっている。

 俺はベラさんの変化が嬉しかった。

 リエラさんも隣で頷いた。

「私も副料理長として、より一層腕を磨きます」

「リエラさん」

「世界中のお客様を満足させる料理を、作れるように」

「……」

 仲間たちが一年半後の未来に向けて、それぞれの覚悟を固めていた。

 料理人として、こんなに心強い仲間に囲まれる人生は最高だった。


 その日の夕方。

 俺たち五人は、改めてエルフの里へ出発した。

 時間に余裕ができたぶん——シエラさんがゆっくり案内してくれることになった。

 馬車ではなく、シエラさんの自然魔法での移動。

 彼女が地面に、緑の魔法陣を描いた。

 葉と蔦の紋様。

 美しいエルフの魔法。

「皆様、こちらへ」

「はい」

 俺たちは魔法陣の上に立った。

 次の瞬間——緑の光が俺たちを包んだ。

 風が頬を撫でた。森の香り。

 目を開けると——俺たちは巨大な樹の根元に立っていた。

 ……エルフの里。

 俺は深く息を吸った。

 新しい料理修行の舞台が——いま始まった。

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