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廃業料理人、異世界の『毒』を喰らう ~『鑑定』スキルで気付いたら、この世界の食材ぜんぶ俺のご馳走でした~  作者: 生クリーム王子


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第34話 帰還、そして広がる準備の輪

 魔界での滞在三日目。

 俺たちはいよいよ、人間界に帰る日を迎えた。

 魔王城の正面玄関に、リリスさんと魔王が見送りに来てくれた。

「田中殿、また会える日を楽しみにしている」

「グレイヴ様、こちらこそ」

「半年後、必ず最高の大会を開こう」

「はい」

「それまでに人間界の招待状の発送、よろしく頼む」

「承知しました」

 魔王が深く頭を下げた。

 俺もそれに応えて頭を下げた。

 200年、料理を研究してきた魔王。

 彼の夢を、俺が一緒に背負うことになった。

 料理人として、これ以上の名誉はない。

 リリスさんが俺に、小さな袋を差し出した。

「田中殿、これを」

「これは?」

「魔界の招待状、五十枚」

「五十枚」

「魔界の有力者全員分、です」

「すごい数ですね」

「人間界の招待状は、田中殿が用意してくださいませ」

「分かりました」

 俺は袋を、丁寧に受け取った。

 ずっしりと重かった。

 文字通り、責任の重さだった。

「リリスさん、人間界には、いつ来てくださいますか」

「一ヶ月後」

「一ヶ月後」

「ベラ亭で、本格的な準備会議を開きましょう」

「はい、お待ちしております」

 リリスさんが優しく微笑んだ。

 牙が見えた。最初は怖かった、その牙。

 でも今は、温かさを感じた。

 種族の壁は、心の中だけにある。

 料理を通じて、それを溶かしていく。

 それが俺たちの使命だった。


 リリスさんが転移魔法を発動した。

 また巨大な魔法陣が、地面に広がった。

 俺たちは魔法陣の上に立った。

 魔王が手を振った。

「田中殿、また!」

「グレイヴ様、また!」

 次の瞬間、世界が暗転した。

 目を開けると——ベラ亭の前に立っていた。

 慣れ親しんだ景色。

 オルバの街の、温かい空気。

 ……ただいま。

 俺は深く息を吸った。

 帰ってきた。

 たった三日の不在だったけど、ずっと長く感じていた。

「田中さーんっ!」

 ベラ亭の入り口から、ベラさんが飛び出してきた。

 またも、いつもの号泣顔。

「ご無事でぇぇぇ!」

「ベラさん、ただいま戻りました」

「魔界、無事だったんですねぇぇぇ!」

「もちろんです」

 ベラさんが俺に、また抱きついてきた。

 その後ろから、リエラさんも駆け寄ってきた。

「田中殿、お疲れ様でした」

「リエラさん、お留守、ありがとうございました」

「いえ、当然のことです」

 彼女が深く頭を下げた。

 ベラ亭の店内に入ると——お客さんたちが拍手で迎えてくれた。

 みんな、俺の無事を祝ってくれた。

 ……ありがたい。

 俺は、お客さん一人ひとりに頭を下げた。

 帰ってきたんだ。俺たちのベラ亭に。


 その夜。

 ベラ亭の奥の食堂で、特別な夕食を囲んだ。

 ベラさん、リエラさん、ジルベールさんも招待した。

 俺、レイナ、ガリオさん、カインさんが、魔界での話を語った。

「世界料理大会……ですか」

 ジルベールさんが、興奮した目で聞いた。

「はい、半年後の開催予定です」

「素晴らしい構想ですね」

「ジルベールさんも、ぜひ参加してください」

「私が? 料理大会に?」

「貴族として、人間界の代表団に加わってください」

 俺の言葉に、ジルベールさんが目を見開いた。

「私、料理は素人です」

「貴族として、運営の補佐をお願いしたいんです」

「ああ、なるほど」

「貴族社会との交渉は、ジルベールさんが一番上手です」

「光栄です」

 ジルベールさんが深く頭を下げた。

 彼の存在は、俺にとって大きな力になる。

 貴族と料理人の橋渡し役。

 ジルベールさんは、ぴったりだった。

 ベラさんが興奮した声で言った。

「あの、田中さん、私たちも何か手伝えますか?」

「もちろんです」

「魔界からのお客様、ベラ亭でもてなしましょうか」

「いいですね」

「私、頑張って勉強しますっ!」

 ベラさんが力強く頷いた。

 すでに号泣モードから、行動モードに切り替わっていた。

 ベラさんのメンタル、本当に強い。

 リエラさんも隣で頷いていた。

「私も、母を支えます」

「ありがとうございます」

 仲間たちが揃って頷いた。

 ベラ亭が、世界料理大会の人間界側の拠点になる。

 ……すごい展開になってきた。

 でも俺は、不安じゃなかった。

 仲間たちがいる。

 みんなで力を合わせれば、絶対できる。

 料理を通じて、世界を温める。

 その夢に向かって、進んでいく。


 翌日から、本格的な準備が始まった。

 まず、人間界の招待状の作成。

 俺はジルベールさんに相談しながら、招待リストを作った。

 王宮、各国の王族、有力貴族、商人、料理ギルド。

 ジルベールさんの貴族ネットワークを使って、効率的にリストを作成できた。

 ……ありがたい。

 ジルベールさん、本当に頼りになる。

 彼が来てくれて、本当によかった。

 招待状の文面も、ジルベールさんと一緒に練った。

 魔王の構想、料理大会の意義、参加の呼びかけ。

 簡潔で、心に響く文章を目指した。

 完成した招待状を、俺は王宮に送った。

 アルフォンス王子から、即日返信が来た。


田中殿


素晴らしい構想だ。


王国は、全面的に協力する。

王族として、私自身が参加する。


半年後、虹色の平原でお会いしよう。


アルフォンス


 ……王子、即決。

 しかも、自分で参加してくれる。

 俺の心が温かくなった。

 王子の信頼が、俺の背中を押してくれた。


 シャルロッテ王女からも、別の手紙が来た。


師匠


私、絶対に料理大会に出ますわ。


お母様の玉ねぎスープを、世界に披露します。


楽しみにしていてくださいね。


シャルロッテ


 俺は思わず微笑んだ。

 王女、本気だ。

 彼女の母への想い。

 それを世界中に届けたい、という想い。

 料理人として、最大限に応援したい。

 俺はすぐに返事を書いた。

 大会への参加を、心から歓迎する、と。


 一週間後。

 準備が軌道に乗り始めた。

 招待状は、各国に発送済み。

 ベラ亭の改装計画も始まった。

 魔族のお客様をもてなすための特別室を、設けることになった。

 ガリオさんが設計を担当した。

 Aランク冒険者として、各種族の文化に詳しかった。

 彼の知識が、ここでも活きた。

 俺は改めて、仲間たちの強さに感謝した。

 みんな、俺の料理人としての夢を支えてくれている。

 料理だけできればいい。あとは仲間に任せる。

 それが俺の生き方だった。


 その夜。

 俺はレイナと、田中食堂の屋根の上にいた。

 いつもの二人の時間。

 星々が夜空に輝いていた。

「一郎」

「はい」

「半年後、忙しくなるね」

「はい」

「結婚式と、料理大会と、両方」

「はい」

「でも楽しみ」

「俺もです」

 レイナが優しく微笑んだ。

「料理大会、どんなものにしたい?」

「全種族が笑顔になる大会」

「素敵」

「料理は、人を繋ぐ橋」

「はい」

「だから種族も繋ぎたい」

 俺はまっすぐ、夜空を見上げた。

「人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも」

「うん」

「全部繋ぐ」

「壮大な夢ね」

「はい」

「でもできると思う」

「俺もです」

 二人でしばらく、夜空を見ていた。

 月が優しく輝いていた。

 ベラ亭の屋根の上から、温かい香りが漂ってきた。

 誰かが夜食を作っているらしい。

 たぶん、ベラさんだ。

 ベラ亭の温かさは変わらない。

 俺の人生も変わらず、料理人であり続ける。

 世界がどれだけ広がっても——俺の本質は料理人。

 それだけが揺るぎなかった。


 その時、レイナがぽつりと呟いた。

「一郎」

「はい」

「半年後、結婚式の後」

「はい」

「私、ベラ亭に本格的に引っ越しするわ」

「正式に、ですか」

「ええ」

「毒師ギルドは?」

「カインに完全に引き継ぐ」

「……」

「私、料理人として生きていく」

 彼女の声には、確かな決意が宿っていた。

「レイナさん」

「はい」

「ありがとうございます」

「うん」

「俺、レイナさんを必ず幸せにします」

「もう幸せよ」

「……」

「あなたの隣にいるだけで」

 彼女が俺の手を握った。

 暖かい手。

 俺は強く握り返した。

 二人の未来が見えた気がした。

 ベラ亭で料理を作り続ける未来。

 子供ができるかもしれない。

 その子に料理を教える未来。

 ……そんな未来が待っている。

 俺は深く頷いた。

「レイナさん」

「うん」

「半年後、絶対最高の大会にします」

「うん」

「結婚式も最高にします」

「うん」

「楽しみです」

 彼女がにっこり微笑んだ。

 その笑顔は月明かりに照らされて——本当に綺麗だった。

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