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廃業料理人、異世界の『毒』を喰らう ~『鑑定』スキルで気付いたら、この世界の食材ぜんぶ俺のご馳走でした~  作者: 生クリーム王子


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第28話 ベラ亭、王家公認の店となる

 ベラ亭に戻った日。

 ベラさんとリエラさんが、店の前で俺たちを待っていた。

 馬車から降りた瞬間、ベラさんが走り寄ってきた。

「田中さーんっ! ご無事でぇぇぇ!」

「ベラさん、ただいま戻りました」

「お帰りなさいませぇぇぇ!」

 ベラさんがいきなり、俺に抱きついてきた。

 ……うわぁ。

 ベラさん、母性の塊だ。

 でも俺、悪い気はしなかった。むしろ温かかった。

 リエラさんも隣で優しく微笑んでいた。

「お母さん、抱きついてばかりだと、田中殿が困りますわ」

「だってぇぇぇ、嬉しいんですものぉぉ!」

「気持ちは分かりますが」

 リエラさんが苦笑いしながら、俺たちに深く頭を下げた。

「皆様、ご無事のお戻り、本当にありがとうございました」

「リエラさん、お留守、ありがとうございました」

「いえ、当然のことですから」

 彼女は深く頷いた。

 ガリオさんがレイナとカインさんと共に、馬車から降りてきた。

 ガリオさんがベラさんに声をかけた。

「ベラさん、田中の話を聞いてくれ」

「はい?」

「実は——」

 俺が王宮で、王家公認の店として認められたこと。

 今後ベラ亭が、王国でも有数の店になること。

 それをベラさんに、丁寧に説明した。

 ベラさんが最初は、ぽかんと口を開けていた。

 話が進むにつれて、目が潤んでいった。

 最後には——

「うわぁぁぁぁんっ!」

 またも号泣した。

 俺は苦笑いした。

 ベラさん、本当に号泣しかしないな、最近。

「ベラさん、嬉しいですよね?」

「うっ、嬉しいですっ……!」

「でしたら、よかったです」

「私の店が、王家公認なんてぇぇぇ……!」

「ベラさんの長年の努力が、認められたんです」

 俺は優しく言った。

「夫が生きていたら、絶対絶対、喜んだはずですぅぅぅ……!」

 ベラさんが号泣しながら、エプロンで顔を覆った。

 リエラさんが母を優しく抱きしめた。

「お母さん、お父さんも空から見てるよ」

「うんっ、うんっ……!」

「これは、お母さんの勝利だね」

「……うん、ありがとう、リエラ……!」

 母娘の温かい抱擁。

 俺たちはしばらく、それを静かに見守っていた。


 その後、ガリオさんが増築の話を、ベラさんに伝えた。

 ベラさんは最初は「そんな大それたこと、ダメですよぉ」と遠慮した。

 でもガリオさんが「俺、用心棒としてベラ亭を、王国一の店にしたい」と説得した。

 最終的に、ベラさんも納得した。

「ガリオさん、ありがとうございます」

「いえ、田中の店ですから」

「ふふ、田中さんとガリオさん、本当にいい仲間ですね」

 ベラさんが優しく微笑んだ。

 その笑顔は、いつもよりずっと晴れやかだった。

 ベラ亭は、これから新しい章に入る。

 建物が大きくなる。お客さんが増える。

 料理がもっと広く届く。

 でも変わらないのは——ベラさんの優しい接客と、俺たち料理人の想い。

 それは絶対に、変わらない。

 俺たちのベラ亭らしさ、だ。


 二週間後。

 ベラ亭の増築工事が始まった。

 大工さんたちがベラ亭の隣の土地を、整備した。

 元々、ベラさんが所有していた空き地だった。

 夫が生前「いつか店を大きくしたい」と買っていた土地らしい。

 夫の夢を引き継ぐ形で、増築が進んだ。

 ベラさんは毎日、嬉しそうに工事を見守っていた。

 その間、俺たちはベラ亭の本店で営業を続けた。

 王家公認の店として、看板が新しくなった。

 『ベラ亭 王家公認 〜田中一郎の厨房〜』

 看板を見上げるベラさんの目には、いつも涙がにじんでいた。

「夫が見たら、絶対号泣するですねぇぇ……」

「ベラさんが十分、号泣してますよ」

「あら、私、そんなに泣いてました?」

「毎日、泣いてます」

「うふふ、嬉しい号泣ですから、許してくださいねぇ」

 ベラさんが明るく笑った。

 俺も笑った。

 幸せな日常だった。


 ある日の昼下がり。

 ベラ亭の店内で、俺はふとある人物の来訪を感じた。

 【鑑定】が勝手に走った。


【ジルベール・ヴィッセル(28歳)】

 職業:ヴィッセル家・当主

 状態:来訪/晴れやかな表情

 備考:田中一郎への、感謝を持参している。


 ジルベールさんだ。

 俺はホールに出た。

 ジルベールさんがにっこり微笑んで、立っていた。

「田中殿、お久しぶりです」

「ジルベールさん」

「『黒の使徒』の件、聞きました」

「はい」

「貴殿の英断に、心より感謝します」

「いえ、俺は、ただ——」

「料理人として、できることをしただけ、ですよね」

 ジルベールさんがにっこり笑った。

「もう、その答えは知っています」

「……」

「貴殿の口癖ですから」

「あ、はい」

「私、貴殿に報告に来ました」

「報告?」

「ヴィッセル家、これから変わります」

「と、言いますと?」

「貴族としての政治力を、人々を温める方向に使う」

「……」

「父の代のヴィッセル家とは、別の家にします」

 彼の声には、強い決意が宿っていた。

「具体的には、ヴィッセル家の領地で慈善活動を始めます」

「すごいですね」

「貴殿の教えのおかげです」

「俺、何も教えてません」

「料理を、教えてくださいました」

 ジルベールさんが深く頭を下げた。

「料理を知ることで、人を想う心を思い出した」

「……」

「貴族として、もう一度歩み始めます」

「ジルベールさん」

「はい」

「素晴らしい決意です」

「ありがとうございます」

「ヴィッセル家の新しい姿、応援します」

 俺は深く頷いた。

 ジルベールさんが清々しい表情で、頷き返した。

「あと、田中殿」

「はい?」

「私、これからも定期的に、料理を習いに参ります」

「もちろんです」

「次は、ヴィッセル領の特産品を使った料理を教えてほしい」

「ええ、楽しみにしてます」

 ジルベールさんがにっこり微笑んだ。

 彼は、料理人としての仕事を超えた絆を、俺と結んでいた。

 ……これが料理の力、なのかもしれない。

 料理は、ただの食べ物じゃない。

 人と人を繋ぐ橋渡しだ。

 親父もよく、そう言っていた。

 今、その言葉の本当の意味が分かった気がした。


 その夜。

 俺はレイナと、ベラ亭の屋根の上で星を見ていた。

 いつもの二人の時間。

「一郎」

「はい」

「ベラ亭、本当に変わったわね」

「はい」

「最初、私が来た時のベラ亭と、今のベラ亭、全然違う」

「そうですね」

「でも、変わってないこともある」

「何ですか?」

「あなたよ」

 レイナが優しく微笑んだ。

「あなたは最初からずっと、料理人」

「はい」

「変わらない芯を持っている」

「……」

「だから、私はあなたに惹かれた」

 俺は彼女の横顔を見た。

 月明かりが、彼女の銀髪を淡く照らしていた。

「レイナさん」

「はい」

「あの夜のことを、覚えていますか」

「あの夜?」

「王宮で、俺、レイナさんに『綺麗です』って言いました」

「……ええ、覚えてる」

「あの時の答え、まだ出していません」

「うん」

「でも、もう答えは出ています」

 俺はレイナの目をまっすぐ見た。

「俺、レイナさんが好きです」

 レイナの目が見開かれた。

 彼女の頬が、赤く染まった。

「……一郎」

「料理人として、まだ自分の店を構えるまで、待ってもらう約束でした」

「はい」

「でも、ベラ亭が王家公認になって、増築も決まりました」

「……」

「俺、もう待ってもらう理由がなくなりました」

「……」

「だから、ちゃんと答えます」

 俺は深く息を吸った。

 心臓が激しく鼓動していた。

 でも、迷いはなかった。

「レイナさん、好きです」

「……」

「ずっと、隣にいてください」

 レイナの目から涙がこぼれた。

 彼女は両手で口を覆った。

「……うん」

「……」

「うん、うん、うん」

 彼女は何度も頷いた。涙が止まらなかった。

「私も、あなたが好きよ、一郎」

「はい」

「ずっと、隣にいるわ」

「はい」

「絶対、離れない」

「はい」

 俺は彼女をそっと抱きしめた。

 レイナの銀髪が、月明かりに輝いていた。

 二人の影が、屋根の上で重なっていた。

 ……ありがとう、月。

 俺たちの瞬間を、見守ってくれて。

 俺の心の中で、感謝の声が響いた。


 階下で。

 ガリオさんとカインさんが、ワインを飲みながら屋根を見上げていた。

「やっと決まったか」

「ええ」

「長かったな」

「田中殿、無自覚過ぎました」

「料理人だから、仕方ないさ」

「ですが、最終的にはちゃんと答えを出した」

「うん、立派だ」

 二人がワインを乾杯した。

 ベラ亭の屋根の上では、新しい二人の関係が始まろうとしていた。

 第三章はこうして、温かい結末を迎えた。

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