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廃業料理人、異世界の『毒』を喰らう ~『鑑定』スキルで気付いたら、この世界の食材ぜんぶ俺のご馳走でした~  作者: 生クリーム王子


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第27話 戦いの後、温かい食卓

 旧クレマン邸の戦いから、三日が過ぎた。

 俺たちは王宮の客室に滞在していた。

 近衛騎士団の事後処理が、まだ続いていたからだ。

 『黒の使徒』のメンバーは、ほぼ全員が捕縛された。

 ベルザスも含めて、王国の地下牢に送られた。

 大陸全土の犯罪結社が、王国でひとつ、解体された。

 それは王国にとって、歴史的な勝利だった。

 ……でも俺は、ただの料理人だ。

 歴史的な勝利を自慢する気はなかった。

 ただ、ベラさんとリエラさんを、ベラ亭を守れたこと。

 それだけが、嬉しかった。


 四日目の朝。

 王子から改めて、謁見の招待状が届いた。

 俺、ガリオさん、レイナ、カインさんの四人で、謁見の間に向かった。

 王子がいつもより、華やかな衣装で待っていた。

 隣にはシャルロッテ王女。

 二人とも満面の笑顔だった。

「田中殿、よくぞ戻ってきてくれた」

「殿下」

「貴殿の働きに、王国は深く感謝している」

 王子がゆっくり立ち上がった。

「正式に、王国の名で礼を述べたい」

「殿下、礼など——」

「いや、聞いてくれ」

 王子の声は真摯だった。

「貴殿は、王族の暗殺を防ぎ、大陸の犯罪結社を解体した」

「俺は料理人として、できることをしただけです」

「それが、最も尊い」

 王子の青い瞳が、優しく光った。

「王国の英雄として、何か望むものがあれば与えよう」

「英雄、ですか」

「ああ」

「……」

「金、領地、爵位、何でもいい」

「えっと」

 俺は頭を掻いた。

 料理人に領地や爵位は必要ない。

 金もベラ亭が繁盛していて、十分だった。

 でも一つだけ、欲しいものがあった。

「殿下、一つだけお願いがあります」

「何だ」

「ベラ亭を、王家公認の店にしていただけませんか」

「ふむ?」

「『王家公認』の看板があれば、ベラ亭はもっと栄えます」

「……」

「ベラさんの夢を叶えたい」

 俺は深く頭を下げた。

「俺自身の名誉は要りません」

「……」

「でも、ベラさんが長年守ってきた店。それを王国が認めてくれる」

「……」

「それが、ベラさんへの最高の贈り物です」

 王子がしばらく、じっと俺を見つめた。

 それからふっと笑った。

「……貴殿は本当に、料理人だな」

「はい」

「自分の名誉を求めず、人の名誉を求める」

「……」

「分かった。ベラ亭を王家公認の店として、認める」

「ありがとうございます!」

 俺は深く深く頭を下げた。

 ベラさんがこれを聞いたら、どんな顔をするだろう。

 たぶん、また号泣するだろう。

 でも嬉しい号泣だ。

 それで十分だった。


 王子が続けて言った。

「もう一つ、提案がある」

「はい」

「貴殿の新メニュー『黄金のキノコのコンソメ』」

「はい」

「あれを王宮でも、定期的に作ってもらえないか」

「定期的に、ですか」

「年に四度、季節の変わり目に」

「……」

「王宮の行事の度に、貴殿をお招きしたい」

「殿下」

「もちろん、無理強いはしない」

「……」

「貴殿のベラ亭の運営に、影響しない範囲で」

「分かりました。喜んでお受けします」

「ありがとう」

 王子が優しく微笑んだ。

「年に四度、王宮で貴殿の料理を味わえる」

「はい」

「楽しみだ」

 シャルロッテ王女も隣で、目を輝かせていた。

「私も楽しみですわ!」

「殿下もいらっしゃるんですか」

「もちろんですわよ」

「……」

「私、師匠の料理が世界で一番好きですもの」

 彼女がにっこり微笑んだ。

 その笑顔は、まるで咲き誇る花のような美しさだった。

 ……あ、またレイナの視線が刺さってる。

 俺は慌てて視線を逸らした。

 ヒロイン同士の火花は、相変わらず健在だ。


 その夜。

 俺たちは王宮の客室で、最後の晩餐をしていた。

 明日、ベラ亭に戻る予定だった。

 俺、ガリオさん、レイナ、カインさん。

 仲間との温かい食卓。

 料理は王宮の料理人が作ってくれた。

 でもグスタフさんが特別に、ベラ亭風の玉ねぎスープを作ってくれた。

 ベラ亭の味を王宮で再現してくれた、グスタフさんの心遣い。

 俺は感動した。

「グスタフさん、これ、ベラ亭の味そのものですよ」

「田中殿に教わった通りに作りましたから」

「すごい上達ですね」

「いえ、田中殿の教えが良かったのです」

「謙遜ですよ」

 グスタフさんが深く頭を下げた。

「いつでも王宮に戻ってきてください」

「はい、必ず」

「貴殿の料理を待っています」

「ありがとうございます」

 俺はグスタフさんと握手を交わした。

 四十年のベテラン料理人。

 でも彼はまだ、進化している。

 料理人としてこんなに嬉しいことはない。


 夜が更けて、皆が片付け始めた頃。

 ガリオさんが俺の横に座った。

「田中」

「はい」

「明日、ベラ亭に戻る前に、一つ提案がある」

「なんですか?」

「ベラ亭をもっと、大きくしないか」

「え?」

「『黒の使徒』の件で、王国中でお前の名前が広まってる」

「……」

「ベラ亭への客は、これからもっと増える」

「はい」

「今の店舗じゃ、対応しきれない」

「……」

「だから、増築する」

 ガリオさんは図面を机の上に広げた。

 ベラ亭の現在の平面図と、増築案が描かれていた。

「俺、Aランク冒険者として貯めてた金がある」

「ガリオさん」

「お前のために使わせてくれ」

「いや、それはいただけません」

「俺、用心棒なんだ」

「はい」

「お前の店を守るために、最高の店にしてやりたい」

「……」

 俺は何も言えなかった。

 ガリオさんの想いが、重かった。

 でもそれは、嬉しい重さだった。

「ありがとうございます、ガリオさん」

「おう」

「お言葉に甘えさせてください」

「もちろんだ」

 ガリオさんがニカッと笑った。

「ベラ亭、王国一の宿屋にしよう」

「はい」

「お前の料理が、王国中の人々に届く店に」

「……」

 俺は深く頭を下げた。

 仲間がいる。

 料理人としてここまで信頼してもらえる仲間が。

 それが俺の、最大の財産だった。


 翌朝。

 俺たちは王都を出発した。

 王子とシャルロッテ王女、グスタフさんが、見送りに来てくれた。

「田中殿、また必ず戻ってきてくれ」

「はい、必ず」

「楽しみにしている」

「私もです、殿下」

 握手を交わした。

 シャルロッテ王女が目を潤ませていた。

「師匠、お元気で」

「殿下もお元気で」

「私、毎日玉ねぎスープを作って待っていますから」

「……はい」

「次にお会いした時、味を見てくださいね」

「もちろんです」

 彼女がにっこり微笑んだ。

 その笑顔は本当に無邪気で、可愛らしかった。

 馬車が動き出した。

 窓から王宮を振り返った。

 巨大な白亜の建物が、青空に映えていた。

 ……また、ここに戻ってくるんだ。

 俺は心の中で呟いた。

 料理人として。

 ベラさんとリエラさんとレイナとガリオさんとカインさんと、共に。

 俺の料理人としての人生は——まだまだ続くのだ。


 馬車の中で。

 レイナが俺の隣に座っていた。

 彼女がそっと、俺の肩に頭を預けた。

「一郎」

「はい」

「ベラ亭、戻ったらゆっくり休みたいわね」

「そうですね」

「あなたと一緒に」

「……」

「料理を作りながら」

「はい」

「ずっと」

 彼女の声は優しかった。

 俺は彼女の銀髪を、そっと撫でた。

「ずっと一緒ですよ」

「うん」

「俺の料理を、隣で見ていてください」

「うん」

 レイナがそっと目を閉じた。

 穏やかな表情だった。

 馬車の車輪の音が、規則正しく響いていた。

 窓の外、青い空。白い雲。

 遠くにベラ亭が待っている。

 俺たちの家が。

 ……帰ろう。

 ベラさんとリエラさんが待っている家に。

 俺は深く息を吸った。

 空気が温かかった。

 春が近いのかもしれない。

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