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廃業料理人、異世界の『毒』を喰らう ~『鑑定』スキルで気付いたら、この世界の食材ぜんぶ俺のご馳走でした~  作者: 生クリーム王子


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第25話 王都、再来。アルフォンス王子との策謀

 王都に到着したのは、出発から三日後の昼だった。

 俺たちはまっすぐ王宮へ向かった。

 ダミアンが事前に伝令を送っていたので、王宮では既にアルフォンス王子が俺たちを待っていた。

 謁見の間に通された。

 王子はいつもより厳しい表情をしていた。

「田中殿、よく来てくれた」

「殿下、お忙しいところを」

「『黒の使徒』の件、すぐに動こう」

 王子はすでに事情を把握していた。

 ダミアンの伝令で、脅迫状の内容まで知っているらしい。

「殿下、私から一つ提案が」

「言ってくれ」

「『黒の使徒』を、罠にかけたい」

「ほう」

 王子の青い瞳が光った。

「具体的には?」

「奴らの要求通り、貴族街に『料理を作りに行く』と返事をします」

「ふむ」

「しかし、その場で奴らを一網打尽にする」

「……」

「捕縛するのは、王宮の近衛騎士団」

「私の部隊だな」

「はい」

 王子が頷いた。

「ダミアン、聞いていたな」

「はっ、近衛騎士団第三席として、最高の編成で対応します」

「頼んだ」

 ダミアンが深く頭を下げた。

 俺はガリオさんの方を見た。

 ガリオさんがにやりと笑った。

「悪くない作戦だ、田中」

「ガリオさん」

「お前が囮、騎士団が網、俺たちが補助」

「はい」

「だが、田中、お前自身にどれだけ危険が及ぶか、覚悟はあるか」

「覚悟、あります」

 俺は即答した。

「ベラさんたちを守るためなら、何でもします」

 ガリオさんが深く頷いた。

 レイナも隣で頷いていた。

 カインさんも無表情で頷いた。

 全員、覚悟が決まっていた。


 王子がテーブルに身を乗り出した。

「では、具体的な作戦を詰めよう」

「はい」

「指定された場所は、貴族街の旧クレマン邸」

「クレマン邸、ですか」

「先代当主が亡くなって、放置されていた屋敷だ」

「はい」

「『黒の使徒』が一時的に占拠している、と情報が入っている」

「……」

「奴らはお前を呼び出して、料理を作らせる」

「はい」

「貴族たちにそのスープを売りつけて、莫大な金を巻き上げる計画らしい」

 俺は深く頷いた。

「殿下、奴らの本当の狙いは、お金だけですか」

「いや」

 王子が首を振った。

「奴らは、貴殿の【絶対鑑定】も欲している」

「……」

「【絶対鑑定】の使い手として、貴殿を奴隷として使い続けるつもりだ」

 俺は息を呑んだ。

 奴隷。

 その言葉の重さが、全身にのしかかった。

「殿下、絶対にそれは、許せません」

「私もだ」

「だから奴らをこの機会に、根絶やしにする必要がある」

「はい」

 王子の声には、王族としての強い決意が宿っていた。

「田中殿、力を貸してくれ」

「もちろんです」

「貴殿一人だけの戦いではない」

「……」

「王国全体の問題だ」

 俺は深く頭を下げた。

 料理人として、ここまで王国の問題に関わるとは思わなかった。

 でもこれが、俺の生きる道なのかもしれない。

 料理を、悪用させない。

 それが料理人としての、最大の義務だ。


 会議の後。

 俺はシャルロッテ王女に挨拶をしに行った。

 彼女は王宮の中庭で、料理の練習をしていた。

 俺の姿を見ると、駆け寄ってきた。

「師匠!」

「殿下、お久しぶりです」

「お話、聞きました」

「はい」

「『黒の使徒』、危険な組織です」

「分かっています」

「私も、何かお手伝いできることがあれば」

「殿下」

 俺は頭を下げた。

「お気持ち、ありがとうございます」

「……」

「ですが、殿下は王女としてここにいてください」

「私、戦えますわ」

「分かっています」

「でも、足手まといになるのは嫌ですわ」

「殿下、足手まといじゃありません」

 俺は彼女の目をまっすぐ見た。

「殿下が王宮で無事でいてくださることが、俺にとって一番の安心です」

「……」

「殿下を守りたい人が、たくさんいます」

「……」

「殿下が無事なら、皆が安心して戦える」

 彼女が静かに頷いた。

「分かりました」

「ありがとうございます」

「無事に戻ってきてくださいね」

「もちろんです」

「私、お母様の玉ねぎスープ、また作って待っていますから」

「……ぜひ食べさせてください」

 俺は笑顔で頷いた。

 彼女が顔を赤らめた。

 ……あ、また距離感が近づいた気がする。

 でも今は、それどころじゃない。

 俺は彼女に深く頭を下げて、その場を後にした。


 その夜。

 俺たちは王宮の客室で、最後の作戦会議を開いていた。

 俺、ガリオさん、レイナ、カインさん、ダミアン。

 決行は明日の夜。

 奴らの指定通り、俺は一人で旧クレマン邸に向かう。

 でも屋敷の周りには、近衛騎士団が配置される。

 ガリオさんとカインさんは、屋敷の周辺で待機。

 レイナは屋敷の中に変装して潜入する。

 毒師ギルド総帥として、彼女には特殊な潜入手段があるらしい。

「レイナさん、本当に大丈夫ですか」

「大丈夫」

「危険ですよ」

「あなたの隣にいられないなら、その方が危険」

「……」

「私、十年、毒師として生きてきた」

「はい」

「自分の身は自分で守れる」

 彼女はにっこり笑った。

 その笑顔は強かった。

 俺は深く頷いた。

「分かりました。お願いします」

「うん」

「皆さん、よろしくお願いします」

 全員が頷いた。

 明日の夜、運命が決まる。

 料理人としての戦い。

 料理を守るための戦い。

 俺は深く息を吸った。


 夜が更けて、皆が寝静まった頃。

 俺は一人、王宮のベランダで月を見上げていた。

 また月が綺麗だった。

 いつも、大きな決断の前に月が綺麗に見える。

 なんでだろう。

 たぶん、月が変わらずそこにあるから。

 動揺している俺の心を、落ち着かせてくれるから。

「……一郎」

 後ろから声がした。

 振り向くと、レイナが立っていた。

 寝間着に薄いガウン。

 月明かりが、彼女の銀髪を輝かせていた。

 いつ見ても、綺麗だ。

「レイナさん」

「眠れないの?」

「……はい」

「私も」

 彼女は俺の隣に立った。月を見上げた。

「明日、緊張する?」

「はい」

「料理人として、初めての戦いだから」

「いいえ」

 レイナが首を振った。

「あなたの戦いは、もう始まっている」

「え?」

「ベラ亭を開いた時から」

「……」

「料理人として、誰かを守るために料理を作っている」

「はい」

「その戦いの延長線上に、明日の戦いがある」

「……」

「だから、特別じゃない」

 彼女の声は優しかった。

「いつものように、料理を作ればいい」

「……はい」

「あなたの料理が、敵を倒す」

「……」

「私が保証する」

 俺は彼女の横顔を見た。

 月明かりに照らされた横顔。

 藍色の瞳が、月を映して輝いていた。

 ……綺麗だ。

 また、心の中で呟いてしまった。

 でも今度は、口に出した。

「レイナさん」

「はい」

「綺麗、です」

「……え?」

 彼女が固まった。

 俺自身も、自分の言葉に驚いた。

 でも、撤回はしなかった。

「レイナさんは、本当に綺麗です」

「……」

「いつもそう思ってます」

「……」

「料理人としても、人としても、レイナさんは俺の宝物です」

 彼女の目が潤んだ。

 手で口元を覆った。

「……一郎」

「はい」

「私、明日、絶対生きて戻るわ」

「……」

「あなたの隣にいるために」

「……俺も、生きて戻ります」

「うん」

「レイナさんとまた、料理を作りたいから」

「うん」

 彼女が目を閉じた。頬が赤かった。

 月明かりの中で、彼女は本当に美しかった。

 俺はそっと、彼女の手を握った。

 彼女の手は冷たかった。

 でもしっかりと、俺の手を握り返した。

「レイナさん」

「はい」

「ありがとうございます」

「……何が?」

「俺の隣にいてくれて」

「……」

「俺の料理を信じてくれて」

「……」

「俺の世界を明るくしてくれて」

「……」

「ありがとうございます」

 彼女は何も言わなかった。

 ただ静かに、涙をこぼしていた。

 俺はその涙を指で、そっと拭った。

 二人でしばらく、月を見ていた。

 明日の戦いの前に。

 二人だけの静かな時間だった。

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