表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃業料理人、異世界の『毒』を喰らう ~『鑑定』スキルで気付いたら、この世界の食材ぜんぶ俺のご馳走でした~  作者: 生クリーム王子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/64

第17話 王宮の食卓に、ベラの娘が来る

 俺たちの王宮滞在は、予定の一週間を大幅に超えていた。

 もう十日が過ぎていた。

 毎日、王女の指導と、王宮の貴族たち向けの食事会、それに加えて王子直々の依頼で、新しい料理の研究まで頼まれていた。

 ……忙しい。

 異世界に来てから、こんなに忙しい日々は初めてだった。

 でも、不思議と楽しかった。

 料理人として、新しい素材に毎日出会える。

 新しい味を、毎日発見できる。

 前世で田中食堂を経営していた頃の、慢性的な疲労感とは違う。

 心地いい忙しさ、だった。

 そんなある日の朝。

 王宮の厨房に、ダミアンが慌てて駆け込んできた。

「田中殿!」

「ダミアンさん、どうしたんですか」

「お、お客様がお越しです」

「お客様?」

「下の玄関で」

 ダミアンは息を切らしていた。

 近衛騎士第三席がこれだけ慌てるのは、よほどのことだ。

 俺はエプロンを外して、玄関に向かった。

 ガリオさんもレイナも、後を追った。

 玄関ホールに立っていたのは——見覚えのない若い女性だった。

 歳は二十代前半。

 茶色の髪を後ろで一つにまとめている。

 質素な旅装。背中に大きな布袋。

 明らかに王宮の来賓ではない雰囲気。

 彼女は俺の姿を見ると、深く頭を下げた。

「は、はじめまして」

「あ、はい、はじめまして」

「私、リエラ、と申します」

「リエラ、さん」

「ベラ・ファルダンの娘です」

「……え?」

 ベラさんの、娘?

 俺は目を丸くした。

 ベラさんから、家族の話を聞いたことがなかった。

 ご主人を亡くしている、ということは知っていた。

 でも、子どもがいる、とは聞いていない。

「あの、ベラさんにお子さんがいらっしゃるんですか」

「はい」

 リエラさんは、少し恥ずかしそうに頷いた。

「ですが、十年前に母とちょっとした行き違いがあって——」

「行き違い、ですか」

「私、王都で料理人を目指したくて」

「ああ」

「母は、ベラ亭を継いでほしい、と」

「なるほど」

「でも、私はもっと広い世界で修行したくて、家を出てしまったのです」

「……そうだったんですか」

 俺は深く頷いた。

 ベラさんが俺を息子のように見てくれていた理由。

 もしかしたら、それが関係しているのかもしれない。

「リエラさん、なぜここに?」

「実は——」

 彼女は深く息を吐いた。

「最近、田舎から行商人を通じて噂を聞きまして」

「噂」

「ベラ亭で、すごい料理人が働き始めた、と」

「……」

「玉ねぎスープが絶品だ、と」

「ああ、はい」

「それが田中一郎殿、と知って——」

 リエラさんが俺をまっすぐ見た。

「ぜひお会いしたい、と思いまして」

「そうですか」

「不躾なお願いですが」

 リエラさんが深く頭を下げた。

「私を田中殿の弟子にしていただけませんでしょうか」

 ……。

 俺はガリオさんと目を合わせた。

 ガリオさんが肩をすくめた。

 まあ、予想はできる展開だ。

「リエラさん、本気ですか」

「はい、本気です」

「弟子、ですか」

「はい」

「俺、まだ王都に長くは滞在しません」

「存じております」

「いずれベラ亭に戻ります」

「であれば、なお好都合です」

「……え?」

「私、母と和解したいのです」

「……」

「家を出てから十年。母にはずっと、心配をかけ続けて来ました」

「リエラさん」

「田中殿の下で修行させていただいて——」

 リエラさんの声が震えていた。

「いつか、母に私の作った料理を食べてほしい」

「……」

「そして、母に許してもらいたいのです」

 俺は何も言えなかった。

 その想いの重さが、俺にも伝わってきた。

 料理人を目指して家を出た娘。

 その娘が十年経って、母に認めてもらいたい、と戻ってきた。

 俺はレイナの方を見た。

 レイナが静かに頷いた。

「いいんじゃない?」

「レイナさん」

「あなたの判断よ、師匠」

「……」

 ガリオさんも頷いた。

 カインさんも無表情で頷いた。

 ……みんな結局、俺の判断に任せてくる。

 俺はふう、と息を吐いてリエラさんを見た。

「リエラさん」

「はい」

「料理人としての経験は、どのくらいですか」

「王都の複数の店で働いてきました。下働き、修行から始めて、最後の三年は副料理長を務めていました」

「副料理長」

「はい」

「立派じゃないですか」

「いえ、まだまだです」

「……」

 彼女は本気だ。

 言葉の端々から、それが伝わってくる。

 俺は頭を下げた。

「分かりました。一緒に修行しましょう」

「!」

「ただし、条件があります」

「なんなりと」

「俺は料理人として未熟です。あなたが副料理長なら、対等に教え合いましょう」

「対等、ですか」

「はい。俺、上下関係、嫌いなんで」

 俺の言葉に、リエラさんが目を見開いた。

 それから深く深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「いえ」

「精一杯、修行いたします」

「俺も勉強させてもらいます」

 俺たちは握手を交わした。

 リエラさんの手は料理人の手だった。

 硬くてたくましくて——でも優しい手。

 ああ、この人、本物の料理人だ。

 手を握っただけでわかった。


 その日の夕方。

 俺たちは王宮の専用の厨房で、リエラさんと一緒に夕食を作った。

 彼女の腕前は本物だった。

 包丁の動きに無駄がない。火加減の判断が正確。

 何より素材を見る目が鋭い。

 ベテラン料理人特有の落ち着きを持っていた。

 俺の教えることは、正直少なかった。

 でも彼女は何度も頭を下げて、「勉強になります」と言った。

 たぶん、俺の【鑑定】を使った素材の扱い方が、彼女には新鮮だったらしい。

 夕食の終わり頃。

 彼女がぽつりと呟いた。

「田中殿」

「はい」

「母はお元気ですか」

「元気ですよ」

「そうですか」

「ベラさん、毎日お客さんに料理を出して、たくさんお金を稼いでいますよ」

「……母らしい」

「リエラさんのこと、よくお話されてました」

「え?」

「あ、いえ、これは嘘です」

 俺は慌てて訂正した。

「ベラさんは、リエラさんのことを一度も話したことがありません」

「……」

「でも、だからこそ」

 俺はまっすぐリエラさんを見た。

「ベラさんはずっと、リエラさんのことを想っていたと思います」

「……」

「人は、本当に大切な人のことは簡単に口に出さないものですから」

 リエラさんが目を潤ませた。

「田中殿は母のことを、よくご存知ですね」

「料理人特有の勘です」

「料理人特有の勘」

「はい」

 彼女はふふ、と笑った。

「変わった勘ですね」

「俺のトレードマークです」

 俺は肩をすくめた。

 リエラさんがまた笑った。

 その笑顔は、ベラさんによく似ていた。


 その夜。

 俺はレイナと二人で、王宮の廊下を歩いていた。

「師匠」

「はい」

「リエラ、いい人ね」

「はい」

「弟子、増えたわね」

「……ですね」

「四人目」

 レイナがニコリと笑った。

「カイン、私、シャルロッテ、リエラ」

「並べるとすごいですね」

「あなた、罪作りな男ね」

「料理人です」

「……」

 レイナが立ち止まった。

 俺の袖をつまんだ。

「師匠」

「はい」

「ベラ亭に戻る時、私も行く」

「え」

「ずっとついてく」

「レイナさん、毒師ギルドのお仕事は——」

「カインに引き継がせる」

「カインさん、料理人目指してるじゃないですか」

「両方できる」

「……」

「あの子、優秀だから」

 レイナが悪戯っぽく笑った。

 俺は頭を抱えた。

「レイナさん、それは勝手すぎでは」

「あなたの隣にいたいの」

「……」

「だから私は、毒師ギルドを引退する」

「……え」

 俺は固まった。

 彼女は本気だった。迷いない目。

「レイナさん、それはあなたの人生に関わることです」

「分かってる」

「軽々しく決めないほうが」

「軽々しく、じゃない」

 レイナが俺をまっすぐ見つめた。

「十年、毒師として生きてきた私が、ようやく見つけた生きる意味なの」

「……」

「あなたの隣で料理を続けることが、私の新しい人生」

「……」

「迷惑、かしら?」

「迷惑じゃないです」

「なら、決定」

 彼女はふっと微笑んだ。

「ベラ亭に戻ったら、二号店出しましょう」

「二号店」

「『毒師の田中亭』」

「ネーミング、怖い」

「客、来ない?」

「絶対、来ないです」

「ふふ、冗談よ」

 彼女がまた笑った。

 その横顔が、夜のランタンの灯りに照らされて——不意に、息が止まった。

 ……綺麗だ。

 でも、それを口に出すのは、まだなんか違う気がした。

 俺はただ頷いた。

「分かりました。一緒にベラ亭に戻りましょう」

「うん」

「ベラさんが喜びます」

「私も楽しみ」

 二人でしばらく廊下を歩いた。

 月明かりが窓から優しく差し込んでいた。


 その頃。ベラ亭の店内。

 ベラさんは一人で、客の注文を捌いていた。

 毎日、忙しい日々。

 でもふと夜が更けると——

 彼女はいつも、店の奥の棚に目を向けていた。

 そこには古い写真が一枚飾られていた。

 亡き夫と、まだ幼いリエラと、若い自分。

 三人で笑っている写真。

「リエラ……」

 ベラさんが呟いた。

 その声には、長年の想いがこもっていた。

 彼女はまだ知らなかった。

 遠い王都で、自分の娘が田中一郎の弟子になったことを。

 そしていずれ——母娘が再会することを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ