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廃業料理人、異世界の『毒』を喰らう ~『鑑定』スキルで気付いたら、この世界の食材ぜんぶ俺のご馳走でした~  作者: 生クリーム王子


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第12話 王都、到着。そして第二の女、出現

 馬車の旅は三日間続いた。

 道中は思っていたよりも穏やかだった。

 一日目の夜は野営。ダミアンとガリオさんが夜番を交代で務めてくれた。

 レイナとカインさんは薪を集めて火を起こした。

 毒師ギルド総帥と元・暗殺者が仲良く焚き火をしている光景は、何度見てもシュールだった。

 二日目は小さな宿場町で一泊。

 ダミアンが王家の紋章を見せると、宿の主人が顔面蒼白になって最上等の部屋を用意してくれた。

 王家の権力、えぐい。

 そして三日目の昼過ぎ。

 馬車の窓からようやくその光景が見えた。

「——田中、着くぞ」

 ガリオさんに言われて、俺は身を乗り出した。

 遠くに白い石造りの巨大な壁。

 そしてその奥に、塔のような尖った屋根が何本も空を突いていた。

 王都、オーランド。

 ……でかい。

 前世で観光で行ったヨーロッパの城塞都市より、遥かに大きい。

 人口は数十万はあるだろうか。

 馬車が門に近づくにつれ、街道には人の数がどんどん増えていった。

 商人、旅人、冒険者、貴族の馬車。

 ダミアンが俺たちの馬車を優先レーンに案内した。

「王家の特別なお客様です」

 門番がうやうやしく道を開けた。

 俺たちは人混みを横目に、王都の中心部へと進んでいった。


 石畳の大通り。

 両脇には豪奢な店。高い商館。貴族の屋敷。

 明らかにオルバとは違う世界だった。

「……すごいですね」

 俺が呟くと、レイナが隣で笑った。

「王都、初めてなのね」

「はい」

「……そうね、あなたは田舎育ちだものね」

「この世界で田舎育ちどころじゃ、ないですけどね」

 俺がぼそっと呟くと、レイナがふふ、と肩を揺らした。

「まあ、それはそれとして」

 彼女は窓の外の景色を見ながら続けた。

「王都は綺麗だけれど、一番危険な街よ」

「え?」

「美しいものの裏に毒が潜んでいる街」

「……」

「気をつけて」

 レイナの声が低くなった。

 俺はごくり、と喉を鳴らした。

 ガリオさんも真剣な顔で頷いた。

「貴族社会は戦場より怖い」

「怖いんですね」

「Aランク冒険者でも貴族の陰謀には勝てん」

「……」

「だが、俺たちがついてる」

 ガリオさんがニヤリと笑った。

「お前は普段通りに料理してりゃいい」

「はい」

 俺はゆっくり頷いた。

 料理人としてできることは変わらない。

 美味いメシを作るだけだ。それだけが俺の仕事だ。


 王宮は王都の最奥にあった。

 巨大な白亜の建物。黄金の屋根。

 庭園には見たこともない美しい花々が咲き乱れていた。

 馬車が王宮の専用門を通過した。

 ダミアンが振り返って俺たちに言った。

「田中殿、まもなく謁見の間へご案内いたします」

「え、今からですか」

「ご心配なく。第一王子殿下は非公式の面会をご希望です」

「非公式」

「家族会程度の気軽なお食事会とお考えください」

 家族会。王族の。気軽な訳がないだろ。

 俺は胃がキュッと痛んだ。

 ガリオさんが、ぽん、と俺の肩を叩いた。

「大丈夫だ、田中」

「ガリオさん」

「そのために特訓したろ」

「そうでした」

 右足から、左膝、声は低く、ゆっくり。

 俺は心の中で復唱した。

 馬車が王宮の玄関前に止まった。

 俺は深く息を吸った。そして扉を開けて、右足から踏み出した。


 王宮の内部は想像を絶する豪華さだった。

 大理石の床。天井まで届くステンドグラス。金箔の装飾。壁には歴代の王の肖像画。

 ベラ亭のボロボロの石畳とは比較にならない。

 案内役の執事が俺たちを長い回廊へ導いた。

 回廊の両側にはメイドたちが頭を下げていた。

 全員、俺をちらちらと横目で見ている。

 噂になっていたんだろう。『田舎の料理人が王子に招かれた』と。

 見世物みたいな気分だった。居心地が悪い。

 だがレイナが俺の一歩後ろを歩きながら、小声で言った。

「胸、張って」

「え」

「あなた、背中、丸まってる」

「すいません」

「もう一度言うけど、あなた、保証するくらい格好いいから」

 ……。

 レイナさん、今、なんて言った?

 聞き返す勇気はなかった。

 俺は深呼吸して背筋を伸ばした。

 回廊の突き当たりに、大きな木製の扉。

 執事が厳かに扉を開けた。

「田中一郎殿、ご到着でございます」

 扉の先は——広い食堂だった。

 大きな楕円形のテーブル。豪華なシャンデリア。

 そしてそのテーブルの上座に。一人の男性と——一人の女性が座っていた。


 男性は二十代半ばくらい。

 美しい金髪を後ろで束ねた、涼やかな目元の青年。

 白いシャツに群青色の羽織。

 【鑑定】が走った。


【アルフォンス・ヴァン・オーランド(27歳)】

 職業:王国第一王子

 状態:興味深く観察中

 備考:善良・聡明・料理に強い好奇心あり。


 ……王子だ。本物だ。

 そしてその隣に。

 金の長い髪を緩く巻いて肩に流した、若い女性。

 白いドレス。紫の瞳。

 美しさで言えば、レイナとはまた違う、気品のある貴婦人。


【シャルロッテ・ヴァン・オーランド(19歳)】

 職業:王国第二王女

 状態:興味津々

 備考:兄と同じく聡明。食への執着は王室一。

    ※強い好奇心あり——要注意


 ……王女? しかも第二王女?

 話、聞いてませんが。

 俺が若干動揺していると、アルフォンス王子がすっ、と立ち上がった。

「よく来てくれた、田中一郎、殿」

 声は落ち着いていた。威厳があり、それでいて温かい。

 俺はガリオさんに叩き込まれた通り、左膝を軽く曲げて頭を下げた。

「お招きありがとうございます、殿下」

「そんなに硬くならなくていい。私は料理の話がしたいだけだ」

「は、はい」

「まず紹介させてくれ」

 王子が隣の王女を見た。

「妹のシャルロッテだ。食が好きすぎて、私の料理会に勝手についてきた」

「お兄さま、『勝手に』じゃないわよ」

 王女がにっこりと微笑んだ。

 まるで咲き誇る薔薇のような笑顔。

 だがその目が——俺をじっと観察していた。

 値踏みするような鋭い目。

「田中一郎、ね」

「あ、はい」

「噂の玉ねぎスープ」

「はい」

「楽しみにしてたの」

 シャルロッテが扇子を、ふわり、と開いた。

「ねえ、田中」

「はい」

「その『玉ねぎスープ』、私が気に入ったら——」

 王女の紫の瞳が妖しく光った。

「あなた、私の専属料理人になってちょうだい」

 ……え。

 俺の頭が一瞬、真っ白になった。

 ガリオさんが後ろでぼそっと呟いた。

「……だから、言ったろ」

 カインさんが深くため息をついた。

 レイナが——一歩、前に出た。

「殿下、僭越ながら」

「あら、あなたは——」

「毒師ギルド総帥、レイナ・ヴェル・モルガナートでございます」

「レイナ!?」

 シャルロッテの目が大きく見開かれた。

「どうしてあなたが、ここに?」

「田中一郎の師事の者として、同席させていただいております」

「し、師事……?」

「彼は私の料理の師匠ですの」

 王女の顔が固まった。

 それまでの優雅な笑顔が、一瞬にして険しいものに変わった。

 そしてゆっくりと扇子を閉じた。

 パチン、と小さな音が食堂中に響いた。

「へぇ——」

 王女が椅子に座り直した。

「それは、それは」

「殿下、彼はただ料理をするだけの男ですわ」

「でも、あなたが『師匠』と呼ぶほどの男」

「はい」

「——興味、増したわね」

 シャルロッテが俺を見た。

 笑顔はもう、なかった。

 代わりに静かで威圧的な瞳。

 俺はごくり、と唾を飲んだ。

 ガリオさんの特訓で習った宮廷マナー。

 そんなものがもう役に立たない空気。

 アルフォンス王子が妹の様子を見て苦笑した。

「シャルロッテ、落ち着きなさい」

「落ち着いてますわ、お兄さま」

「落ち着いた顔じゃないぞ、それ」

 王子がため息をついて俺に向き直った。

「田中殿」

「はい」

「すまないが、妹が少し本気だ」

「本気」

「料理を食べる前にこういう空気になるとは思わなかった」

「……」

「とりあえず席に着いてくれ」

 王子が空いている席を示した。

 俺はガリオさんたちに合図を送って席に着いた。

 テーブルの向かい側に、ちょうどシャルロッテと正対する位置に座らせられた。

 王女の紫の瞳がまっすぐ俺を見ている。

 視線が怖い。

 レイナが隣に座った。

 俺の太ももの上に、そっと自分の左手を置いた。

「……え」

 俺は動揺した。

「大丈夫、落ち着いて」

 レイナが小声で耳元に囁いた。

「彼女には慣れている」

「……慣れてる、って」

「王家の気まぐれ娘なのよ、シャルロッテは」

「……」

「でも、あなた、渡さないから」

 レイナの吐息が耳をかすめた。

 俺の心拍数が跳ね上がった。

 テーブルの向かいで、シャルロッテがこちらを睨んでいた。

 紫の瞳が静かに燃えていた。

 ……あ。

 これ、たぶん、この後、俺、大変なことになる。

 カインさんが真顔で、俺に小声で呟いた。

「田中殿」

「はい」

「ハーレム展開です、これは」

「カインさん、その言葉、他になかったんですか」

「俺の辞書ではこれが最も適切です」

「あなたの辞書、いつ更新したんですか」

 カインさんは真顔のまま答えなかった。

 食堂のシャンデリアがきらりと光った。

 王都編の第一幕が開幕していた。

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