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24.我が愛する作家の演説

 王妃殿下との謁見から、季節がひとつ進んだころ。

 いよいよ叙勲式が執り行われることとなった。


 世間にはなんとか、クラヴィスの正体を知られずにやり過ごすことができた。

 しかし、クラヴィスが叙勲されることは平民の間にも広まっており、「式でクラヴィスの姿が見られるのでは?」と、注目が集まっている。


(ついに、この日になってしまったわね……)


 私は式典会場の控室で、大きく深呼吸をしながら出番を待っている。

 控室の中には他にも数名、叙勲される者が待機しているが……先ほどからチラチラと、視線を向けられている。

 彼らは薄々、私がクラヴィスだと気づいているのだろう。

 あれこれ訊かれることがなくて幸いだが。


「お待たせいたしました。それでは皆様、会場の方へご案内いたします」


 案内係に先導され、式典会場の舞台袖まで移動する。

 会場からは、多くの貴族たちの気配を感じる。

 ……呼吸が、徐々に荒くなる。指の先が冷たい。

 順番に、受勲者たちが呼ばれ、会場に入っていく。


(大丈夫……オスカー様が、見ていてくれるもの……)


 会場にはオスカー様をはじめ、マグノリア家の家族や、ジェームズ様とミランダ様ご夫妻が来ている。

 ……彼らが、見守ってくれている。


「——文化勲章。作家、クラヴィス・クライン——」


 顔をあげる。

 クラヴィスとしてできることを、やりきってみせる——!




 一歩一歩踏みしめて、壇上に立つと——。

 轟くようなどよめきが、肌に伝わってきた。


「あれが、クラヴィス・クラインなのか……?」

「まさか貴族の女性だったとは……」

「よく出てこられたものだな……」


 最初に聞こえてきた言葉は、驚き、戸惑い、そして呆れ。

 決して好意的ではないその反応を浴びながら、壇上を進む。


「あの人、見覚えがあるぞ……!」

「オスカー殿の奥方ではなかったか……?」


 私のことに気付く人も出てきた。

 ……オスカー様に、好奇の目が向かないと良いけれど。


「皆さま、御静粛にお願いいたします。ただいまより、叙勲式を執り行います」


 場内は一旦落ち着きを取り戻し、叙勲式が始まった。


 式はつつがなく進み、いよいよ私が勲章を賜る番が巡ってくる。

 王妃殿下の前に立つと、殿下はそっと、私に目配せをした。


「作家、クラヴィス・クライン。貴公は我が国の文化に多大なる貢献をしたとして、ここに勲章を授与いたします——」


 こうべを垂れ、王妃殿下が私の首に勲章を掛ける。

 首元の勲章の重み。身が引き締まる思いだ。


 顔を上げると、王妃殿下はにこやかな表情をしていた。

 ——打ち合わせ通り、ここであの言葉が来る。


「貴方が脚本を務めた舞台を拝見しました。とても——良い作品でしたよ」


 背後の来賓席から、何人もが息を飲んだ音が聞こえる。

 そこからさざ波のように、王妃殿下の言葉が伝わっていく。


 王妃殿下は「あとは任せましたよ」と言うように、ほんの少し口角を上げて笑っていた。


(王妃殿下は私の要望に応えてくれた。あとは……私の言葉を、皆に届けるだけだ)


 このあと受勲者たちは、一人ずつスピーチを行うことになっている。

 そこが、クラヴィスが公で初めて、言葉を発する場となる。

 いよいよ私の大一番だ。




 他の受勲者たちのスピーチが終わり、私の番が回ってくる。

 来賓席の前に立つと、一斉に視線が向けられた。

 訝しむような目や、好奇の目。そしてその間に混ざる——温かい眼差し。

 その目に籠るすべての感情を——受け止めてみせる。


「皆さま、初めまして。私の名はクラヴィス・クライン——本名はクララ・リューベルトと申します」


 その言葉で、今日何度目かのどよめきが起こった。

 娯楽小説家の正体が、大貴族リューベルト公爵家の人間だとは誰も思っていなかっただろう。


「今回、このように栄誉ある勲章を賜る機会をいただけたことを、大変光栄に思います。王妃殿下をはじめ、私の受勲をお認めくださったすべての方々、そしてこれまで私の作品を読んでくださったすべての方々に感謝を申し上げます」


 ここまでは当たり障りのない挨拶だ。

 勝負どころは、この先。


 ひとつ息をついて、会場を見渡す。

 様々な視線の中に、一人、熱い視線を向ける人がいることに気づく。

 そこには——。


(オスカー様……!)


 何より愛しい、私の夫(ファン)がいた。

 彼の力強い瞳が、私の背中を押す。


「娯楽小説は、貴族社会ではあまり許容されない文化でした。ただ読んで楽しむだけのものとして、扱われていました。ですが私は、貴族でありながら、娯楽小説に魅了されました。いくつ歳を重ねても、それは変わらなかった」


 静まり返っている会場に、私の言葉が響き渡る。


「やがて私は、自ら筆を執るようになりました。私の周囲の人たちを、ただ笑顔にするために——書き始めたのです」


 私が書き始めた動機。それは今も、変わらない。

 きっとルイとナタリアも、会場のどこかでこの言葉を聞いてくれているだろう。


「楽しいと思う心は、あまねく人々の心に必ずあります。私は世界中の人々を、楽しませる作家でありたい」

  

 そうだ。

 人々を楽しませて、皆がそれを偽らず、好きだと言える世界であってほしい。


「夜、眠る前の10分間。私の作品を読んで『ああ面白かった』と、満たされた心で眠りについてほしい。そしてそのことを——誰にも隠さないでいられる世界であってほしいのです」


 世界中の読者に、愛を込めて。


「すべての人々が身分に縛られることなく、好きなものを好きだと言える世界を——私は望みます」


 ——言った。

 私が伝えたいことは、これがすべてだ。


 場内はしんと静まり返っている。

 ……このくらいのことは、予想していたけれど。

 少し、孤独だ。


 しかし。

 まばらに、拍手の音が鳴り始める。

 どこかで立ち上がる音が聞こえる。

 場内を見渡すと、オスカー様が。ルイが。ミランダ様が。立ち上がって拍手を送ってくれている。

 その行動は、やがて周囲に広がっていき——。


「ありがとう……ございました……!」


 多くの人が、立ち上がって大きな拍手を浴びせてくれた。

 中には、納得のいかないような顔をしている人もいるけれど。

 それでも、良かった。


(今は、この光景で十分——)


 ここから、クラヴィス・クライン——覆面を外した作家の人生が始まるのだ。



 *



 大きな拍手に包まれたまま、受勲者たちは壇上から下り、舞台袖へと去っていく。

 オスカーは式典が終わって早々に、いてもたってもいられず走り出した。


「実は私、昔から娯楽小説が好きで……」

「クラヴィスの小説だけはつい読んでしまってね……」

「王妃殿下もリューベルト家も認めているのであれば、いつか貴族向けの娯楽小説が流行するかもしれないな……」


 すれ違う人々の言葉が、オスカーの耳に入ってくる。

 もちろん、否定的な言葉もあったが……この会場の空気が、オスカーの胸を熱く震わせた。


(クララ……! 貴方はやっぱり、すごい人だ……! もうこんなに、貴族たちの心を変えている……!)


 オスカーはまっすぐに関係者用の控室へと向かった。

 雪崩れ込むように、部屋に入ると。


「オスカー様!」


 そこには何より愛した——妻(作家)がいた。


「クララ!」

「きゃあっ」


 オスカーは人目を憚らず、クララを抱きしめる。

 クララの驚く声すら、愛おしく感じられる。


「おめでとう、クララ……! そして、ありがとう……!」

「オ、オスカー様……私はなにもしておりませんよ……?」


 戸惑うクララに、オスカーは感極まった表情で答える。


「私は、クララが好きだ。そして……クラヴィス・クライン先生が好きだ」

「……はい」

「もう、私は『好き』を隠すことはしない。好きという感情を、抑えない。……貴方の言葉が、背中を押したんだ……貴方と夫婦になれて、本当によかった——!」


 オスカーの激流のような感情が、まっすぐにクララへぶつけられる。

 クララはその感情を受け止めて——大輪の花が咲くように、顔を綻ばせた。


「私も、貴方のことが好きです……! オスカー様という、かけがえのない存在がいてくれたから、私はここまで歩むことができたのです——」


 好きという感情を、とめどなく溢れさせて——。

 幸せそうに笑い合う二人は、誰が見ても——相思相愛の、夫婦だった。

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