23.王妃のひとりごと
「王妃殿下に、クラヴィスの後ろ盾となっていただきたいのです」
これは私の、一世一代の大勝負だ。
これが成功するか否かで、今後の命運がはっきりと分かれる。
王妃殿下は少しも表情を崩さず、淡々とした声を出す。
「……その理由は?」
「クラヴィスは運良く、王妃殿下の目にとめていただけましたが……娯楽小説は未だ、貴族社会では低俗なものとして扱われております。その風潮はすぐに変わるものではないでしょう。もし、王妃殿下がクラヴィスの後ろ盾となってくださるならば――我が国をより豊かにするため、身分の垣根を超えて娯楽小説を広めてみせましょう」
王妃殿下は小説のみならず、工芸や祭事など、あらゆる文化の保護に努める方だ。
クラヴィスを文化の担い手として利用してもらう。
それが、王妃殿下との交渉での切り札だった。
「なるほど。……理由は、それだけですか?」
確かめるような言葉が、謁見室の中に響く。
もちろん、それだけではない。
「貴方自身にも、後ろ盾を得たい理由があるのでしょう?」
「はい。……クラヴィスのファンには、周囲から隠れて本を読む貴族もおります。私は、彼らが隠れることなく、好きなものを好きだと言える世界を、作りたいのです」
オスカー様の隠れ部屋が脳裏をよぎる。
ファンが隠れなくても良いように。
まずは作家である私が、覆面を捨てるところから始めよう。
静寂が辺りに広がる。
答えを待つ時間というのは、どこまでも重くのしかかる。
それでも決して揺らぐまいと、王妃殿下から視線を逸らさずに耐えた。
「……良いでしょう」
王妃殿下の口角があがる。
体の強張りが、一気に解ける。
「ただし、表立って私が後ろ盾になると、クラヴィスに政治色がつきかねません。……叙勲式で私がクラヴィスを認めたと言うくらいが、保守派へのアピールにもなってちょうど良いでしょう。私にできる支援は、ここまでです」
十分だ。
たった一言、クラヴィスを肯定してくれるだけで、潮流は変えられる。
「王妃殿下の御助力に感謝いたします」
かくして、王妃殿下との交渉は成立した。
王妃殿下は本当に、心から国民の暮らしが豊かであることを望んでいらっしゃる。
(あそこまで熱心に探されるから、王妃殿下がクラヴィスのファンである可能性も考えてしまったけれど……そういうわけではなさそうね)
実はひっそりと、そんな浮かれた想像もしていたが……そんな物語のようなオチはなかった。
現実はそこまでドラマチックではない。
「……ここからは、私のひとりごととして聞いてほしいのですが」
「……承知しました」
私が考え込んでいると、王妃殿下が不思議な前置きで話し始めた。
「……我が夫は、『バルギニア帝国盛衰史』をよく読んでおります」
『我が夫』。
その言葉が指し示す人は、誰もが知る尊いお方。
「クラヴィス・クラインは多くの読者に愛されている。だからこそ――私はクラヴィスの功績は讃えられるべきだと、判断したのです」
「――身に余る光栄でございます、王妃殿下」
ひとりごとを話す王妃殿下は、穏やかな顔つきで……。
夫の趣味を温かく見守る、妻の顔をなさっていた――。
*
王妃殿下との謁見も無事終わり、今後は叙勲式に向けて話を進めることでまとまった。
馬車に揺られてリューベルト邸に帰ると、オスカー様が玄関先で待ってくれていた。
「ただいま帰りました。オスカーさ、ま?」
到着も早々に、熱い抱擁で出迎えられる。
周囲の使用人たちの温かい眼差しが私たちを包む。
「……話はまとまったのか?」
「ええ、つつがなく。王妃殿下は、心から国民を想うお方でした」
「そうか……」
オスカー様の声はどことなく、沈んでいる。
クラヴィスとして召集されたから、一人で王宮に向かったけれど……。
とても心配させてしまったようだ。
「貴方には色んなものを、背負わせてしまっているな」
「私が望んでしていることですもの。オスカー様が気にされることはありませんわ」
「……夫として、もっと貴方のことを支えたいのだが……」
オスカー様の優しさが胸に沁みる。
それなら……その言葉に、甘えてしまおうか。
「でしたら……今夜はずっと、共にいてくださいますか?」
私がクラヴィスとして戦えるのは、こうして私のすべてを受け止めてくれる人がいるからだ。
流行作家でも公爵家の人間でもなく、ただ一人の女として。
私を愛してくれる人がいる。
「……もちろん。朝まで離さないさ」
この人の腕の中では、私はクララとして、息をつけるのだ。




