21.世間の沙汰も君次第
『これまでの功績を讃えて、クラヴィス・クラインに文化勲章を叙することを通達する。ついては速やかに担当の勅使に申告の上、登城されたし』
ルイが届けてくれた通知文を読み返す。
それは何度読み返しても、クラヴィスに名乗り出ることを要請するものだった。
(これはもう、逆らうことはできないわ……)
世間に公表するかどうかは別として、少なくとも王家には正体を明かさなければならない。
これはもう、私だけの問題ではなくなった。
真っ先に、オスカー様へ相談をしたのだが……。
「……ルイ君からは、身代わりになると申し出があったそうだが」
「はい。しかし代役は簡単にバレてしまうでしょう」
「……ならば、クラヴィス先生には登城できない理由があるとするのはどうだ? それならば私からも手を回せるが」
「一時的に凌ぐことはできるかもしれませんが……その理由の裏どりをされてしまったらおしまいですね」
ルイやオスカー様は色々と対策を考えてくれるが、そのどれもが危ない橋を渡るものだった。
虚偽の申告をすれば、私以外の人も処罰は免れない。
私がクラヴィスでいるために、他の人を犠牲にしたくはなかった。
――それに、私にはずっと考えていることがあった。
「ずっと考えていたのです。隠れ続けることが、本当に正しいことなのかと」
このままでは、オスカー様をはじめとして、リューベルト家やマグノリア家の人々に迷惑をかけるだけ。
ならばいっそ、クラヴィスとして表に出ることで、世間の潮流を変えることはできないだろうか。
「王妃殿下の後ろ盾が得られるならば、正体を明かして活動したとしても、表立って悪様に言われることはないでしょう。……私は、その可能性に賭けたい」
文化を愛する王妃殿下のことだ。
クラヴィスを探しているのも、決して悪意からのものではないと信じられる。
「私は、クラヴィスの正体が私であると、公表しようと思います」
そうすることで、少しでも娯楽小説というものが世間に受け入れられて――私の愛する人々に、迷惑をかけずに済むように。
「……クララは、それで良いのか? ……今までと同じような生活は送れなくなるぞ」
「もう、覚悟は決めました。しかし……登城する前に、お義父さまとお義母さまに報告させていただきたいのです」
今まで大事なことを話さなかった、不誠実な嫁であるけれど。
私はクラヴィスとしても、このリューベルト家のためにできることをしたかった。
*
お義父さまとお義母さまとの話し合いの席は、速やかに用意された。
至急の用件ということで、オスカー様がお二人に掛け合ってくれたのだ。
「話というのはなにかな? クララさん」
「家族揃ってだなんて……なにか改まったお話ですか?」
お義父さまもお義母さまも、不思議そうに私を見つめている。
……お二人に初めてお会いした時よりも、緊張している。
しかしこのくらいの試練は、乗り越えなければ。
「私はお二人に、黙っていたことがあります」
お義母さまの顔が、少しばかり険しくなる。
「巷で流行している、クラヴィス・クラインという作家のことなのですが……」
「ああ、もちろん知っているとも。……その作家がどうかしたのかい?」
「クラヴィスの正体は――私なんです」
場の空気が、固まった。
お義母さまは分かりやすく硬直している。お義父さまは口を閉ざして、何を考えているかまるで分からない。
「これが、彼女がクラヴィスである証だ。……王妃殿下の意向で、クラヴィスは叙勲されることとなった」
オスカー様が通知文をお二人に差し出す。
お義母さまは息を飲んで、その通知文を受け取ると、ゆっくりと視線を文に走らせた。
お義父さまも興味深そうに、横から覗き込んでいる。
「……つまり、本当にクララさんは、娯楽小説家だということなのですね……」
「はい」
「……オスカー、貴方は知っていたの?」
「ああ。知っていて、黙っていた。私もクラヴィス先生のファンだったから」
「貴方、まだ娯楽小説なんかを読んでいたの……」
予想はしていたが、やはりお義母さまは娯楽小説に否定的だ。
伝統と格式を重んじる方だ。
嫁が娯楽小説家で、息子もその小説を読んでいたという事実は、あまりにも強い衝撃だろう。
「叙勲に際しまして、私がクラヴィスであることを公表したいと思っております」
「……駄目です。認められません。いくら王妃殿下のご意向といえど、リューベルト公爵家の者が娯楽小説に携わるなどと知られては……!」
「ご懸念はごもっともです。……叙勲を望むならば、離婚することが筋だと思います」
お義母さまの感情を汲み取るように言葉を選んだが、すぐに横からオスカー様の声が割り込んできた。
「離婚は嫌です。私の妻は、クララ以外にあり得ない」
「オスカーまで……」
頭を抱えるお義母さまの姿に、胸が痛む。
「私も、オスカー様の妻でありたいと思っております。……我儘を申し上げていることは承知しております。せめても、お二人のご懸念に報いるために……クラヴィスという存在を、リューベルト家の資産として活用してほしいのです」
「なん、ですって?」
そう、これが――クラヴィスとして私ができる、精一杯の奉公だ。
「リューベルトの庇護下にあったからこそ、クラヴィスは数多の作品を世に送り出すことができたと――国民を豊かにする文化の礎は、リューベルト無くして成り立たなかったと、そう喧伝してください。そうすれば、王妃殿下のみならず、国王陛下から民衆に至るまで、あまねく人々がリューベルト家を賞賛してくれるでしょう」
国民的作家、クラヴィス・クライン。
その価値こそが、私がリューベルト家を守るために使える切り札だった。
「……面白い考えだね」
これまで、一度も口を開かなかったお義父さまが、身を乗り出して話に乗ってきた。
「あなた……!」
「イライザ……君の心配も分かるが、あの王妃殿下がお認めになるくらいだ。……良い文化は身分の垣根を超えて広まっていくことが、これからは主流になっていくのかもしれないよ」
「ですが……」
「それに、クララさんの言うことも一理ある。ここでクラヴィスを保護し支援すれば、市民たちは私たちを評価するだろう。――市民無くして、我々の生活は成り立たないのだからね」
お義父さまの瞳が、明るく輝いて見えた。
それは、この社会の荒波を乗り越えてきた――百戦錬磨の公爵の顔だった。
「その提案に乗ろうじゃないか、クララさん。今まで私たちを欺いてきたんだ――その償いとして、君の知名度と好感度を、利用させてもらうよ」
「……もちろんです!」
お義父さまに、認めていただけた。
それだけでも、胸の重しが少しだけ楽になった気がした。
「リューベルト領を文化流行の中心地とするのも良いじゃないか。流行の中心地には人も集まってくる。そうなればリューベルト領はますます栄えるだろう」
「……たしかにクララ、いえ――クラヴィス・クラインにはそれを実現できるだけの影響力はありますね」
「そうだろう? オスカー。マグノリア家とも連携して、王都でも図書館や劇場を支援すれば、両家に有益だ。クララさんにはその旗印となってもらうわけだ」
「皆様に認めていただけるのであれば、リューベルト家の礎となるために、骨身を惜しまない所存です」
「結構。――いやあ、我が息子は良い妻を得たものだ!」
お義父さまが豪快に笑う横で、お義母さまは額に手をあてながら、小さくため息をついていた。
「私はまだ完全に認めたわけではありませんが……ハロルドがそう決めた以上、口出しもいたしません。……クララさん」
「……はい」
「リューベルト家の顔として世に出るならば、リューベルトの名に恥じない振る舞いを。常識に背くのではなく、常識を変える覚悟で臨みなさい。……私が言いたいことは、それだけです」
「……ありがとうございます」
これでお義母さまからも、ひとまずではあるがお許しをいただけた。
あとは、登城命令に応えるだけだ。
「そう不安そうな顔をするな、イライザ。君もクララさんの世渡りの上手さは認めているだろう?」
「今の貴族社会と渡り合うことと、真っ向から対立することは別物です! あなたこそ、クララさんを酷使するのはやめてくださいね!?」
「酷いことなんてしないさ! しかし、才ある者はそれを世のために使わなければ」
目の前で繰り広げられるお二人のやり取りを眺めながら、少しだけ肩の力が抜ける。
「すまない、クララ……。あれも父上なりの、愛情表現ではあるのだが……」
気まずそうに言葉尻を濁すオスカー様の手を、そっと握った。
「承知しております。お義父さまの戦略は、私としてもぜひ叶えたい未来ですもの」
「……クララらしいな。私もできるかぎり、クララとクラヴィスのことを支えよう」
もう、後戻りはできない。
それでも、私は不思議と恐ろしさは感じていなかった。
私のそばにはオスカー様がいる。
その事実は、私が一歩踏み出す勇気を、与えてくれていた。




