20.君は可憐な僕の女王
「クララ。……もう少しこちらへ」
「は、はい」
誰が見ても明らかなほどに、緊張感が漂っている。
オスカー様の寝室の中、大きなベッドの上。
オスカー様と私は、膝を突き合わせて向かい合っている。
なぜそのようなことになったのか。
事は数日前に遡る――。
ある日の午後、私は社交の合間を縫って、オスカー様の執務室を訪ねた。
「珍しいな、貴方がここに来てくれるのは」
「ひとつ、オスカー様に確認したいことがございまして」
促されてソファに座ると、ここ数日ずっと胸に抱いていた疑問を投げかけた。
「一体どうしたんだ?」
「契約時に定めた内容を再確認したく参りました。オスカー様……私たちは『白い結婚』ということで契約を結びましたが、こちらに関してはいかがいたしましょうか」
「っ!?」
オスカー様が、思い切り咳込んだ。
オスカー様がこの手の話が不得手なのは心得ている。
でも……真の夫婦となったからには、はっきりさせておきたい事柄だった。
「いきなり、なにを」
「その……私たちは正式に夫婦となりましたし、寝所を別にし続けるかどうかを……」
「そ、そういうことか」
「ええ。……結婚式を控えておりますから、子を成すタイミングではないでしょうが……」
オスカー様は更に咳込んだ。
控えていたマリアが飛んできて、オスカー様にハンカチを手渡す。
深く息を吸って呼吸を整えると、オスカー様はひとつ咳ばらいをした。
「……貴方の方からその話をさせてしまってすまない。確かに、私たちは夫婦なのだから……共に夜を越すことに慣れるべきだな。……まずは、共に寝てみようか」
オスカー様の提案のもと、このようにして二人でベッドの上にいるわけであった。
(……さっきから心臓が落ち着かないわ)
侍女たちが用意してくれた、柔らかな寝間着の下で胸が激しく鼓動している。
枕を共にすると言うと、侍女たちが張り切って私の体を磨き上げてくれた。
……今夜特にそういうことをするわけでは、ないはずだけれど……。
オスカー様は普段よりも口数少なく、何事かを考えるように目を伏せている。
……オスカー様の寝間着姿を見るのは、初めてだ。
普段セットされている黒髪は自然に下ろされており、緩やかな寝間着の襟から覗く首元はなんだか艶めかしい。
(意識しないようにしても、無理よ……!)
恋愛小説を執筆した時、濡れ場の直前までは書いていた。
しかしあの時は、オスカー様への恋で精神がぐちゃぐちゃになったまま、半ばやけっぱちのようになって書いていたものだ。
あの時の私は、まさかオスカー様と枕を共にできるなんて思っていなかった。
動揺が現れているのか、視線が泳いでしまう。
そうしていると、ふとオスカー様が顔をあげた。
視線が、合う。
「……熱いですか、オスカー様」
「いや……熱いわけではない」
オスカー様の顔が、一目で分かるほど紅潮している。
……きっと私もそうなのだろう。
オスカー様が何かに気付いたのか、私の首元に視線を動かした。
「クララの寝間着は随分と涼しげだな。……肌寒くはないか?」
オスカー様の手が伸びて、その指先が私の首元に触れる。
その指先がなぞる感覚に、思わず声が出てしまう。
「っ、ひゃあ!」
――我慢ができなかった。我ながら、随分とはしたない声をあげてしまった。
顔が燃え上がるように熱い。
恥ずかしくて俯いていると、オスカー様の気配が近づいてくるのを感じた。
「クララ」
そのまま抱き寄せられて、オスカー様の腕の中に納まる。
恥ずかしいから顔を見られないのは良いけれど、この体勢は心臓に悪い……!
「大丈夫だ、クララ。……何もしないから」
安心させるように、そう言ってくださるオスカー様。
それに、気が緩んで。
「……なにもしないんですか?」
つい、そう口走ってしまった。
抱きしめてくれている腕に、力が籠るのが伝わる。
オスカー様は少し手荒に私の両肩を掴むと、まつ毛が触れ合うほど近くまで、顔を近づけてきた。
「貴方は、どうしてそういうことを……!」
間近にある瞳が、燃えるように揺らめいて見える。
目を合わせていられなくて、まぶたを閉じると――唇に、柔らかな感触。
そのまま何度も啄むように、唇同士が触れ合う。
緊張で呼吸がままならない。息継ぎをするように口を開くと。
その隙を逃さないように、深く口づけをされる。
何度も口づけを繰り返し、うまく息ができなくて頭がぼんやりとしてきたころ。
オスカー様の胸板を軽く押すと、やっと唇が解放された。
「っ、は、はぁ」
涙が出てきて視界が揺らぐ。
なんとかオスカー様の方を見ようとするが、ぼやけた視界で彼がどういう表情をしているのか分からなかった。
「……かわいい」
「え?」
低く掠れるような声が聞こえた気がして、思わず聞き返すと――視界がぐるりと回って、背中に柔らかい感触が当たった。
「オスカー、さま?」
次第にはっきりしてきた視界の中、目の前にはオスカー様の顔。
その後ろには、天井がある。
つまり――押し倒されている、ということで。
オスカー様はしばらく黙っていたかと思うと、ひと際大きなため息をついて私の横へ崩れ落ちた。
「……どうしましたか?」
「クララが可愛すぎる」
「えっ?」
「可愛すぎて理性が消え去るかと思った」
「ええ……」
包み隠さない直球の言葉に面食らう。
「性急に事を進めるのはどうなんだとか、でも公爵家の人間としていずれは子を成さなければとか、色々と深く考えていたが……言い訳もできないくらい、貴方を貪ってしまいそうになった……」
私の唇には、口づけの感触がはっきりと残っている。
まさに、「貪るような」という形容が似合う口づけだった。
少し落ち着いてきたのか、オスカー様は寝転がったまま、微笑んでくる。
「でも、貴方をひどく扱いたいわけではないんだ。……次に貴方に触れる時は、必ず優しくする」
「……ありがとうございます」
彼の健気な誓いに、思わず頬が緩む。
私の言動ひとつひとつにここまで翻弄されるオスカー様が可愛らしくて、つい頭を撫でてしまう。
「……クララ」
「はい?」
頭を撫でる手を、ぱっと掴まれてしまった。
オスカー様の顔は、なにやら曇っている。
「言ったはずだぞ。……弟扱いはもどかしいと」
「あっ」
いつぞやの会話を思い出す。
決して侮っていたわけではないけれど、つい年下にするように可愛がってしまったことは否定できない。
「ごめんなさい、オスカー様」
「……まあ良い」
掴まれた腕をぐいと引かれる。
彼との距離がなくなって、私はオスカー様の胸の中にすっぽりと収まってしまった。
オスカー様の逞しい手が、私の腰を抱いている。
「弟扱いできないくらい、私は貴方の夫だとーーその身に刻みつけてもらえば良いさ」
その声は、愛と劣情が滲んだ男の声を、していた。
*
数日後、平穏なリューベルト家を揺るがす知らせが、実家から届いた。
ーー王家から出版社宛に、クラヴィス・クラインを叙勲する通告文が届いたようです。近く、クラインを王宮に登城させよと命が下りました。どうしますか、姉様ーー。




