13.令嬢Cの献身
ある休日、妹のナタリアがリューベルト家を訪ねてきた。
私が脚本を担当した舞台が上演されるので、パンフレットを持ってきてくれたのだ。
「お姉さまがご健勝でなによりですわ」
「貴方も元気そうで良かったわ、ナタリア。それと、社交デビューおめでとう」
ナタリアは真新しいドレスを身に纏っていた。
気品がありながらも可愛らしい装いをした彼女は、誰が見ても立派な淑女だ。
「ありがとうございます。こちらのドレスも、オスカー様のご支援のおかげで誂えることができましたの。……できれば直接お会いして、お礼を言いたかったわ……」
「オスカー様はお忙しい方だから……」
オスカー様の支援のおかげで、実家の経済はいくらか余裕が出てきたらしい。
後回しにしていた家屋の修繕なども、手を付けられるようになったと聞いた。
オスカー様は「当然のことだ」と言っていたけれど、本当にありがたい。
しかし、わざわざ妹が来たからといって、オスカー様に時間を割いてもらうのは気が引けた。
今日は姉妹二人、水入らずで過ごそうと思っていたのだが――。
「久しぶりだね、ナタリア嬢」
「オスカー様におかれましても、ご機嫌麗しく存じます」
「堅苦しい挨拶はよしてくれ。……私も、貴方の義兄となったのだから」
目の前で起きている光景に、頭がついて行かない。
「それでは、お義兄さまとお呼びしても?」
「もちろん。……私には兄弟がいなかったから、そう呼ばれると少し面映ゆいな」
(お義兄さまと呼ばせてよろしいのですか!?)
和やかに会話をするナタリアとオスカー様に、思わず心の中でツッコミを入れる。
応接室でナタリアと話をしているところに、オスカー様がやってきたのだ。
オスカー様曰く、「妻の妹君が来られたのだから、挨拶を」。
「……申し訳ありません、オスカー様。お忙しいかと思い、お声はかけずにいたのですが……」
「気遣いありがとう、クララ。しかし、貴方の家族が来ているんだ。もちろん挨拶させてもらうとも」
まるで、本当の妻に接するような言葉だ。
なにも知らない妹の前とはいえ、こうして扱われるとなんだか気恥ずかしさを覚える。
オスカー様はそのまま、自然に私の隣へと腰を掛けた。
……なんだか距離が近いような気がする。
「お義兄さまのご支援のおかげで、無事にデビュタントを済ますことができました。ありがとうございます」
「それはなによりだ」
目の前で続くやり取りを、そわそわしながら聞いている。
……なにも起こらないといいけれど。
「……でも、良かった。我が家では、お姉さまは何かと自分のことを後回しにしがちでしたから……お義兄さまと結婚すると聞いた時は驚きましたけど、こうしてお姉さまが大切にされているところが見られて、とても嬉しいです!」
ナタリアは私たちが愛し合う夫婦だと思ったままだ。
その無邪気さに、胸の中の罪悪感が少し疼く。
「マグノリア家では、クララはそうだったのか?」
「はい。お姉さまは忙しい両親に代わって、私とルイお兄さまの面倒を見てくれていましたし……朝から晩まで、仕事漬けでしたから」
「そんなに……」
「こら、ナタリア」
オスカー様に長々と私の話を聞かせることが申し訳なくて、慌てて制止する。
「申し訳ありません、オスカー様。その……朝から晩までというのは、昔の話なので……お気になさらないでくださいね」
『朝から晩まで』というのは、もちろん執筆活動のことである。
オスカー様はというと、なぜだか真剣に私の話を聞いてくれていた。
「貴方は昔から、働き者なのだな……。ただ、無理をして体を壊さないかが心配だ。我が家では根をつめすぎないでくれ」
「……もちろんです」
オスカー様の手が、そっと労わるように私の手を包む。そんなに慈しむように接せられると落ち着かない……!
ナタリアからの温かい視線が刺さる。
愛し合う夫婦を演じる必要はあるけれど、ここまで徹底されると混乱しそうだ……!
「クララとナタリア嬢は、普段どのようにして過ごしていたんだ?」
更に深堀りするんですか!?
なにがオスカー様の興味を引いたのかは分からないが、会話はどんどん進んでいく。
私の心のツッコミは、オスカー様には届かない。
「そうですね……幼いころはよく、お姉さまにくっついていました。お姉さまは歌がお上手で、よく童謡を歌ってくれて……」
「それはぜひ聞いてみたいな」
「素人の歌で、とてもお聞かせできるようなものではないですよ……」
困惑していると、ナタリアはふと表情を明るくして、軽く身を乗り出してきた。
「ああそれに! お姉さまはよく、即興で物語を作って語り聞かせてくれたんですよ」
「っ、ナタリア!」
それは、本当にまずい!
ナタリアからは『このくらい大丈夫でしょ』というようにウインクをされたが、彼女はオスカー様が大のクラヴィスファンであることを知らない。
できれば少しでも、クラヴィスに繋がるような情報は漏らしたくなかったのに……。
「……物語を、即興で……」
おそるおそるオスカー様の顔を伺い見る。
オスカー様は、何度か噛みしめるように頷くと――こちらを見て、ゆっくりと目元を緩めた。
「すごいな、クララは……貴方の豊かな発想は、そこで培われたのだな……」
「……恐れ入ります」
オスカー様の心からの褒め言葉に、ほっとしたような、なんだか申し訳ないような。
心がふたつに分かれていた。
その場では、私がクラヴィスと疑われるようなこともなく。
ナタリアとオスカー様は、かつて私が語り聞かせていた話のことで盛り上がっている。
ナタリアはオスカー様と話をするのが楽しいのか、普段よりも饒舌だ。
オスカー様も物語の話が楽しいのか、瞳がどことなく輝いている。
……まるで、幼いころのナタリアとルイを見ているような気持ちがして、つい頬が緩んでしまう。
「あっ……ご覧になって、お義兄さま。お姉さまはいつもこんな表情で、私とルイお兄さまを見守っていたんです」
そんな私の顔に気付いたのか、ナタリアは嬉しそうに私に顔を向けてきた。
油断していた私は、咄嗟に声が出なかった。
「……なるほど」
「……ちょっと、ナタリア」
まじまじと私を見るオスカー様。
顔に穴が開くんじゃないかと思うくらい、視線が刺さる。
「……クララが楽しんでいるのなら良いけれど」
オスカー様はそう話ながらも、どこか困ったように眉を下げている。
「夫としては、弟君や妹君と同じように見守られるのは、少しもどかしいな」
「えっ……と」
男として見てほしいと言わんばかりの表情で。
少し小首を傾げるオスカー様に、言葉が詰まる。
横でナタリアが歓喜の声をあげているが、それどころではない。
まるで、その言葉は――オスカー様が本当の夫だったのではないかと、錯覚してしまう。
勘違いしてはいけない。これは演技だ。
慌てて雑念を振り払う。
――私たちは、あくまで契約結婚なのだから。
*
「今日は本当にありがとう、お姉さま。お義兄さまにもよろしくお伝えしてね」
「ええ。来てくれてありがとう、ナタリア」
玄関先でナタリアを見送る。
オスカー様は急な仕事が入ったと、執事と共に戻っていった。
「お義兄さま、本当にお姉さまのことが好きなのね! 『氷の貴公子』様と結婚すると聞いた時は心配したけれど……今日の二人を見たら安心したわ。妹ながら、少し妬けちゃうくらい」
「……そんなに、かしら」
「ええ! 誰が見ても、お姉さまは愛されてるって分かるわ! ……帰ったら、お父さまたちに報告しなくちゃ」
こちらをからかうように笑うナタリアに、戸惑いながらも言葉を返す。
『誰が見ても愛されていると分かる』。
演技としては、完璧だろう。
……しかし、それを演じているのがオスカー様だと、話が変わる。
生真面目で初心なところのあるオスカー様だ。
無理をして演じていたとしたら、申し訳ない。
そう思案していると、ナタリアがこちらへと急に距離を詰めてきた。
ナタリアはそっと私の耳元まで顔を寄せると、そっとある事を囁いてきた。
――ナタリアが囁いた言葉に、私は更に、頭を悩ませることとなる。
「……王家の関係者が、お父さまにクラヴィスのことを聞きに来たわ。クラヴィスのことを探っているみたい。どうか、お気を付けになってね――」




