第2話 怒っていません
白銀機関の廊下は、どこまで歩いても色彩の乏しい無機質な純白に塗り潰されていた。カグツチの少し大振りの背中を追うように、クラナダは半歩後ろを規則正しい足音でついていく。
やがて二人は、重厚な金属製の扉が横一列に幾つも並ぶ、なだらかな直線通路へと足を踏み入れた。そこはパトゥアたちが日々血と汗を流す訓練室エリア。カグツチはその中の一室の前で足を止めると、壁面のパネルに細い指先を滑らせる。電子音が低く鳴り、左右に分かれた扉の先には、広大で無機質な立方体の空間が広がっていた。
白銀機関が誇る最先端の訓練室。そこは設定者の操作一つで内部の分子構造を自在に組み替え、荒涼とした乾いた大地から、ギャラスが潜む深い原生林にいたるまで、実戦のあらゆる地形や環境を極めてリアルに擬似再現できる特異な空間である。
カグツチは部屋のほぼ中央、何もない床の上に気負いなく腰を下ろすと、そのまま気楽に胡座をかいた。
「さて、と」
デスクワークの合間に一息つくかのような調子で、カグツチはクラナダを見上げる。
「知っての通り、僕はもうまともに戦うことができない身体だ。だから、実際にネイズを手に取って、君と刃を交えるような指導はしてあげられないんだよね」
彼は自分の弱体化を隠すでもなく、あっけらかんと言い切った。クラナダは表情を変えず、ただ教官の次の言葉を待つ。その紫の瞳に宿る感情を、カグツチは穏やかな黒い瞳で受け止めながら続けた。
「だからさ、僕たちの教導は『サイコハイム』による戦闘シミュレーションを中心に進めていこうと思う」
サイコハイム───その単語に、クラナダの伏せられた睫毛が僅かに揺れた。
サイコハイムとは、簡潔に言えば自らの意識を精神世界へと転移・同調させる高度なハイム制御技術である。
ハイムの使い手は、外界からのあらゆる五感を一時的に遮断し、意識の深淵を深化させることで、脳内に構築された一種の精神空間を他者と共有し、意思疎通を行うことが可能となる。そして、その極限まで研ぎ澄まされた精神の領域を舞台にして戦闘を行うことが彼の指導方針であった。
「知っているとは思うけれど、サイコハイムによる訓練の最大の利点は、どれほど激しく戦っても肉体を直接的に傷つけないことにある」
カグツチは自らの膝の上に両手を置き、どこか含みを持たせた笑みを浮かべた。
「だからといって、生易しいものじゃない。五感の解像度は現実と完全に同一だし、何より、精神世界の中であっても『自分の本当の実力』を超えた自分には決してなれないんだ。そこにあるのは、どこまでも生々しい、等身大の自分だけ。それにね、物凄いリアリティがあるから、あっちの世界で刃に斬られたりしたら、脳が錯覚して現実と全く同じ激痛を感じるよ」
「心得ています」
「うん、まぁそうだよね」
カグツチは軽く数回頷いた。
「まずは、君の今の実力を僕の目で確かめさせてもらうよ。一回、僕と真っ向から戦ってみようか」
「───了解いたしました」
クラナダは小さく息を吸い、迷いなくカグツチの正面へと歩み出た。
対面する形で床に腰を下ろす。彼女は、汚れ一つない純白の制服の裾を丁寧に整えると、ピシッと定規で測ったかのように背筋を伸ばし、一分の隙もない完璧な「正座」の姿勢を取った。両手は太ももの上に美しく揃えられ、顎を引いて教官を真っ向から見据える。
「あはは、そんなに硬くならなくていいのに。好きなように崩して座れば良いよ」
張り詰めた空気を弛めようと、カグツチが可笑しそうに目を細めて笑う。しかし、クラナダの鉄の意志が宿る紫の瞳が揺らぐことはなかった。それを見たカグツチは、それ以上彼女の姿勢を深く言及することはせず、「まぁ、いいか」と小さく呟いて楽しげに肩をすくめた。
無機質な立方体の空間に、二人の呼吸の音だけが静かに重なり合っていく。
「それじゃあ、始めよう。僕の意識に、君のハイムを同調させて」
カグツチがゆっくりと目を閉じる。
クラナダもまた、表面上の軽妙さの奥に潜む底知れぬ「伝説」へと飛び込むべく、静かに瞼を閉じた。
目を閉じた次の瞬間、クラナダの意識は完全な暗闇へと沈み込んでいた。
だが、それは単に瞼の裏の闇を見つめているのとは決定的に異なっていた。光の一片すら存在しない漆黒の空間にあって、不思議と自分の両手や両足、そして身に纏う純白の制服の輪郭が、線を持つかのようにはっきりと視認できるのだ。サイコハイムによる精神世界での活動が、確かに始まったのだという奇妙な実感が彼女の脳を覚醒させる。
「おーい、聞こえる?」
不意に、正面から聞き馴染んだ気負いのない声が掛けられた。
視線を巡らせると、数歩先の闇の中にカグツチが平然と立っていた。現実世界の彼と何一つ変わらない風貌。しかし唯一違っていたのは、その右手に、現実の部屋では握っていなかったはずの銀色のネイズの柄が握られていることだった。
「うーん、やっぱり何もない真っ暗な世界だと殺風景だよね。ちょっとイメージを変えようか」
カグツチが小さく呟き、パチンと小気味よく指を鳴らす。
その刹那、彼を中心に全方位へと光の波紋が広がり、押し寄せる漆黒の闇を瞬く間に塗り替えていった。立ち現れたのは、磨き抜かれた白磁の床、冷徹な面発光照明、そして幾何学的な立方体の壁面。それは、ちょうど現実世界で二人が対峙している白銀機関の訓練室そのものの光景だった。
「ま、これもこれで無骨かな。君は何か変えたい景色とかある?」
首を傾げるカグツチに対し、クラナダは至極平坦なトーンで応じる。
「いえ。私はどのような環境であっても支障ありません」
「そっか。ブレないね」
カグツチはふっと笑うと、ネイズをくるくるとペンのように指で回した。
「君はここまでのカリキュラムで教官の教えたことを不足なく吸収してきたと思う。だからもう、基礎的な部分で君に教えることは無いだろう」
じゃあ何をやるんだって話だけどね、とカグツチはふっと笑うと、手元にある銀色の柄を、右手でガッチリと握り直した。
「まずは君の力量を、データじゃなく、僕自身が実際にこの目で確認させてもらうよ」
カグツチの穏やかな黒い瞳が、クラナダの紫の瞳を正面から見据える。
「クラナダの得意なこと、苦手なこと。データには残らないような細かな癖や、その身に染み付いた戦闘理論。そういうのを、一度しっかりと肌で確認させて欲しいんだよね」
「───了解いたしました。教官の指示に従います」
クラナダは至極平坦なトーンのまま、深く一礼して従う意を示した。
「うん、ありがと。……それじゃ」
カグツチが手元の柄を前へと静かに突き出す。
刹那、駆動音と共に柄の先端から凝縮されたハイムの光波が噴き出し、鮮烈な赤色に輝く刃がその輪郭を現した。
「僕のネイズもブレードなんだよね。君と同じで」
赤く燃えるような刃を構え、カグツチがどこか楽しげに告げる。
「まずは反応速度からテストさせてもらうよ」
その言葉を受け、クラナダも無言のまま右手に意識を集中させた。自らのハイムをネイズの柄へと一気に流し込む。瞬く間に噴き出したのは、彼女の美しい髪色と重なるような、まさに冷徹で汚れのない純白の刃であった。
白と赤。二つの異なる光の刃が、無機質な立方体の空間を鮮やかに裂いて照らし出す。
「これからしこたま斬りかかるからさ。しっかり反応してね」
「はい。いつでも構いません」
クラナダは両手で白いネイズを構え、限界まで精神を研ぎ澄ませた。
ここに対峙しているのは、かつてガリアの頂点に君臨した「伝説」だ。どのような超高速の、あるいは変幻自在の猛攻が仕掛けられるのか。彼女の全身の細胞が、襲い来るであろう嵐を警戒して張り詰める。
二人は互いに刃を構えたまま、その場に立った。
カグツチは、剣を構えながらもどこか肩の力が抜けた様子で、ぶらぶらとクラナダの周囲を円を描くように動き始める。いつでも踏み込める、いつでも受け流せる、そんな隙のないクラナダの視線が、動くカグツチを寸分違わず追いかけ続ける。
───しかし、何も起きなかった。
カグツチはただ、クラナダの周囲を歩いている。
緊迫した空気のなか、秒針の音さえ聞こえそうなほどの静寂だけが、いたずらに過ぎていった。
一秒、五秒、十秒、三十秒。
どれほど待っても、カグツチは一歩も踏み込んでこない。ただぶらぶらと足を進めているだけだ。完璧なパトゥアとして迎撃の態勢を維持し続けていたクラナダの胸中に、いつしか、奇妙な困惑がじわじわと広がり始めていた。
フェイントだろうか。それとも、こちらの集中力が切れるのを待つ高度な心理戦なのだろうか。考えれば考えるほど、次の出動が見えない。
「あ、あの……………」
しびれを切らしたように、クラナダの唇から当惑を孕んだ声が漏れ出た。
それも無理はなかった。カグツチが「しこたま斬りかかる」と宣言してから、すでに十分ほどの時間が経過している。
その間、彼はただの一度も刃を振るう素振りすら見せず、文字通り十歩、二十歩と、クラナダの周囲をぶらぶらと徘徊し続けているだけだった。
迎撃のために張り詰めていたクラナダの精神は、もはや緊張を通り越して、純粋な疑問へと変わりつつあった。フェイントや心理戦にしては、あまりにも時間が経ちすぎている。
しかし、カグツチはクラナダの声に驚く風でもなく、赤く輝くブレードを肩に預けるようにして、のんびりと足を止めた。
「んー? どうしたの?」
カグツチはのんびりとした調子で聞き返してくる。そのあまりに無防備な態度に、彼女は眉根を寄せ、構えを崩さないまま言葉を絞り出した。
「もう……十分ほど経っているのですが。一向に仕掛けてこられないので……」
「あ、もうそんなに経ったんだ。時間が過ぎるのって早いねぇ」
カグツチは何事もないかのように、他人事みたいに返す。
「教官。一体いつになったらテストを───」
そう口にした、まさにその刹那だった。
クラナダの視界が、唐突にぐにゃりと真横へ回転した。
「え?」
直後、どさりという鈍い音とともに、彼女の身体は冷たい白磁の床へ叩きつけられていた。
何が起きたのか、クラナダには一切理解できなかった。咄嗟に受け身を取ることもできず、ただ床に伏した状態で、驚愕に目を見開く。慌てて視線を上げてカグツチを見やるが、彼は相変わらず赤いネイズを肩に預けたままで、刃を振るった様子など微塵もなかった。
「足を引っ掛けて、転ばせただけだよ」
カグツチは床に倒れるクラナダを見下ろし、淡々と言った。
「は、……え?」
十数秒前までの張り詰めた気配は崩れ、間抜けた声が出た。混乱する頭のまま、自分の足元を見る。そこには、いつの間にか間合いを詰めていたカグツチの、退屈そうに引かれる足の残像があった。
「最初に『反応速度を試す』って言ったでしょ? だから、今の僕の足払いに反応できるか試してみたんだ」
カグツチは肩をすくめ、困ったように眉を下げる。
「ネイズの太刀筋なんかとは比べものにならないくらい、わざと鈍く、ゆっくりした動きにしたんだけどね。……どうやら、全く反応できなかったみたいだ」
その言葉を聞いた瞬間、クラナダの胸の奥で、経験したことのない微かな火花が爆ぜた。
彼女はムッと顔を歪めると、床に手を突き、教官を厳しく睨みつけた。
「教官。……これは、私をからかっていらっしゃるのですか?」
完璧なパトゥアとしての仮面が剥がれ、年相応の感情が露わになる。それを見たカグツチは、咎めるどころか、嬉しそうに声を立てて笑った。
「さあ、どっちだと思う?」
カグツチはネイズを構え直し、悪戯が成功した子供のような目を向ける。
「でもさ、やっと表情が崩れてくれて良かったよ」
「───表情が、このテストと一体何の関係が……」
クラナダは苛立ちを隠さず、弾かれたように立ち上がった。
その、完全に不意を突かれた瞬間だった。
カグツチの赤い刃が、彼女の視界を真っ二つに裂いた。
「なっ───!」
クラナダは思考よりも早く、本能だけで手元にネイズを引き戻す。
直後、耳を刺すような鋭い激突音が空間に響き渡り、白と赤の狂おしいハイムの火花が、二人の顔を間近で鮮烈に照らし出した。
「何ですか、これは……っ」
押し合う刃の向こう側、間近にあるカグツチの顔を、クラナダは鋭く睨みつけながら問う。しかし、カグツチは浮かべた笑みを一切崩すことなく、受け止められていたネイズをそっと引き離した。
「うん。今のでよく分かったよ」
カグツチは満足そうに頷き、ブレードの光をそのままに一歩退く。クラナダの困惑は深まるばかりだった。ネイズを構えたまま、教官の意図を測りかねてその場に立ち尽くす。
「今のを防いだ、ってことでさ。君が『予期せぬ脅威』に対してどれだけ意識を張れているかが理解できた。感情が揺らいだ直後にしては、中々に良い反応をするね」
「……それだけで、分かるというのですか」
「咄嗟の時にこそ、人間の『本当』が発揮されるからね」
カグツチは赤い刃を軽く揺らし、穏やかに語る。
「さっきの君は、僕の足払いや態度に対して、明らかに心に緩みや苛立ちがあった。それなのに、僕が刃を振るった瞬間には、完璧に頭を切り替えて対応した。パトゥアとしては上出来、合格点だよ」
クラナダはなおも腑に落ちないような、納得がいっていない顔を浮かべた。しかし、向けられた言葉が皮肉ではなく素直な称賛であると理解し、模範的な優等生として短く息を吐く。
「……ありがとうございます、教官」
「まぁ」
カグツチは人差し指を立てて、悪戯っぽく付け加えた。
「最初の足掛けを避けられなかったのは、まだまだだけどね」
「───っ」
クラナダの紫の瞳が、僅かに見開かれた。
先ほど完全に不覚を取った屈辱が、胸の奥をチリリと焦がす。彼女の眼光は次第に普段よりもさらに鋭い目つきへと変わり、薄い唇が横一文字に、固く固く結ばれた。
「お、怒った?」
覗き込むようにして、カグツチが可笑しそうに笑う。
クラナダは視線を逸らさず、一拍置いてから冷徹に言い放った。
「いえ」
声のトーンは平坦だったが、その表情は明らかに「不服である」と雄弁に物語っていた。
「あはは、怒っていいんだよ、別に」
「怒っていません」
クラナダは即座に否定し、ほんの少しだけ、棘を含んだ言葉を教官へと差し向けた。
「ただ───かつてガリアの頂点にいたという『伝説』も、その大仰な肩書に反して、随分と幼い悪戯がお好きなのだと思っただけです」
手痛い仕返しのような言葉に、カグツチは声を上げて笑った。
「はははっ………容赦無いね。でも、確かに僕なんか、パトゥアの頃から何も変わってないのかもね」
カグツチは自嘲気味にそう告げると、ブレードを消失させネイズの柄を、再びくるくるとペンのように指先で回し始めた。本気なのかふざけているのか分からない彼の態度に、クラナダは疑問を重ねていった。
「じゃあ、次のテストを始めるよ」
それから、カグツチによる戦闘力の様々なテストが行われた。
攻撃の破壊力、防御の展開速度、ハイムの出力維持、そして実戦を想定した連撃への対応──。テストの内容によって周囲の環境が荒涼とした平地や険しい山岳地帯へと目まぐるしく切り替わることもあったが、その中には、もう先ほどのようにクラナダをからかうような内容のテストは一つも無かった。カグツチは「伝説」の名に相応しい極めて精緻な観察眼で、彼女の能力の輪郭を一つずつ、正確に剥ぎ取るように確かめていった。
「──よし、それじゃあ、テストはこれですべて終了。サイコハイムを解くよ」
すべてのカリキュラムを終えると、カグツチが穏やかにそう告げた。
ゆっくりと目を開けると、視界を覆っていた精神世界の景色が霧散していく。そこには、サイコハイムに入る前と何一つ変わらない、現実の、色彩を欠いた立方体の訓練室が広がっていた。
「お疲れ様。よく頑張ってくれたね」
現実の床に胡座をかいたまま、カグツチが労うように微笑む。クラナダは完璧な正座の姿勢を保ったまま、乱れそうになる呼吸を抑えて深く一礼した。
「……お疲れ様でした、教官」
カグツチの視線が逸れた隙に、クラナダは胸の内で小さく、深く息を吐き出した。
サイコハイムによる擬似戦闘は、現実の肉体を直接傷つけない代わりに、脳と精神に極限の集中力を要求する。それゆえに、驚くほど疲弊しやすい。クラナダは今回、二時間近くに及ぶサイコハイムの同調を維持し、カグツチの課す過酷なメニューをこなしてみせたが、これは異例の領域だった。平均的な同世代のパトゥアであれば、わずか三十分であっても、心と体を限界まで摩耗させてまともに動けなくなるはずなのだ。
だが──対面するカグツチの顔には、疲労の色の欠片すら見当たらなかった。
現実世界に戻ったいま、彼の身体に宿るハイムは、事前に聞いていた通りに衰え、弱々しいものへと戻っている。しかし、力に依らない領域──技術、経験、そして精神の不磨の境地において、この男は自分のはるか遠くに立っているのだと、クラナダは静かに息を呑んだ。
「あれ、少し眠そうだね?」
クラナダの僅かな機微を察したのか、カグツチが可笑しそうに顔を覗き込んでくる。クラナダはすぐさま背筋をさらに硬く伸ばし、冷徹なトーンで言い返した。
「眠くなどありません。パトゥアとして、この程度の負荷で醜態を晒すなどあり得ません」
「そう? 無理しなくていいのに。眠ければそこで横になって寝ちゃっても良いんだよ?」
「……結構です。いまはカリキュラムの最中のはずです」
クラナダは自らを律するように床を蹴り、毅然とした動作で立ち上がった。そして、自ら次の教導を促すべく、教官を真っ直ぐに見据える。
「教官、次の指示を。次は何を行いますか」
「ん? いや、今日はここまでだよ」
カグツチは緊張感のない声を漏らし、ひらひらと手を振った。
「え……?」
思わずといった風に、クラナダの唇から当惑の声が漏れる。まだ一日のスケジュールは半分も消化していない。怪訝な表情を隠さない彼女に対し、カグツチは胡座を解いて立ち上がりながら、のんびりと理由を説明した。
「今日、この目でしっかりと『生のクラナダ』のデータを見せてもらったからね。これを持ち帰って、じっくり分析した上で明日以降の指導内容を決める。だから、今日はお開き。この後は自由行動、好きにしてて良いよ」
「自由、行動……ですか? しかし、私は──」
「じゃ、また明日ね」
言葉を重ねようとするクラナダを遮るように、カグツチは「バイバイ」と軽く手を振ると、授業が終わって学校に背を向ける児童のような軽やかさで、そのまま訓練室の重厚な金属扉の向こうへと去っていってしまった。
自動扉が閉まり、電子音が鳴り響く。
広大な無機質の空間に、クラナダはぽつんと一人、取り残された。
「自由行動、と言われても……」
彼女は戸惑ったように、自分の色白の両手を見つめた。
白銀機関で生み出された、優秀な兵器──完璧なパトゥアとしての教育を叩き込まれてきた彼女のこれまでの訓練生活において、「自由行動」などというお気楽な時間はそう許されるものではなかった。与えられるのは常に、管理された過酷なカリキュラムだったからだ。
クラナダは数秒ほどその場に立ち尽くしていたが、やがて思考を切り替えるように小さく首を振ると、右手を虚空へと伸ばした。意識を集中させ、ネイズの柄を強く握り締める。
結局、彼女にできることは一つしかなかった。クラナダはそのまま誰もいない訓練室に一人残り、静かに個人鍛錬を始めるために、再び純白の光の刃で天を突いた。




