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第4話「父の名誉が、返ってきた」



 ジークハルトの調査が終わったのは、夜会の三日後だった。


 公爵邸の応接室に通されると、机の上に書類の束が置かれていた。ジークハルトは立ったままノラを待っていた。


 「座れ」


 座った。ジークハルトも向かいに座った。


 「結果を話す」と彼は言った。「十二年前、ベルタ国財務省の横領事件——実行犯はオスカーだ。お前の父は、内部調査の過程でそれを発見しかけた。オスカーは先手を打って、横領の証拠をお前の父に着せた。証拠は書類の改竄と、証言の買収による」


 ノラは書類を受け取った。


 父の名前があった。横領犯として記録されていた名前が、今この書類の中では「被害者」として記載されている。十二年間、その文字が逆だった。それが今、一枚の書類でひっくり返っている。


 声が出なかった。


 「泣いていい」とジークハルトが言った。


 「泣きません」とノラは言った。「泣く前に、やることがあります」


 「何だ」


 「これをベルタ国王に提出する手続きを、手伝ってください。父の名誉を、正式に回復させたい」


 ジークハルトは少し止まった。「アルダの名前を使えば、オスカーをもっと徹底的に——」


 「父が望むのは、名誉の回復です。相手を潰すことではない」


 「……お前は優しいな」


 「違います」とノラは言った。「父に似ているだけです。あの人は、誰かを傷つけることで自分の正しさを証明したい人間ではない。私もそうです」


 ジークハルトはしばらくノラを見た。それから立ち上がった。「俺も同席する」


 「なぜですか」


 「お前一人では行かせない」


 「しかし、あなたが同席すれば話が大きくなります」


 「それでいい」とジークハルトは言った。「お前の父の件を、俺は小さく終わらせる気がない」


────────────────────────


 ベルタ国王への謁見は、二日後に組まれた。


 ジークハルトが同席するとなれば、小国の王であっても無視できない。謁見の間には、ベルタの主要な貴族が揃っていた。オスカーも、呼ばれていた。


 ノラは証拠書類を持って、王の前に立った。


 「十二年前の横領事件について、新たな証拠が見つかりました。調査を行ったのはアルダ公爵閣下です」


 オスカーの顔が変わった。ジークハルトが壁際に立っているのを見て、一瞬で血の気が引いた。「そ、それは——」と言いかけた声が途中で割れた。


 書類が読み上げられた。


 横領の経緯。証拠改竄の手順。証言の買収に使われた金額。関わった人間の名前。全て、記録されていた。


 オスカーは何も言えなかった。言える言葉がなかった。


 国王が短く言った。「オスカー宰相を、即日停職とする。調査が終わり次第、処罰を決める」


 それから国王はノラに向き直った。「ハンス・ベッカーの件は、この国が誤りを犯した。正式に名誉を回復する」


 ノラは深く頭を下げた。


 声が出なかった。今度は本当に出なかった。


────────────────────────


 謁見の間を出た廊下で、ノラはしばらく壁に手をついて立っていた。


 十二年。父が横領犯と呼ばれ続けた十二年。仕事を失って、信用を失って、それでも誰かを恨む言葉を一度も口にしなかった父の十二年が、今日終わった。


 泣かないと決めていたのに、涙が出た。声は出さなかった。ただ、目から静かに落ちた。


 隣にジークハルトが立った。何も言わなかった。ただそこにいた。


 しばらくして、ノラは顔を上げた。


 「ありがとうございます」と言った。「あなたがいなければ、こうはなりませんでした」


 「俺がしたかったからした」とジークハルトは言った。「礼は要らない」


 「それでも、言います」


 ジークハルトは少し黙った。それから「ノラ」と呼んだ。初めて名前を呼んだ。


 「返事を、聞かせてくれ」


 ノラは涙を拭って、ジークハルトを見た。


 「妻になります」と言った。「ただし、一つだけ」


 「条件があるか」


 「私は媚びません。これからも言いたいことを言います。間違っていると思ったら言います。それでもいいなら」


 ジークハルトは少し間を置いた。


 「それ以外は要らない」と言った。


────────────────────────


(第5話へつづく)

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