第3話「社交界で、私は『小国の貧乏娘』と笑われた」
五日後、ジークハルトから使いが来た。
「王都の夜会に同行しろ」という内容だった。理由は書いていなかった。ハインツが口頭で補足した。「公爵が同席します。夜会でのことは、公爵が責任を持つとのことです」
「責任、とは」
「何があっても対処する、ということだと思います」
ノラはしばらく考えた。「ドレスは自分で用意します」と言った。
「すでに届いています」
扉の外に、箱があった。
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箱を開けて、ノラは少し止まった。
淡い灰青のドレスだった。派手ではない。しかし生地の質が、触れただけでわかるほど違った。縫い目が見えないほど細かく、装飾は控えめだが、どこをとっても手を抜いていない。
クラーラを呼んで見せると、「これ、もしかして王都でも指折りの仕立て屋の——」と言いかけて口を押さえた。
「何ですか」
「いえ、その……値段を想像したら、怖くなりました」
ノラはもう一度ドレスを見た。派手さを嫌う自分の好みを、誰かが汲んでいる。会ってまだ数日の相手が。
それについては、後で考えることにした。
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夜会の会場に入った瞬間から、視線が刺さった。
「あの娘が、公爵の——」「小国の出でしょう、どこの誰かしら」「ベッカーって、横領で失職した外交官の娘じゃない?」
扇の陰での囁きは、充分聞こえていた。
ジークハルトは隣にいたが、何も言わなかった。それでいいとノラも思った。いちいち反応していたら夜が持たない。
カリンが来たのは、会が始まって一時間ほど経った頃だった。
金髪を高く結い上げた、整った顔の女だった。友人らしき令嬢を数人連れて、ノラの前に立った。笑顔だったが、目が笑っていなかった。
「まあ、素敵なドレスですこと」とカリンは言った。「どちらの仕立て屋で?」
値段を聞いている。馬鹿にするために。ノラはその意図を一秒で読んだ。
「存じません。人から頂いたものですので」
「まあ」とカリンが笑った。「もらい物を着てくるなんて、ずいぶん図太い神経ですのね」
周囲がくすくすと笑った。
「そうですね」とノラは言った。「ただ、自分で稼いだお金で買ったものより、誰かが選んでくれたものの方が、私は好きです」
少し間を置いた。
「あなたはどうですか、カリン様。今日のそのドレスは、誰かに選んでもらいましたか。それとも——公爵様に買っていただいた?」
空気が変わった。
カリンの顔が赤くなった。「何が言いたいの」
「何も。ただ、人の服の値段を最初に聞く方が、もらい物を着てくる私より、少し品がないと思っただけです」
その瞬間、ノラの隣にジークハルトが来た。
何も言わずにノラの隣に立って、カリンを一瞥した。カリンが反射的に一歩引いた。
「カリン」とジークハルトは言った。「一つ聞いていいか」
「は、はい、何でしょう」
「お前が今月、俺の名前を使って介入した商取引が三件ある。今夜中に説明してもらいたい」
カリンの顔から血の気が引いた。「そ、それは——」
「記録は全部ある」とジークハルトは続けた。「説明できないなら、明日王宮に書類を提出する」
夜会の周囲が、しんと静まった。全員が見ていた。
「——謝れ」とジークハルトは静かに言った。「俺の客人に」
カリンは一秒動けなかった。それから、深く頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
ノラは「いいえ」とだけ言った。それ以上は何も言わなかった。
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帰り道の馬車の中は静かだった。
しばらくして、ノラは口を開いた。「あのドレスは、あなたが用意したんですか」
「そうだ」
「なぜ私の好みがわかったんですか」
「ハンス・ベッカーの娘について、調べた」
ノラは少し考えた。「調べた、とは」
「お前が何を好んで、何を嫌うか。外交の場でどう振る舞い、どう判断するか。——三年分の記録があった」
三年分。ノラは窓の外を見た。
「カリンの件は、もともと調べていたんですか」
「三日前から」とジークハルトは答えた。
「三日前というと、私と会った日ですね」
「そうだ」
ノラが次の言葉を考えていると、ジークハルトが先に言った。
「お前が傷つく前に終わらせたかった」
窓の外を見たまま言った。こちらを向かずに。
ノラは少しの間、それを聞いていた。
「……そのドレスですが」とノラは言った。「派手でなくて、よかったです。ありがとうございます」
ジークハルトは何も言わなかった。しかし耳の端が、かすかに赤かった。
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(第4話へつづく)




