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薬草の朝

 乳棒が、石臼を鳴らした。


 自分で立てた音だった。七年間、王宮の調薬室で似た音を聞いてきた——ただしあのとき道具を動かしていたのは、評議会附属の調薬士だった。ルイーゼは指示を出し、記録を取り、搬出を管理した。乳棒を自分で持ったことは、一度もなかった。


 オシバナを砕いていた。乾燥させて三日が経つ白い小花だった。砕きながら、粉末の粗さを確かめた。少し粗いくらいでいい——煎じるわけではないから、細かく砕く必要はない。その判断が、記録ではなく手から出てきた。


 粉末の香りが違った。王都の精製品は抑えられた植物臭だったが、ここの生薬は土と草の匂いが混じっていた。悪くはなかった。むしろ、これが本来の形なのかもしれなかった。




「道具は足りているか」


 ヘンリクが戸口から顔を出したのは、朝飯の前だった。


「乳鉢と乳棒は借りられました。保存用の陶器が、できれば六本ほど」


「倉庫に古いのがある。見てみろ」


 倉庫に行くと、棚の奥に陶器が六本並んでいた。大小様々で、どれも使い込まれているが割れていなかった。蓋つきのものが三本あった。


「使えます。ありがとうございます」


「薬棚は台帳室の窓際が一番乾燥している」とヘンリクは言った。「あそこを使え」


「わかりました」


 ヘンリクはそれだけ言って、また外に行った。何も問わなかった。調薬を始めることへの許可も確認も求めなかった——ルイーゼが「できることを、できる範囲でやる」と言ったとき、ヘンリクはそれを覚えていた。覚えていて、そのまま信じていた。




 午前、ミナが訪ねてきた。


「夫が鎌で指を切りまして」と彼女は言った。「縫うほどではないと言うんですが、三日経っても腫れが引かなくて」


 ミナの夫のガレスは、四十代の農夫だった。人見知りなのか口数が少なく、包帯を巻いた右手を黙って差し出した。


「少し開けていいですか」


 ガレスは頷いた。


 傷は浅かった。ただ、農作業の土が入り込んでいた。熱を持っていたが、膿んではいなかった。洗浄すれば対処できる。


「洗浄して、薬草の粉末を当てます。三日で熱が引かなければ、また来てください」


「……はい」とガレスは言った。短かったが、否定ではなかった。


 処置が終わって、ガレスは立ち上がった。包帯を確認して、ルイーゼを一度見た。


「……助かります」と彼は言った。それだけだったが、嘘のない声だった。


 処置の間、ミナが「これ、最初のお客さんですね」と言った。


「そうなります」


「十年前まで、この村にゴドフォーという薬師がいたんです。三十年以上いてくれた人で——亡くなってから、村全体が少し縮んだ気がしました。具合が悪くなるのが怖くなった、というか」


 ルイーゼは処置を続けながら聞いた。三十年の薬師が亡くなって、十年。その間、この村で誰かが熱を出すたびに、半日歩いて隣村まで行っていた。


「そういう意味では」とルイーゼは言った。「薬草の知識がある者がここにいることは、役に立つかもしれません」


「役に立つ、じゃなくて」とミナは少し笑った。「ルイーゼさんがいてくれると、安心します」


 ルイーゼは包帯の結び目を確認した。


 役に立つ。いてくれると安心する。似ているようで、出所が違う言葉だった。前者は七年間、そればかり受け取ってきた。後者を受け取ったのが、いつだったか——思い出せなかった。おそらく、なかった。




 午後は採取ではなく、確認のために川の土手を歩いた。先日特定した薬草の群生地点を記録に落とし、季節ごとの収量を見積もるための下調べだった。


 ラウルがついてきた。今日は一人だった。


「また来たの」


「また来ました」


「昨日も来てたよね。その前の日も」


「薬草は毎日見ないとわからないことがあります」


 ラウルはしばらく黙って歩いた。川の流れる音だけがあった。それから「ルイーゼさんって薬師なの」と聞いた。


「……正確には違いますが、薬草の知識はあります」


「何の仕事だったの」


「いろいろな仕事をしていました」とルイーゼは言った。「薬草の管理と、書類の仕事と、他にもいくつか」


「それ全部一人でやってたの?」


「……はい」


「なんで?」


 ルイーゼは少し止まった。川の流れる音がしばらく続いた。


「なんで、というのは」


「一人でやらなくちゃいけなかったの。それとも一人でやりたかったの」


 八歳の子供が、思ったより正確な問いを立てた。ルイーゼはしばらく歩いてから、「……前者です」と言った。


「ふうん」とラウルは言って、先の岩に駆けていった。


 川沿いの群生地でセイヨウカノコソウを見つけた。白い小花が束になって咲いていた。花期はまだあるが、秋になれば根を収穫できる。根の乾燥粉末は鎮静に使える——王都では精製品を輸入していたが、ここでは自分で加工する必要があった。


「できます」とルイーゼは言った。


「何が?」と岩の上からラウルが聞いた。


「……ここの薬草でも、王都と同じように使えるものがあります」とルイーゼは言った。「加工の仕方さえわかれば」


「すごいの?」


「普通です」


「じゃあすごくないじゃん」


「……そうかもしれません」


 ルイーゼは記録を続けながら、その言葉が自分の中に少し残っているのに気づいた。「できます」と言ったとき、声に確かさがあった。七年間、王都で「できます」「やれます」と言い続けた。ただし、あのときの確かさとは——場所が違った。使う相手が違った。




 小屋に戻ると、ヘンリクが外で待っていた。


「話がある」と彼は言った。


 中に入って、向かい合った。


「東の区画で、麦に虫がついているという話が来た」とヘンリクは言った。「今年は広がり方が例年より速いらしい」


「どんな虫ですか」


「羽がある。金と黒の、小さいやつだ」


 金と黒。羽あり。麦に寄生。


 それだけで、頭の中で候補が二つ浮かんだ。どちらかによって対処が変わる。どちらかを確かめるには現物を見る必要があった。


「明日、見に行けますか」


 ヘンリクは少し間を置いた。「一緒に行くか」と言った。確認するような声だった。


「見てみないとわかりません」とルイーゼは言った。「農業の知識は基礎だけですが、記録はあります。七年間、農業試験場の管理を担当していたので」


「……農業試験場も、か」とヘンリクは言った。静かに、何かを確認するような口調だった。


「はい」


 ヘンリクはそれ以上は問わなかった。


「ルイーゼ、明日の朝、東の畑へ」




 夜、台帳室の窓際に陶器を並べた。


 六本、横一列に。一番左の一本にだけ、今日砕いたオシバナの粉末が入っていた。ヘンリクから借りた木札を一枚立てかけて、名前と用途を書いた。止血用、と。


 蝋燭を近づけると、陶器の肌が薄く光った。


 残り五本は、まだ空だった。


 空であることは問題ではない、とルイーゼは思った。一本目が入ったのが、今日だった。二本目は、明日以降に決まる。


 明日は東の畑へ行く。農業の問題を見てくる。台帳は五冊目が残っている。薬草の代用表はまだ途中だ。


 やることが、ある。


 それだけで、夜が少しだけ違った長さに感じられた。



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