名前で呼ばれる朝
薪の燃える匂いがした。
松脂の焦げた甘みと、湿った木の芯が乾いていく低い匂い。ルイーゼは目を開ける前に、それを嗅いだ。炉はまだ燃えていた。夜のうちに足しておいた薪が、朝になっても消えずに残っていた。
十二月の朝だった。
起き上がって、まず薬棚を確かめた。
乾燥束の端がほどけかけているものが一つあった。麻紐を結び直して、棚の奥に押し込んだ。次に処方記録帳を開いた。昨夜書き残した項目が二つある——コラの息子の熱の経過記録と、フォルタばあさんの関節薬の調合比率の修正案。余白に、今日の予定を書き足した。午前中に北の林縁で柊薄荷を摘む。
窓を少し開けた。冷気が入った。雪の匂いではなかった。
行ける、と判断した。
外に出ると、空が白かった。
雲が低い。太陽は見えなかったが、光は均等に地面に落ちていた。村の道には昨夜うっすら積もった雪が残っていたが、深さはなかった。ルイーゼは薬草籠を腕に掛けて、北の林縁へ向かった。
道沿いに、ヘンリクの家があった。煙突から煙が出ていた。朝早くから起きている。いつものことだった。
ルイーゼは足を止めなかった。通り過ぎた。
北の林縁は、村から歩いて十数分のところにある。
松の木が多く、冬でも葉を落とさない。その根元と枝の影に、雪が積もりにくい場所がある。そこに柊薄荷が生える。霜が降りても根が死なない丈夫な草で、関節の熱を下げる薬に使う。フォルタばあさんが冬になると決まって痛むと言う。膝と指の第二関節と、左肩の付け根。三カ所。今年は調合比率を少し変えた。左肩の痛みが長引くのは、朝の冷え込みと関係しているとルイーゼは見ていた。
草は見つかった。根元から摘んだ。指先が冷えたが、麻手袋をしていたので感覚はあった。
必要な量を摘んで、籠に入れた。
帰り道に、集会所の前を通ると、ヘンリクが出てきた。
手に書類を持っていた。いくつかの紙を重ねて持って、何かを確認しながら歩いていた。ルイーゼを見て顔を上げた。
「薬草採りか」
「はい。柊薄荷を」
「フォルタ婆さんの膝か」
「膝と肩です」
ヘンリクが少し頷いた。頷き方が一度だけ、短く落ちて戻ってくる。それがヘンリクの「分かった」だった。
「昨日の荷馬車に、あんたの手紙を乗せたか?」
「はい。昨日の朝、御者さんに預けました」
「そうか」
ヘンリクは書類に目を落として、また何かを確かめた。
「冬の道は遅くなる。届くのは十日後か、二週間か」
「分かっています」
それだけを言って、二人は別れた。特に何もなかった。朝の道で少し話して、それぞれの方向へ歩いた——それだけのことだった。
薬草を持ち帰り、乾燥棚に吊した。
午前中の仕事は薬の準備が中心だった。フォルタばあさん用の関節薬の新しい調合分、コラの息子の熱が続く場合の予備薬、それからロウエル家の赤子のための哺乳補助薬。
乳鉢に薬草を入れ、石の杵で押した。粗くなった草が崩れて、青みがかった粉になった。匂いが立った。冬の草は夏より香りが強い、とルイーゼは思う。乾燥した空気の中で成分が凝縮するせいかもしれない、と考えているが、確かめた記録がまだない。来年の夏と冬で比較してみる予定だった。
今年の、ではない。来年の。
その言葉を、ルイーゼは心の中で一度繰り返した。来年、ここにいて、比較する。当たり前のことだった。
昼前に、コラが来た。
布の包みを抱えていた。扉を叩いて「入ってもいい?」と声をかけた。「はい」と答えると、入ってきた。包みを机の端に置いた。
「ドネルのおじさんが、この芹葉黄連、あなたに届けるよう言ってたんだけど、今朝うちに持ってきたから」
「ドネルさんから聞いていました。ありがとうございます」
コラが包みをほどいた。芹葉黄連が束になって出てきた。乾燥させてある。白い根の部分が粉を吹いていて、よく乾燥している。
「よく乾いていますね」
「おじさん、几帳面だから」
ルイーゼは受け取って、棚の引き出しに入れた。
「……手紙、届けた?」
コラが言った。声の質が少し変わっていた。昨日の話を続けているのだと分かった。
「はい。昨日の朝に」
「そっか」
コラが少し間を置いた。
「これで向こうに届いたってことか」
「届くのはもう少し先です。道が遅くなるので」
「ああ、そうか。じゃあよかった」
コラが顔を向けた。
「ていうか、殿下って手紙書けたんだ」
「……そうですね」
思わずそんな声が出た。コラが少し目を丸くして、それからふっと笑った。ルイーゼの口元も、知らないうちに緩んでいた。
コラはそれ以上聞かなかった。椅子に腰を下ろして、炉の方を少し見て、立ち上がった。「じゃあ、また」と言って出ていった。
ルイーゼは乳鉢の作業に戻った。粉が少し固まっていた。杵で押し直した。
午後は薬を届けに出た。
最初にフォルタばあさんの家。北の通り沿いの、屋根の低い石造りの家だった。扉を叩くと少し間があって、「誰だ」と声がした。
「ルイーゼです。薬を持ってきました」
「入んな」
中に入った。暖かかった。フォルタばあさんが炉の前の低い椅子に座っていた。毛布を膝に掛けて、何かを編んでいた。
「今日は膝はどうですか」
「昨日よりはましだ。朝は悪かったが、昼から動かしたら少し楽になった」
「左肩は」
「相変わらず。朝が一番きつい」
ルイーゼは薬の包みを渡した。調合比率を変えた新しい分だった。
「今回は左肩の薬に柊薄荷を少し加えています。朝の冷え込みで悪化しているなら、血の巡りを温める成分が補助になるかもしれません。一週間試して、変わらなければまた変えます」
「試すのか」
「まだ確かめていないので」
フォルタばあさんが鼻で笑った。「正直だな」と言った。
「正直でないと、効かなかったときに困ります」
「それもそうだ」
フォルタばあさんが薬の包みを受け取った。節張った指が包みを押さえた。
「……来年の春はどうなるかね」
「どういう意味ですか」
「あんたが、ここにいるかどうかってことだ」
ルイーゼは少し間を置いた。
「います」
「そうか」
「来年の夏と冬で薬草の成分を比較する予定があります。ここにいないとできないので」
フォルタばあさんがまた鼻で笑った。今度は少し違う笑い方だった。「そういう言い方をするもんだな」と言った。
「比較の計画があるのは本当です」
「知っとる」
フォルタばあさんが節張った指で毛布の端を引き直した。膝の上で毛布をぴんと張り、両手で押さえた。それから編み棒を取り上げた。
「来週も来るか」
「来ます」
「再来週も」
「来ます」
フォルタばあさんが短く頷いた。編み棒を一本取り直した。話が終わったという意味だとルイーゼには分かった。
「また来週来ます」
「ああ」
扉を閉めた。外が寒かった。
次に、コラの息子の熱を確認しに寄った。「昨日から平熱です」とコラが言った。ルイーゼは首筋に手を当てて確かめた。熱はなかった。「今日で薬は終わりにします。もし再発したらすぐ来てください」と伝えた。コラが頷いた。
夕方になって、村の外れまで歩いた。
特に用事はなかった。記録帳を脇に抱えて、道の端に立って、雪の積もりかけた畑の向こうを見た。林の向こうの空が赤くなっていた。雲の切れ間から、水平に光が差していた。
足の下で、雪が締まった音を立てた。踏み込むたびに薄い層が割れて、下の固い地面が返ってくる。息を吐くと白く広がって、すぐに消えた。風が頬の左側だけに当たった。冷たかったが、痛くはなかった。
手紙は昨日の朝に出した。
届くのは二週間後かもしれない。返事が来るのはさらにその後だろう。あるいは、来ないかもしれない。来ないというのも——一つの答えだとルイーゼは思っていた。来ればそれ、来なければそれ。七年間の重さは手紙一通で変わらない。ただ、今朝の空気を吸って、柊薄荷を摘んで、乳鉢で薬草を押して——その一つ一つが今日ここにあった。
ルイーゼは記録帳を脇に抱え直した。
フォルタばあさんの左肩の薬は、一週間試さないと分からない。ドネルの畑の土の深さは、春にならないと測れない。来年の夏と冬の薬草の成分比較は、来年になるまで始まらない。
その全部が、まだここにある。
冷えてきたので戻ることにした。
家に戻る前に、路地を一本だけ遠回りした。特別なことは何もなかった。ロウエル家の前を通った。窓から赤子の声が聞こえた。元気そうだった。鍛冶のマクダルの小屋の前を通った。金属を叩く音が奥から聞こえた。
道が、静かになった。
誰もいなかった。
光が均等に落ちていた。雪の残った地面が白く、空も白く、間に村の建物が灰色に立っていた。煙突から煙が上がっている家が三軒。
ルイーゼはその場に少し立っていた。
寒かったが、冷えきってはいなかった。麻手袋の中で指先が温かかった。薬草籠の重みが腕にあった。今日摘んだ柊薄荷が入っている。芹葉黄連が引き出しにある。明日も仕事がある。
家に戻って、薬の準備の続きをした。
乳鉢を出した。薬草を計って、刻んだ。粉を量って、配合を確かめた。記録帳に書いた。午後の光が薬棚の二段目を照らした。
炉に薪を足した。
仕事が続いた。
夜になった。
ルイーゼは記録帳を開いて、今日の分を書いた。
柊薄荷、採取。林縁、在庫あり。
フォルタばあさん、薬の新調合分を渡した。一週間後に経過確認。
コラの息子、平熱を確認。投薬終了。
芹葉黄連、コラより受け取り(ドネルより)。引き出しに収納。
ペンを置いた。
炉の薪が、低く鳴った。ルイーゼは顔を上げて、炉の中を見た。
火が燃えていた。
机の上に記録帳と、今日使った乳鉢と杵。棚に芹葉黄連。乾燥棚に今朝摘んだ柊薄荷。
明日も朝が来る。薪の匂いがして、薬棚を確かめて、外の空を見て——そうして始まる。フォルタばあさんの左肩。ドネルの畑の一角。コラの息子。ロウエル家の赤子。それぞれに、続きがある。
手紙は今夜もどこかを移動している。あるいは、どこかの宿場で止まっているかもしれない。それはルイーゼには分からなかった。分からないままで、今日の仕事は終わった。
ルイーゼは炉の前の椅子に腰を下ろした。
机の端に、今朝から使い続けた乳鉢が置いてある。薬草の粉の匂いが、まだわずかに残っていた。
これが続く、とルイーゼは思った。明日の朝も、これで薬草を押す。
炉の薪が一度沈んだ。赤い核が外に出た。静かに燃えていた。




