最初の朝
靴底に土の感触があった。
石畳ではなかった。踏み固められた土の道で、霜がうっすらと白くなっていた。踏むたびに、微かな音がした。王都の石の廊下とは全く違う音だった。エドワードは一歩踏み出してから、しばらくその感触のままでいた。
馬車宿の扉を出たのは、朝の光が低い角度から差しこんでいる頃だった。
クレマンは宿に残した。「少し歩く」とだけ言った。クレマンが何か言いかけたが、エドワードは既に外に出ていた。
寒かった。冬の辺境の朝は、王都の冬より乾いていた。空気が薄く澄んでいて、吐く息が白かった。遠くの山の輪郭がはっきりしていた。王都にいると空が建物に切り取られていた。ここでは空が大きかった。
昨日、村に入ったときに見た風景を、もう一度確かめたかった。
馬車の窓から見た石の家並み。農具を肩に担った女の目。ヘンリクの、歓迎も拒絶もない淡々とした応対。あの夕刻に感じた何かを——言葉にできないまま、もう一度見たかった。
広場に出ると、既に人が動いていた。
広場を横切ると、井戸の近くで若い女が桶を引き上げていた。顔を上げた。目が合った。
女は小さく顎を引いた。挨拶の形だった。それだけだった。
エドワードは同じように顎を引いた。女は桶を持って歩き始めた。もうエドワードの方を見ていなかった。
奇妙な感覚だった。
無視ではなかった。追い払う気配もなかった。ただ——それだけだった。今朝の仕事をする人間として、エドワードがいた。それだけのことだった。宮廷では七年間、どこへ行っても自分が王太子だという圧力があった。空気が変わった。人々の動きが変わった。ここでは——変わらなかった。
村の外れの方へ歩き始めたとき、足音がした。
小さかった。石畳の上を走る、軽い足音だった。
「待って」
振り返ると、子供がいた。六つか七つか——男の子で、毛皮のついた上着を着ていた。頬が赤かった。息が白かった。走ってきたらしかった。
エドワードは立ち止まった。
「馬車」と子供は言った。「昨日来た馬車、あれ何頭いるの」
エドワードは少し待った。質問の意図を測る間があった。しかし子供の目は澄んでいた。純粋に馬車が珍しかった。それだけだった。
「二頭だ」とエドワードは言った。「もう一台にも二頭ずつ」
「四頭」と子供は言った。「四頭で引くの?」
「四頭いる。ただし一台ずつだ」
「……なるほど」と子供は言った。大人びた相槌だった。「村の荷馬車は一頭だから」
「そうか」
「どこから来たの」
「遠い場所だ」とエドワードは言った。「南の方の、大きな街だ」
「街って、クラウゼルみたいな?」
「……そうだ」
「知ってる。行ったことないけど」と子供は言った。「行商のおじさんが話してた。大きくて、石の道が全部つながってて、夜でも灯りがついてるって」
「以前はそうだった」とエドワードは言った。
子供は首を傾けた。「以前は?」
「今は、一部の灯りが消えている」
「なんで」と子供は言った。単純な問いだった。
エドワードは答えを持っていなかった——正確には、答えを持っていたが、その答えを声に出すのが難しかった。「管理していた人間がいなくなったから」という答えは、今この場所で言うべきではないような気がした。
「いろいろある」とエドワードは言った。
子供は少し考えてから、言った。「名前は?」
「エドワードだ」
「エドワード」と子供は繰り返した。確かめるように。「エドワードさん」
「そうだ」
「いろいろあると、灯りが消えるの?」
「そうなることもある」
「ふうん」と子供は言った。「村の灯りも、油がないと消える。お母さんがいつも言ってる」
エドワードは少し間を置いた。「そうだ。同じことだ」
「ふうん」と子供は言った。納得したのかしていないのか分からない返事だった。それから少し間を置いて、言った。「帰りは馬車見せてもらえる? 近くで見てみたい」
「許可を取ればいい。御者に聞け」
「エドワードさんには聞かなくていいの?」
「……私が持ち主だが」とエドワードは言った。「御者に頼む方が話が早い」
「ふうん」と子供は言った。少し間があった。「馬、触れる?」
「それは御者に聞け」
「御者のおじさん、怖い顔してるから」
「顔が怖くても、悪い人間ではない」とエドワードは言った。「聞いてみれば分かる」
「……エドワードさんも最初は怖い顔してた」と子供は言った。「でも今はそうでもない」
エドワードは少し間を置いた。「そうか」
「わかった」と子供は言った。それだけで走って戻っていった。元来た道をまっすぐに、息を白くさせながら。
エドワードはしばらくその後ろ姿を見ていた。
「エドワードさん」と呼んだ。王太子殿下、ではなかった。エドワードさん。名前だけで呼んだ——それが、不思議と重かった。名前だけで呼ばれることに慣れていなかった。
少し離れた場所に、人影があった。
ふと気づいた。村の通りのやや後方——廃屋の角のあたりに、若い女が立っていた。背が高く、腕を組んでいた。こちらを見ていた。
目が合った。
女は視線を外さなかった。逸らさなかった。追い払う目ではなかった。計算する目でもなかった——ただ見ていた。確かめるように。この男がどういう人間かを、距離を置いて見極めようとしているような目だった。
エドワードは視線を戻した。
女は動かなかった。
なぜ自分をここまで見るのか、とエドワードは思った。警戒ではない。値踏みだった——ルイーゼの周囲にいる人間を、近づける前に見極めようとしている目だった。この村でルイーゼを守る立場にある人間の目だ、と思った。
何かを言われることはなかった。
村の端の方まで歩いた。
道が土から草に変わり、草が霜で白くなっていた。建物が途切れて、小さな林と畑が見えた。収穫の終わった畑の土は黒く、霜の白さがその上に薄く広がっていた。
人がいた。
一人だった。
植物が生えている場所の前にしゃがんで、何かを摘んでいた。背中が見えた。藍色の上着で、銀灰色の髪が後ろで束ねられていた。指が動いていた。一本一本、確かめるように植物に触れていた——摘む前に触れ、それから摘む。その動きが繰り返されていた。
エドワードは立ち止まった。
分かった。
分かって、動けなかった。七年間、毎日どこかにいた人間が、今十歩ほど先にいた。七年間、廊下で気配として感じていた人間が、今朝の空気の中にいた。
声を、かけなかった。
かけようとして——止まった。
何かを言おうとした。「久しぶりだ」でも「戻ってくれ」でもよかった。しかし言葉が出る前に、その背中を見た。
動いていた。
仕事をしていた。朝の仕事を。霜が降りた草の中で、しゃがんで、指で植物に触れて、摘んで、籠に入れていた。その動きに——止まるものがなかった。
中断するものがなかった。
自分が来たことで、その動きが変わらなかった。あの背中はこちらに気づいていなかった——いや。
気づいていた、とエドワードは思った。
知っている。気づいている。それでも振り返らなかった。振り返る必要がなかった。今日の仕事が今日の仕事としてそこにあった。朝の薬草採りが、それだけで完結していた。
七年間、自分の執務室で、あの人間が何をしていたか——今この瞬間、初めて分かった気がした。
「補佐役」という言葉で呼んでいた。役割の名前で呼んでいた。しかしあの背中は——役割ではなかった。一人の人間が、今日の仕事をしていた。その仕事が、たまたま今日は薬草採りだった。
指が止まらなかった。動き続けていた。
いつの間にか、息を止めていた。気づいたとき、肺の奥に圧迫があった。ゆっくり吐いた。白い息が出た。足を一歩動かそうとして——思ったより重かった。膝ではなく、もっと上の方が重かった。胸の、どこかに。霜の溶けた草から湿った土の匂いがした。遠くで鳥が鳴いた。自分の靴底が土を踏む音が、妙にはっきりと耳に届いた。王都を出てから七年分の何かが——今この朝の空気の中に、重さを持って在った。
エドワードは来た道を戻り始めた。
声をかけなかった。かける言葉を持っていなかった。持っていない、ということが——王都を出てから初めて、腑に落ちる形で分かった。
ルイーゼは、背後の気配が遠ざかるのを感じた。
足音が土の上にあった。靴底の硬い音だった。村の靴ではなかった。遠ざかっていった。やがて聞こえなくなった。
指が動き続けていた。
分かっていた。来たときから分かっていた。朝の空気に混じった気配の種類が違った。村人の気配には——薪の匂いと土の匂いと、日々の繰り返しの重さがある。この気配にはそれがなかった。旅の人間の気配だった。
振り返らなかった。
振り返る必要がなかった——そう言えば正確ではなかった。振り返らないことを、選んだ。今日の朝の仕事がここにあった。植物がここにあった。指がその感触を確かめていた。今日の仕事はここに在った。
今日の仕事を続けた。
霜が解け始めていた。草の縁が湿り始めていた。指先が少し冷えていた。薬草の茎の固い感触があった。葉の縁が指の腹に当たった。一つ摘んで、また次を探した。
ヤヌシュの診は今日だった。
明後日と言ったが、計算が一日ずれていた——正確には今日の夕方に状態を見て、問題がなければ明日が最後の診になる。だとすれば今朝の薬草は今日と明日の分を用意しておかなければならなかった。
指が動いた。
気配はもうなかった。
ただ、あったことは確かだった。来て、止まって、去った。声をかけなかった——それが何を意味するか、今は考えなかった。今日の仕事を今日の手が進めていた。それで十分だった。
小屋に戻ったのは、朝の光が少し高くなった頃だった。
籠を棚に置いた。薬草を種類ごとに分けた。今日の診に使う分を手前に置いた。ヤヌシュは三日前から汗が出ていた。熱の山を越えていた。今日の診は確認のための診になる。処方を変える必要はないはずだった。
石臼を出した。
今日も仕込みがあった。
手が動き始めた。臼の柄の感触が戻ってきた。冷たかった。朝の外気と同じ冷たさだった。植物の乾いた匂いが立った。
戸が叩かれた。
二度だった。ヘンリクの叩き方だった。
「入ってください」
ヘンリクが入ってきた。いつもの椅子を引いて、腰を下ろした。少しの間、何も言わなかった。ルイーゼは臼を引き続けた。
「今朝、歩いていたな」とヘンリクは言った。
「薬草採りです」
「早かった」
「霜が解ける前に摘む方が、根がしまっていていいので」
「そうか」
また少し沈黙があった。外から朝の鳥の声がした。遠かった。
「あの人と、鉢合わせたか」
「……村の端で」とルイーゼは言った。「声はかけませんでした」
「向こうも?」
「向こうも」
ヘンリクは少し間を置いた。
「どんな様子だった」と彼は聞いた。
「遠くから見ただけです。止まって、それから戻っていきました」
「声をかけようとしたか」
「……そう見えました」とルイーゼは言った。「かけなかった、ということは」
「そうか」とヘンリクは言った。「それで十分だ」
何かを考えているような間があった。
「明日、会う場所を決めておきたい」と彼は言った。「どこがいいか、あんたに聞いておこうと思った」
ルイーゼは臼の動きを止めた。
場所。明日、エドワードと話す場所。
村の広場か。あるいは馬車宿か。あるいは——どこでもよかった、と思った。どこにいても、自分は今日の仕事が終わった後の自分だった。場所が自分を変えることはなかった。
「ここでいいです」とルイーゼは言った。
ヘンリクが少し止まった。
「この小屋か」
「はい」とルイーゼは言った。「私の場所です。ここが一番、私が私でいられます」
ヘンリクは何も言わなかった。
しばらく沈黙があった。重くはなかった。沈黙が小屋の中に静かに満ちた——臼の音も止まっていたので、外の鳥の声だけが遠くにあった。
「分かった」とヘンリクはやがて言った。「そう伝える」
「ありがとうございます」
「礼はいらない」とヘンリクは言った。「あんたが来ると決めたとき、俺も迎えると決めた。それだけのことだ」
「……それが、ありがたいんです」
ヘンリクは答えなかった。
また少し沈黙があった。ヘンリクは椅子の背に手を置いたまま、動かなかった。
「……怖くないか」と彼は言った。「あの人間と、ここで話すのが」
ルイーゼは少し考えた。「怖い、というのとは違います」
「では何だ」
「……分からない、というのが正直なところです」とルイーゼは言った。「でも、ここにいる自分は分かります」
ヘンリクは何も言わなかった。頷きもしなかった。ただ少し間を置いて、それから付け加えた。「今日のヤヌシュは」
「午後に伺います。状態がよければ、明日が最後の診になります」
「そうか」とヘンリクは言った。「ミナが楽しみにしていた」
「熱は下がりましたか」とヘンリクは聞いた。
「一昨日から平熱に戻っています」
「ヤヌシュも、少し動けるようになってきていますから」
「子供は回復が早い」とヘンリクは言った。「大人より肝が据わっている」
ルイーゼは少し考えて、言った。「そうかもしれません」
「ミナは心配性だから、あんたが来るたびに色々聞くだろう」
「聞いてくれた方がいいです」とルイーゼは言った。「分かっていることと分からないことを、両方伝えられますから」
「そうか」とヘンリクは言った。「正直な医者だ」
「正直でないと、困るのは患者ですから」
「村の連中もそう思っている」とヘンリクは言った。「だからあんたを信用している」
ヘンリクは立ち上がった。椅子を元の場所に戻した。扉に手をかけて、一度だけ振り返った。
「あんたは、ここがいいか」と彼は言った。問いではなく、確認に近い声だった。
「ここでいいです」とルイーゼは答えた。
ヘンリクは頷いた。
それだけで出ていった。
扉が閉まった。
ルイーゼは臼の柄を持ち直した。冷たかった。朝からの冷えが指の節にあった。外では朝の光が少し動いていた。午前の光だった。
今日の仕込みが、まだ残っていた。




