王太子が来た
音は、一晩経っても消えなかった。
車輪の音が止まったのは昨日の夕刻だった。村の入り口で止まったまま、今朝になっても動いた気配がなかった。ルイーゼは石臼を引きながら、それを確かめた——確かめる、というより、指の節の冷えと一緒に感じた。来た。来ている。村の外れのどこかに、今もある。
ヘンリクが来たのは、朝の薬草の仕込みが半分ほど終わった頃だった。
戸を三度叩いた。いつもは二度だった。
「入ってください」
ヘンリクは入ってきて、いつもの壁際の椅子を引かずに、戸口の近くに立った。
「馬車が来た」と彼は言った。「昨夜から村の入り口に止まっている」
「分かっています」とルイーゼは言った。「今朝、音がしなかった」
「二台だ」とヘンリクは言った。「王家の紋章が入っている。私が見てきた」
ルイーゼは臼の動きを止めなかった。乾いた薬草の粉が石の縁に積もっていた。
王家の紋章。密偵が引き上げた翌日。二台の馬車。
「……あの人ですか」とヘンリクは言った。
ルイーゼは答えなかった。
答えない、というのが答えだった。ヘンリクはそれを知っていた。少しの間、部屋に沈黙があった。外から朝の鶏の声がした。遠かった。
「どうする」とヘンリクは言った。「会うか」
「今日は仕込みがあります」とルイーゼは言った。「明後日、ヤヌシュの最後の診が終わってから」
「分かった」
「ヘンリクさん」とルイーゼは言った。臼の動きを止めずに。「村の人には、迷惑をかけたくないです」
「迷惑かどうかは村が決める」とヘンリクは言った。「あんたが決めることじゃない」
「私が会いに行く」とヘンリクは言った。「あんたは今日の仕込みを続けるといい」
「……ありがとうございます」
「礼はいらない」とヘンリクは言った。「村の仕事が先だ。それだけのことだ」
扉が閉まった。
ルイーゼは臼を引き続けた。薬草の粉が立った。乾いた植物の匂いが小屋に広がった。手のひらの中に石の柄の感触があった。冷たかった。昨日の冷えとは少し違う、今日の冷えだった。
広場に人が出始めたのは、それから間もなくのことだった。
ルイーゼには窓から見えた。広場に面した小さな窓で、村人たちが少しずつ集まっているのが分かった。集まる、というより——散らばっていた人間がそれぞれの場所に戻っていく動きだった。
コラが薪小屋の前に立った。ドネルが農具を手に取って畑の方へ歩き出した。誰もが急いでいなかった。誰も走っていなかった。ただ——それぞれが自分の場所に戻り、今日の仕事をする体勢になった。
自然に。静かに。壁が、できた。
ミナが広場を横切ってきた。小屋の戸を叩いた。
「ルイーゼさん」
「どうぞ」
ミナは中に入って、窓の方を一度見た。それから言った。
「今日、ルイーゼさんは薬の仕込みで忙しいですよね」
ルイーゼは少し止まった。
「はい」と彼女は言った。「今日は仕込みの日です」
「そうですよね」とミナは言った。声が落ち着いていた。ヤヌシュが熱を出していた日の声ではなかった——今日のミナの声には、何かを決めた人間の静けさがあった。「近所の人にも言っておきますね。今日はルイーゼさんは仕込みで手が離せないって」
「……ミナさん」
「なんですか」
「ありがとうございます」とルイーゼは言った。「でも、無理はしないでください」
「無理じゃないです」とミナは言った。「今日は私も仕事があるし、コラさんも畑がある。みんなそれぞれ自分の仕事をするだけです。ルイーゼさんも仕込みがある。それだけのことです」
「ヤヌシュ、今日もよかったです」とミナは続けた。「朝から粥を少し食べました。昨日より量が増えました」
「それは、よかった」
「あさっての診、楽しみにしています」とミナは言った。「ヤヌシュも」
それだけ言って出ていった。
ルイーゼは窓の外を見た。広場は静かだった。いつもの朝の静けさだった。ただ——その静けさが、今日は違う厚みを持っていた。人々が何かを決めて作った静けさだった。
手のひらの柄の感触が、少し温かくなっていた。
馬車が村に入ったのは、昼前だった。
エドワードには、それが分かった——馬車の外から子供の声がして、犬が吠えて、足音が変わった。土の道から石畳に変わった音が、馬蹄の下に聞こえた。村に入った。
エドワードは窓の布を少し持ち上げた。
最初に見えたのは、石の家だった。
低い家が並んでいた。壁は白く塗られていたが、塗り直した跡が何層にも重なっていた。屋根は草葺きと石葺きが混在していた。窓が小さかった。装飾がなかった。荷台に農具が積まれたまま停まっていた。
それだけだった。
それだけのはずだった——しかし、何かが違った。
エドワードはうまく言葉が出なかった。窓の外の風景を見ながら、宮廷で七年間聞いてきた「辺境の村」という言葉を思い返した。疲弊した土地。不毛な農地。寂れた集落——そういう言葉で語られていた場所が、今目の前にあった。
貧しかった。
それは確かだった。王都の外壁の内側にあるどの建物よりも、この村の家は質素だった。
しかし——薪小屋の前に立っていた若い女が、農具を肩にかけて振り返ったとき、エドワードはその目を見た。一瞬だけ見えた。
脅えていなかった。
貴族の馬車が入ってきても、身を縮めていなかった。ただ自分の場所に立って、自分の仕事の前に立っていた。
馬車が止まった。
クレマンが外に降りた。声が聞こえた。誰かと話していた。短い交換だった。やがてクレマンが戻ってきた。
「ヘンリク村長がお待ちです」とクレマンは言った。「こちらへどうぞと」
「……一人か」
「はい。村長だけです」
エドワードは布を戻した。
馬車の扉を開けた。外の光が目に入った。冬の光だった。空が白く高かった。
ヘンリクが広場の端に立っていた。老いた男だった。背が低く、肩が広く、顔に深い皺があった。服は素朴だった。装飾がひとつもなかった。
王太子を迎える者の顔ではなかった。
歓迎もなかった。拒絶もなかった。ただ——事実だけがあった。あなたが来た。私はここにいる。それだけを顔に持った男が、そこにいた。
「ヘンリクです」と男は言った。「リムノの村長」
「……エドワードだ」とエドワードは言った。肩書を言いかけて、止めた。ここでは肩書が違う重さを持つ気がした。
「知っています」とヘンリクは言った。淡々と。「この村では馬車が珍しいので、子供たちが気にするかもしれません。怒らんでください」
「……分かった」
「宿の手配はしてあります」とヘンリクは言った。「今日は体を休めてください。村の者も、それぞれ今日の仕事があります」
「ひとつ頼みがある」とエドワードは言った。「補佐役に会わせてほしい。なるべく早く」
「補佐役」とヘンリクは繰り返した。抑揚のない声だった。「この村では村人の都合が先です。明後日以降なら、話をつけましょう」
「……明後日か」
「はい」とヘンリクは言った。「それ以上は今は申せません」
それだけだった。押し返されたのだと、エドワードは遅れて気づいた。丁寧に、静かに、一歩も動かずに。
迎えの言葉もなかった。追い返す言葉もなかった。事実の羅列だった。しかしその事実の並びの中に——なぜかエドワードは、これ以上ない応対を受けた気がした。何かが、この老人に決められていた。決められた上で、こうして立っていた。
補佐役が、ここにいる。
それが最初の実感だった。村の壁が低かった。家が古かった。しかしその古い家の中のどこかに、七年間王都で機能していた人間が、今日も仕事をしている——その感触が、冷えた外気の中に、確かにあった。
ルイーゼは午後も仕込みを続けた。
薬草を乾燥させたものを一種類ずつ仕分けた。冬の保存用に瓶詰めにするものと、近日中に使うものを分けた。手を動かしながら、村の音を聞いていた。
馬車の音が聞こえた。村に入ってくる音だった。
来た、とルイーゼは思った。
それだけだった。
手が止まらなかった。薬草の仕分けが続いた。乾燥した葉の縁が指先に当たった。植物の香りが立った。手のひらに、葉の薄い感触があった。
午後の光が窓から入っていた。斜めになった光だった。冬の午後は短く、光が低い角度からしか入ってこなかった。その光の中で薬草の粉が細かく舞っていた。目に見えるほどではなかった。ただ匂いの中にあった。
遠くで子供の声がした。
馬車を見に行ったのかもしれなかった。ルイーゼはそれを聞きながら、手を動かし続けた。
手が仕事を覚えていた。目が薬草の色を選んでいた。鼻が乾燥の具合を確かめていた。来た、という事実は確かにあった——ただ今日は、そこに行く理由がなかった。今日の仕事があった。あさってヤヌシュの最後の診があった。
止まる理由がなかった。
夕刻、ヘンリクが来た。
戸を二度叩いた。いつも通りだった。
「入ってください」
ヘンリクは入ってきて、今日は椅子を引いた。腰を下ろした。少しの間、何も言わなかった。ルイーゼは片付けの手を動かしながら待った。
「会ったか」とヘンリクは言った。
「いいえ」
「そうか」
それだけだった。ヘンリクは少し経ってから、また言った。
「思っていたより若かった」
「二十五です」とルイーゼは言った。「私より三つ上です」
「知っているのか」
「七年間、補佐をしていましたから」
ヘンリクは少し黙った。
「どんな様子でしたか」とルイーゼは言った。
「静かな目をしていた」とヘンリクは言った。「怒ってもいなかった。急いでもいなかった。ただ、待つつもりでいる目だった」
「……そうですか」
「会いたいと言っている」とヘンリクは言った。「明日はどうする」
ルイーゼは手を止めた。瓶を棚に並べながら、少し考えた。
「明後日でいいですか」と彼女は言った。「明日はヤヌシュの最後の診があります」
ヘンリクが笑った。
珍しかった。ルイーゼがこの村に来てから、ヘンリクが笑うのを初めて見た——正確には、笑ったことは何度かあったかもしれない。しかし今日の笑い方は、今まで見たことのない笑い方だった。何かを面白がっているのではなかった。何かを満足した笑いでもなかった。ただ——確かに笑った。
「分かった」とヘンリクは言った。「そう伝える」
「ご迷惑をおかけします」
「迷惑ではない」とヘンリクは言った。「ヤヌシュの診が先だ。それが村の仕事の順序だ」
立ち上がった。椅子を元に戻した。扉に向かいながら、一度振り返った。
「今日、村の者があんたを手伝った」と彼は言った。「それはあんたへの義理ではない。村の義理だ。覚えておきなさい」
「覚えます」とルイーゼは言った。「忘れません」
「忘れなくていい」とヘンリクは言った。「ただ、重く受け取りすぎるな。村の人間は自分でやりたいことをやった。それだけのことだ」
「……それでも、ありがとうございます」
「礼はいらない」とヘンリクは言った。「あさっての診をきちんとやれ。それが礼だ」
「……はい」
扉が閉まった。
ルイーゼはしばらく棚の前に立っていた。
今日、村の義理が動いた。ミナが来た。コラが自分の場所に戻った。ドネルが畑に向かった。バルタ婆さんが石段に腰を下ろした。誰も急いでいなかった。誰も怒っていなかった。誰も——ルイーゼを守るためにそうした、とは言わなかった。ただ、今日の仕事をした。それだけだった。
手のひらに、今日一日の薬草の感触が残っていた。乾いた葉の縁。石の柄の冷え。瓶のガラスの平らな面。順番に手が覚えていた。
夜になってから、ルイーゼは窓を少し開けた。
寒かった。冬の空気が入ってきた。指先にすぐに来た。
村の入り口の方を見た。
暗かった。建物の輪郭が黒く、空が少しだけ暗い青だった。星が出ていたが、月が細かった。
遠くに、灯りがあった。
村の外れ——村人の家の灯りではなかった。その外側、道沿いに止まった馬車から、橙色の小さな灯りが漏れていた。蝋燭か、あるいは小さな燈籠か。その灯りが、暗い中にひとつ、点のように見えた。
動いていなかった。
ルイーゼは少しの間、その灯りを見ていた。
来た、と昼間に思った。明後日、会う。今はそれだけだった。その灯りの内側に何があるか——七年間見てきた人間がそこにいるはずだった。しかし今夜は、それが遠かった。
七年間の引力は、今もどこかにある。あの執務室の空気も、声の聞こえ方も、朝の廊下の足音も——消えたわけではなかった。ただ今日の手のひらには、石臼の柄の冷えがあった。薬草の乾いた匂いがあった。葉の縁が指先に触れた感触が、一枚一枚重なって残っていた。今日の仕事がそこにあった。七年前の記憶より、今日の冷えの方が近かった。
遠くにあるひとつの橙色の点が、今夜のすべてだった。
窓を閉めた。
指先に入ってきた冷えが、節の奥に残っていた。今日一日の冷えと混ざっていた。薬草の乾燥した感触も、石の柄の感触も、みんなまだ手の中にあった。
蝋燭を消す前に、記録帳を開いた。
今日の仕込みの内容を書いた。あさってのヤヌシュの最終診の備忘を書いた。ペンが止まった。
それから一行だけ、付け足した。
——来た。明後日、会う。
インクが乾くのを待った。乾く間、指先の冷えがあった。今日の冷えだった。窓の外の橙色の点が、まだ目の奥のどこかに残っていた。
記録帳を閉じた。
馬車の灯りは、今夜もそこにある。




