旅人の目
石臼が、手のひらを押し返してきた。
乾燥した葉が砕けて粉になる匂いが、小屋の中に広がっていた。指が臼の縁に触れると、木の冷たさがあった。夜の間に冷え込んでいた。
ヘンリクが来たのは、臼を洗い終えた頃だった。
「昨日の夕方、よそ者が村に入ったらしい」
彼はそれだけ言った。水を汲む手を少し止めてから、ルイーゼは答えた。
「どんな方ですか」
「若い男だ。旅装束だが、商人には見えないとドネルが言っていた。荷が少ない。馬だけ持っている」
荷が少ない。馬だけ。若い男。
それは三日前にテデルが言っていた旅人と一致した。
「どこに泊まっているのですか」
「今のところ、村の外れの廃屋に自分で火を入れたようだ。宿を借りるでもなく」
ルイーゼは桶を棚に戻した。動作はいつもと変わらなかった。
「わかりました」
「何かあるかね」とヘンリクは少し間を置いて聞いた。
ルイーゼは答えるまでに一拍かけた。
「今のところ、何もありません」
ヘンリクはそれ以上聞かなかった。少し間があった。彼の目がルイーゼの顔を一度だけ確かめた。それからゆっくり頷いて、何も言わずに出ていった。扉が静かに閉まった。
風が窓の隙間を鳴らした。
午前中は薬草の粉を袋に分けた。
分量を量り、袋の口を縛り、棚の左から並べる。七年間の習慣が、今も手を動かしていた。
ただ手が動きながら、頭の中に情報が並んでいた。王都方向から来た若い男。荷が少ない。商人でも旅行者でもない。村の外れに泊まる。テデルが見かけた旅人と同一人物であれば——エドワード殿下が誰かを寄越すとしたら、この時期だった。
袋を一つ縛り終えた。次の袋を取った。
逃げるつもりはなかった。逃げれば確認になる。ただそれだけではなかった。コラに来年の麦刈りを約束した。鎌の持ち方を教わった。あの日の午後、麦の切り株が光の中に整然と並んでいた。土の匂いがした。手のひらに鎌の柄の跡が残っていた。
手のひらに今は粉の匂いが残っていた。
昼に、コラが来た。
「ルイーゼさん、一緒に水汲みに行こう」
コラは毎日のように来た。最初は少し戸惑ったが、今は自然になっていた。
「行きます」
桶を二つ持った。コラが一つ持ちたがったので、小さい方を持たせた。
村の共同水場は南の端にあった。石で囲われた井戸で、水が冷たかった。冬が近いと水が澄む、とミナが言っていた。
歩きながら、コラが話した。兄が昨日転んで膝を擦りむいたこと。ヘンリクじいさんが今朝珍しく眉をひそめていたこと。来年は自分も畑を手伝うと父に宣言したこと。
「宣言したのですか」
「うん。コラも一人前だって言った」
「ドネルさんは何と言いましたか」
「『そうか』って言った」
「……それは大丈夫な『そうか』でしたか」
コラが少し考えた。
「大丈夫な方だと思う。怖い『そうか』はもっと短い」
「なるほど」
「ルイーゼさんは怖い声出さないね」
「……そうですか」
「うん。怒った顔もしたことない」
ルイーゼは少し止まった。
「怒ることがないだけです」
「それって同じじゃないの」とコラは言った。「怒らないのと、怒ることがないのは」
ルイーゼは答えなかった。コラは気にせず歩き続けた。七歳は問いを立てて答えを待たない。
「来年の麦刈り、また来るよね」
「来ます」とルイーゼは言った。
「絶対?」
「絶対です」
水場に近づいたとき、先客がいた。
男が一人、石の縁に腕を置いて水を汲んでいた。
若かった。二十代半ばか、それより少し上か。旅装束は地味だったが、素材が良かった。腰に短刀を一本。荷袋は細い——中身が少ないことが分かった。馬の手綱を石の杭に結んでいた。馬は大人しかった。
ルイーゼは歩調を変えなかった。
男が顔を上げた。
目が合った。
一瞬だった。
男の目は——鋭い、という言葉が正確だった。感情の薄い、観察するための目だった。何かを確認しようとしている目だった。ルイーゼはその質を知っていた。王都の宮廷で、似た目をした人間を何人か見ていた。
男の指が、馬の手綱の上で一度だけ止まった。息が一拍、間を置いた。
ルイーゼの腕に力が入っていた。桶の取っ手を握る指の、その一点だけに。気づかれないように動作を変えないまま、力が入っていた。
男が先に視線を外した。
ルイーゼも外した。コラの方を見た。
「ルイーゼさん、知ってる人」とコラが小声で言った。
「知りません」
「でも何か言いそうだったよ」
「気のせいです」
コラが「ふうん」と言って、桶を石の縁に置いた。
水を汲んだ。冷たい水が桶に入る音が、静かな空気の中でよく聞こえた。そのくらい、静かだった。
男はもう立っていた。馬の手綱を解いていた。
ルイーゼは手を動かしながら、視野の端に男の動きを置いていた。男は馬の口元に水を飲ませた。それから馬の首を一度叩いた。手慣れた動作だった。長く旅をしてきた人間の手つきだった。
男がまた、一度だけこちらを見た。
今度は視線が止まった。ほんの一拍。
ルイーゼは桶を持ち上げながら、男の顔を正面から見た。逃げなかった。視線を外さなかった。ここで目をそらせば確認になる気がした。
「薬師の方ですか」と男が言った。
低い声だった。問いかけではなく、確認に近い口調だった。
ルイーゼは少し間を置いてから答えた。
「村の者です」
男はそれ以上言わなかった。一拍置いて、かすかに頷いたように見えた。それから先に歩き出した。村の外れの方向へ。
コラが「行った」と言った。
「行きましたね」
「なんか、怖い目してたね」
ルイーゼは桶の重みを確かめた。水が冷たかった。石の縁の冷たさが、まだ手のひらにあった。
「旅をしていると、疲れた目になるものです」
コラは「そうかなあ」と言って、自分の桶を両手で持ち直した。
帰り道、コラはしばらく黙っていた。それからまた話し始めた。
「ルイーゼさんって、怖いものある?」
「ありますよ」
「何が怖いの」
「また道具になることです」
コラは少し考えた顔をした。
「道具って、鎌とか?」
「そういう道具ではないですが……そうです。そういう道具です」
「なんか難しい」
「難しくないです」とルイーゼは言った。「ただ、嫌なのです」
夕方、ヘンリクが再び来た。
「今日はどうだった」と彼は言った。
「水汲みに行きました。水場で会いました」
ヘンリクは少し間を置いた。
「向こうから何か言ったか」
「一言だけ。薬師かと聞かれました」
「何と答えた」
「村の者だと」
ヘンリクはゆっくり頷いた。扉の外に目をやって、また戻した。
「今晩は村の外れを離れていないようだ」
「そうですか」
「何かあれば呼びに来い」
「わかりました」
ヘンリクが出ていった。今度も扉が静かに閉まった。
夜、ルイーゼは小屋で記録帳を開いた。
日付。今日の仕事の内容。薬草の在庫。
書きながら、水場での一拍を思い出していた。男の目が止まった、あの一拍。
確信はなかった。ただ、可能性の高さが変わった。
あの目は、探している何かを見つけた人間の目に近かった。見当がついた者の目だった。次の動きは接触か、それとも報告に戻るか——王都の間者ならば、確認してから動くはずだった。もう数日、様子を見る。
ペンが止まった。
自分は今、王都の間者の動きを予測していた。七年間、宮廷で積んだ知識が、また自然に動いていた。
疫病の処方書を三行書いてしまった夜と同じだった。返せない部分があった。
窓の外に風の音がした。木の葉がもう少なかった。冬がもう近かった。
ルイーゼは帳を閉じた。
閉じる前に、最後の行に一文を書いた。記録ではなかった。備忘でもなかった。ただ、書いた。
——ここに、いる。
書いたとき、手のひらが少し温かかった。石臼の振動がまだそこにあるような、薬草の粉の匂いがするような——そういう温かさだった。コラが「大丈夫な『そうか』はもっと長い」と言っていた昼のことを、なぜか思い出した。
インクが乾くのを待った。
蝋燭の炎が一度だけ揺れた。外から風が来たのだった。隙間風だった。小屋の古さの問題で、冬になる前に何とかした方がいい——そういうことを、ルイーゼは考えた。
明日も、薬草の仕事があった。
来年の麦刈りの約束があった。
ここに、あった。




