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疫病の噂

 薬草の葉が、指の間でかさかさと音を立てた。


 乾燥しきっている。七日かけるつもりだったが、五日で到達していた。秋が深くなって、空気が乾いていた。窓から見える木立が赤く染まり、その向こうに灰色の空があった。冬がもう近かった。


 ルイーゼは薬草の束を棚に並べた。左から乾燥順に——王都でそう教えられたわけではなく、自分で決めた順番だった。七年間の習慣が、辺境の小屋の棚の上でも自然に手を動かした。


 束の一つが崩れた。拾い直した。葉が少しこぼれた。乾いた葉の匂いが、手のひらにしみた。




 昼前に、ヘンリクが来た。


「今夜、旅の行商人が宿を求めてきた」と彼は言った。「ウェンゾから南下してきたらしい。よければ夕食をともにしないか」


「構いません」


「ウェンゾは王都の北東だ。王都の話が聞けるかもしれん」


 ルイーゼは棚から手を離さずに少し止まった。


「……そうですね」


 それだけ答えて、薬草の整理に戻った。ヘンリクが小屋を出る音がした。風が窓の隙間から入ってきた。ウェンゾ、という地名が、頭の中で一度だけ音を立てた。王都から北東に一日半の距離にある市場町だった。




 行商人の名前はテデルといった。


 歳は四十前後で、肩幅が広く、声が低かった。ヘンリクの家の食卓に座り、スープを一口飲んでから「悪くない」と言った。褒め言葉だと分かった。


「遠くから来られたのですか」とルイーゼは聞いた。


「ウェンゾから。今は南に抜けてアルレまで行く予定だ。秋のうちに峠を越えておかないと」


「商売はいかがでしたか」


 テデルがスープから顔を上げた。


「ルイーゼさんはウェンゾをご存じか」


「少し」


「そうか」と彼は言った。ルイーゼの返答の薄さを確認してから、話を続けた。「今年は王都が——変だ。ウェンゾはそこから商売が崩れている」


「変、とは」とヘンリクが聞いた。


「通りの照明が消えている区画がある。去年まではなかったことだ。あと、熱の患者が増えているという話を聞いた。ウェンゾでそういう話をする商人が多かった」


「熱の患者」とルイーゼは言った。


「疫病かどうかは分からん。ただ、医者が足りないと聞いた。王都の外にはなかなか出てこないし、薬も出回りにくくなっているらしい」


 食卓に沈黙があった。火が小さく燃えていた。


「辺境にまで来るかね」とヘンリクが言った。


「距離がある。すぐにどうとはならんだろう。ただ念のためには知っておいたほうがいい——旅先では聞いたことを話すようにしている」


「それは助かる」


 テデルはパンを手に取った。


「照明が消えているのは、魔法陣の問題らしい」と彼はさらに言った。「誰かが長年管理していたが、その人間が王都にいなくなったそうだ。だから補充ができない——そういう話だった。噂の話だがね」


「……そうですか」とルイーゼは言った。


 テデルが一度ルイーゼを見た。それから視線をスープに戻した。




 夜、小屋に戻った。


 蝋燭に火を点けた。窓の外に風の音がした。木の葉が残り少なくなっていた。


 机の上に記録帳があった。


 ルイーゼは椅子に座り、帳を開いた。今日のことを書こうとした。テデルが来たこと。王都の話。疫病の噂。


 ペンを持った。


 止まった。


 頭の中に処方が浮かんでいた。


 処方書は王都に残してきた。しかし処方そのものは、まだルイーゼの頭の中にある。返せない部分だった。道具の部分は置いてきたつもりだったが、七年分の仕事が染みついた部分は、どこに置いていけばよいのか分からなかった。


 ペンが動いた。


 気づいたのは、三行書いてからだった。


 処方のメモだった。原材料の名前と分量と煮出す手順を、ペンが書いていた。手のひらが少し温かかった。薬草の乾いた匂いが机の上にあった。インクが紙に染みる音が、静けさの中で聞こえた——聞こえていると思った。そのくらい、静かだった。


 ルイーゼはペンを止めた。


 王都に送るつもりはなかった。誰かに見せるつもりもなかった。書く必要があったわけでもない。


 義務だった。恩返しだった。七年間自分を動かしてきたそれらは、去った時点で終わった——そう思っていた。


 でも手が動いた。


 七年間、疫病が来るたびに処方した。一人も患者を出さなかった年もあった。大きな流行を二度、抑えた。誰もルイーゼの名前を呼ばなかったが、処方書には「作成者:補佐役」と書かれていた。それが七年間の記録だった。


 今は補佐役でもない。記録を書く義務もない。王都は関係ない。


 夜だった。蝋燭だった。処方書だった。


 ただ、あった。


 ルイーゼはメモをそのままにして、帳を閉じた。眠れるかどうか分からなかった。




 翌朝、テデルは早くに出発した。


 ヘンリクと荷物のことを話していた。ルイーゼは薬草を一束持ってきた。


「道中に使えるものです」


 テデルが受け取り、匂いを嗅いだ。


「これは——」


「頭痛と寒気に。煎じて飲むか、布に包んで枕元に置くか」


「詳しいんだな」


「少し」


 テデルは荷に束を入れた。


「ありがとう」と彼は言った。「そういえば——一つ聞いてもいいか」


「何ですか」


「この先の道で、昨日の朝だったか、馬に乗った旅の者と会った。一人だった。王都の方向から来ていたようだが、商人には見えなかった。ここの村に来るかどうかは分からないが、念のため」


 ルイーゼは少し止まった。


「どんな見た目でしたか」


「若い男だった。荷が少ない。目が鋭かった」とテデルは言った。「それだけだ。気になるというほどでもないが——旅先では見たものを話すようにしている」


「ありがとうございます」


 テデルは馬の手綱を引き、歩き出した。


 ルイーゼはその後ろ姿を見た。


 荷が少ない、目が鋭い、王都の方向から——その三つが、頭の中で静かに並んだ。


 足が、一瞬だけ重くなった。




 小屋に戻ると、机の上に昨夜のメモが残っていた。


 三行の処方書。王都に送るわけでもない。誰かに渡すわけでもない。


 ルイーゼは棚を確認した。乾燥した薬草の束が、左から順番に並んでいた。



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