表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/114

第94話:残流_匿名流動編⑧

あれから三週間が経った。


榊原冬馬が逮捕された夜。


港湾近くの古い物流施設には、警察、記者、カメラ、救急隊、そして血の匂いが入り混じっていた。


あの場だけを見れば、俺たちは勝ったように見えただろう。


実際、成果は出た。


匿名流犯に使われていた使い捨てスマートフォンは、多数押収された。


短期賃貸やレンタルスペースの契約名義も、いくつも押さえられた。


デポル実行役、連絡係も捕まった。


黒瀬に流した情報は、予想以上に広がった。


翌朝には、榊原冬馬の名前がニュースに出ていた。


匿名流犯。


デポル。


相馬郁人。


井口おさむ。


特別行政省。


それらの言葉が、ようやく同じ画面に並んだ。


被害者の遺族も、街頭で声を上げ始めた。


『デポル犯罪をなかったことにするな』


『未成年だからといって、すべてを曖昧にするな』


『日本の政治家は、日本人だけであるべきだ』


『デポルに政治家をさせるとは何事か』


その声は、確かに前より大きくなった。


一時的に、匿名流犯は減った。


少なくとも、同じ手口は使いづらくなった。


榊原の作った水路に、大きな杭を打ち込んだ。


だが、流れそのものは死んでいない。


捕まったのは、実行役と連絡係が中心だった。


主犯格と呼べる人間は、半分も押さえられていない。


金、場所、名義を手配した者。


政治家に繋いだ者。


その多くは、まだ奥にいる。


名前を変え、会社を変え、団体を変え、また別の場所から染み出してくる。


榊原冬馬も、倒しきれなかった。


現行犯で逮捕され、あの場では手錠をかけられた。


だが、その後の動きは早かった。


榊原は、証拠不十分を理由に釈放された。


表向きの理由はいくらでも並んだ。


現場の映像には、入手経路に疑義がある。


榊原の発言は比喩の可能性がある。


本人も右腕を撃たれており、被害者の側面がある。


現場にいたデポルたちの供述は食い違っている。


相馬や井口の死と、榊原を直接繋ぐ証拠は薄い。


全部、分からない話ではない。


だが、それだけではなかった。


公安が押さえたはずの映像も、通信記録も、使えない場所へ移された。


消されたわけではない。


保全された。


そういう名目だった。


証拠を守るための言葉で、証拠を遠ざける。


俺は、その報告を聞いた時、笑いそうになった。


現場は血で動き、制度は紙で動く。


そして紙は、血より軽い顔で人を逃がす。


榊原冬馬は、国の奥へ回収された。


誰がそうしたのか。


はっきりした証拠はない。


だが、分かる。


公安の証拠を押さえられる者。


警察の流れを変えられる者。


報道の火を消しきれなくても、捜査の芯をずらせる者。


そんな人間は、多くない。


高宮誠司。


その名前が、喉の奥に引っかかっていた。


鷹宮は、その名を口にしなかった。


だが、彼は分かっているようだった。


高宮総理。


自分の父が動いたのだと。


普段の軽い雰囲気とは違い、その事実を俺に伝えに来た時の顔は、今でも覚えている。


とはいえ、匿名流犯はしばらく減るだろう。


だが、法律が変わらなければ、また戻る。


別の名前で。


ネットリテラシーの低い未成年を使って。


別のデポルを流して。


新たな被害者が増え続ける。


その構造を変えなければ、何度でも同じことが起きる。


俺は、包帯の巻かれた手を見た。


三週間経っても、まだ痛む。


肋骨も痛い。


頬の腫れは引いたが、噛むたびに奥歯が軋む。


この痛みとともに、匿名流犯の流れは一時的に止めた。


その間に、俺は別の問題と向き合わなければならない。


それは何なのか。


水谷ひとみ。


俺が、弁護士として、デポルを狩る者として、活動するきっかけになった女。


あと二日だ。


信じられない話だが、本人曰く。


あと二日が、自分の余命だという。


どうやら戯言ではないようだ。


これが本当だとして、俺は怒っている。


決して短い付き合いではない。


十五歳の時、大阪に司法試験を受けに来た。


その際に出会った。


もう十年以上になる。


にもかかわらず、そのことを黙っていた。


そして俺は気づけなかった。


ひとみと向き合い、これからを決める。


外にばかり目を向けてきたツケが回ってきた。


偉そうで、乱暴で、デリカシーのかけらもない。


しかし、頼りきっていた人が、俺の前から姿を消す宣言をしてきた。


その事実だけが、どうしようもなくやるせなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです( ^ω^) #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ