第8話:改竄された未来
あれからの後日談。
冴子さんは、無事に従兄弟である鈴木慶太に引き取られた。
彼は、俺とは真逆の好青年だった。
大手上場企業に勤めている。
人当たりもいい。
清潔感もある。
生活能力もある。
親族であること。
冴子さんを保護できる環境があること。
その二つが揃っていたため、彼が身元引受人となった。
冴子さんの父親は、借金を重ねた末に自滅した。
コンビニで万引きをして取り押さえられ、そこで他の問題も露見したらしい。
暴力。
借金。
冴子さんへの支配。
それらが、一気に表へ出た。
ひとみの動きも早かった。
保護先の調整。
父親との接触制限。
必要な書類の準備。
俺はその補助をしただけだ。
それでも、冴子さんと慶太には何度も頭を下げられた。
何度も礼を言われた。
そのたびに、胸の奥へ太い釘を打ち込まれるような感覚が残った。
礼を言われる資格が、俺にあるとは思えなかった。
前世の俺は、何も守れなかった。
ただ倒れて、見ていることしかできなかった。
それでも。
今世の冴子さんは助かった。
過去は消えない。
だが、未来は少し変わった。
そう思うしかなかった。
そして、あの二人。
冴子さんと慶太は、親族という関係をとうに越えているような距離感だった。
視線。
言葉の間。
沈黙の扱い方。
俺の入る余地なんて、最初からなかった。
だが、それでいい。
直接ではない。
それでも、守ることはできた。
せめて今世くらいは、幸せに生きてほしい。
それだけでいいはずだった。
それだけで、十分なはずだった。
なのに。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
「お前、冴子のこと好きやったんやろ?」
ひとみが、机に肘をつきながら言った。
「えらい美人やったしな」
「……」
「なんとか言えや。この一件で助けたら惚れられるかも、とか思ってたんちゃうん?」
「……」
「けど、ナイスガイの慶太がおるから無理やな。金もあるし、イケメンやし、従兄弟同士やから結婚もできるし」
「……」
「あー、これあれやな。俗に言う、セルフNTRやな」
「セルフNTRなんて言葉あるんですか」
「今、私が作った」
「最低ですね」
「効いてる効いてる」
ひとみは楽しそうに笑った。
本当に嫌な女だ。
だが、完全に的外れというわけでもない。
流れだけ見れば、そう見えるのかもしれない。
守れなかった女性がいる。
今度こそ守ろうとした。
その結果、彼女は別の男の隣に戻っていった。
ただ、それでいい。
もし万が一。
いや、億が一。
冴子さんと一緒に過ごす未来があったとしても、俺のデポル狩りは止まらない。
止められない。
俺は、普通の幸せを選べる場所にはもういない。
なら、最初から近づかない方がいい。
大切な人ほど、遠ざける。
今世で決めたルールだ。
近くに置けば、守りたくなる。
守りたくなれば、弱点になる。
弱点になれば、また奪われる。
それだけは、二度と嫌だった。
「……って、お前」
ひとみの声で、意識が戻る。
「泣いてるやん」
「……?」
頬に触れる。
濡れていた。
自分でも驚いた。
まだ、こんなものが残っていたのか。
張り詰めていた何かが、ようやく切れたのかもしれない。
「ごめんごめん。言い過ぎたって」
ひとみは、少しだけ慌てたように手を振る。
「女なんか星の数ほどおるんやから。メソメソすんなや、女々しい奴」
謝っているのか、追撃しているのか分からない。
かなり殴りたい。
だが、その気力も今はなかった。
俺は、この件で理解した。
冴子さんは助かった。
未来は変わった。
少なくとも、前世と同じ結末ではなくなった。
だが。
俺の中の怒りは、何一つ消えていない。
冴子さんが助かっても。
これから幸せになったとしても。
前世で起きたことは消えない。
冴子さんが奪われた夜も。
俺が何もできずに死んだ事実も。
デポルが笑っていた顔も。
何一つ消えていない。
正義のヒーロー面をするつもりはない。
なりたいとも思わない。
俺がやっていることは、復讐であり、駆除であり、自己満足だ。
それでも。
今もどこかで、奪われている人間がいる。
泣いている人間がいる。
助けを求めることすらできずに、黙って壊されている人間がいる。
そいつらの側に、いつも掠奪種がいる。
だから、俺は狩る。
デポルを。
一匹ずつ。
一件ずつ。
今はまだ、小さな積み重ねに過ぎない。
だが、いつか必ず。
力を持つ。
金を持つ。
人脈を持つ。
法律を作る側へ回る。
この国から、あいつらの居場所を奪う。
それが、二度目の人生を与えられた俺の使い道だ。
大阪での一件は、ひとまず片付いた。
次は徳島だ。
徳島にも、やることがある。
ビジネスを広げるための人材確保。
そして、それはデポルを狩るための基盤に繋がっていく。
デポル絡みでなければいい。
そう思う自分がいた。
だが、別の自分は知っている。
嫌な予感は、よく当たる。
「さて、明日から徳島か」
やかましいひとみを振り切り、俺は高速バスに乗り込んだ。
窓の外で、大阪の夜景がゆっくりと遠ざかっていく。
光の海。
人の声。
湿った夜の匂い。
その全部が、少しずつ後ろへ流れていく。
俺は座席に身を預け、目を閉じた。
守るだけでは終わらせない。
今度は、こちらから奪いにいく。
徳島で待っているものが何なのか。
この時の俺は、まだ知らない。
次話から新章が開幕します。
私がずっと登場させたかったキャラがようやく登場します。




