第84話:逃避_間話
山本誠の言葉は、まだ喉に残っている。
君は、どうするのだ。
国をどう守る。
デポルを殺し切った後に、何を作る。
正直、どうでもいい。
俺は、国のために生き直したわけではない。
奪われたから戻ってきた。
殺されたから、殺す側に回った。
だからデポルをこの世から消すと決めた。
それは、今も変わっていない。
これは俺の中で、ずっと決定事項だった。
だが、一つだけ。
ずっと見ないふりをしてきたものがある。
めぐみのことだ。
正確には、めぐみの血のこと。
俺が調べたわけではない。
恐らくめぐみは確かめたのだろう。
以前、一週間ほど徳島に帰っていた。
その時に、山上とあさみを連れて戻ってきたわけだが。
まさか、それだけが目的だったわけじゃない。
自分の母親が、何者なのか。
俺が井口、山本と会話している時に、盗聴している。
音が不鮮明でも、拾えた言葉はあったはずだ。
だが、俺はその話題をめぐみに振らなかった。
踏み込めなかった。
問いたださなかった。
なぜなら——怖かったからだ。
めぐみがどう思っているのか。
めぐみが自分をどう見ているのか。
その話をした時、俺の元から去っていくのではないか。
——だから、遠回しにしてきた。
触れないことで、何も起きていないふりをした。
だが、事実は変わらない。
母親がデポルだったなら、めぐみは何だ。
デポルそのものではない。
少なくとも、俺はめぐみの肌が赤黒く変わるところを見たことがない。
暴力への衝動に呑まれる姿も見ていない。
人を壊して笑う顔も知らない。
むしろ、それだけで言うなら、俺の方がよほど暴力的だ。
しかし——
デポルの血を継いでいる。
その可能性を、俺は否定できない。
デポルが日本人を媒介にして生まれ続けてきたのなら。
その血が、親から子へと届くものなら。
めぐみの中にも、それはある。
ただし、めぐみは普通の例ではない。
母親はデポル。
父親はドイツ人。
デポルと外国人との間に生まれた子。
少なくとも、俺が知る限り、そんな実例は表に出ていない。
山本がどこまで知っていたのか。
井口がどこまで見ていたのか。
分からない。
分からないが、無視はできない。
俺から見れば。
俺の思想から見れば。
めぐみは、デポルの側に触れている。
そう判断するしかない。
その事実を前にしても、俺は同じ言葉を言えるのか。
デポルは消す。
例外はない。
言える。
言えるはずだ。
そうでなければ、これまで殺してきた意味が全部腐る。
これまで見捨てられた被害者に、顔向けできない。
俺のやってきたことに筋が通らない。
通らないが、めぐみを前にして、同じ言葉を同じ温度で言えるかと聞かれれば、答えは出ない。
俺は、逃げている。
山本の問いから。
井口の言う管理から。
デポルを殺し切った後の世界から。
そして、めぐみから。
俺の思想は、まだ折れていない。
だが、揺らぎは生じている。
これまで最大目標としてきた、デポルの根絶。
俺の逃避とは裏腹に、めぐみも俺に求めてこない。
だから、今はまだ成立している。
だが、それは答えではない。
先延ばしだ。
山本誠は死んだ。
井口おさむは、まだ沈黙している。
二階堂傑は、毒のまま盤上に戻ってきた。
市長選挙は、もうすぐ始まる。
今は、まだいい。
今は、まだ触れない。
だが、近いうちに。
俺は、めぐみと向き合わなければならない。
その時、俺は選択しなければならない。




