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第79話:市民監査_騒擾編⑤

スタジオは、明るい。


白い床。


大きなモニター。


並べられた椅子。


司会者の前に置かれた台本。


コメンテーターの手元に積まれた資料。


生放送の空気は、記者会見とも、動画配信とも違う。


ここは怒鳴る場所ではない。


殴る場所でもない。


俺にとっては、数字を並べて逃げ道を消す場所だ。


俺は出演者席に座っていた。


頬の絆創膏は、まだ貼っている。


剥がしてもよかったが、残した。


被害者の顔を消す必要はない。


そう言われたからだ。


隣には、水谷ひとみ。


法曹協会の副代表理事。


被害者支援側の専門家として呼ばれている。


本当は、専門家どころではない。


この場にいる誰よりも、法と人の痛い場所を知っている。


向かいには、加害者更生団体の代表が座っていた。


北園明彦。


五十代半ば。


白髪混じり。


穏やかな目。


丁寧な口調。


人を安心させるために作られたような笑顔。


その隣には、団体の広報担当。


さらに支援員が二人。


全員、清潔な服を着ている。


胸元には、団体のバッジ。


正義の看板を、小さく金属にしたようなものだ。


黒瀬が組んだ番組だった。


表向きは公平な討論。


実際は、公開監査。


司会者がカメラへ向かって話し始める。


「本日は緊急生討論です」


「テーマは、加害者更生は誰のためか」


「大阪市長兼法曹協会常任理事、久世恒一さん」


「法曹協会副代表理事、水谷ひとみさん」


「そして、加害者更生支援団体、未来共生機構の代表、北園明彦さんにお越しいただいています」


北園が深く頭を下げる。


「よろしくお願いいたします」


俺も軽く頭を下げた。


「よろしくお願いします」


ひとみは足を組み、軽く手を上げただけだった。


司会者が俺に向いた。


「久世市長、まず昨日から大きな騒動になっています。永田修一さんの件、そして市長が襲撃された件について、改めてどうお考えですか」


「はい。メディアで発言し過ぎたのか、私は襲われてしまいましたね」


俺は他人事のように言った。


「その襲撃者たちは、永田修一さんから依頼を受けたと証言しました」


北園の表情は動かない。


「もちろん、証言だけで全てが確定するわけではありません」


「ですが、永田さん本人と思われる声で、電話口から『久世を殺すな』という発言もありました。到底無関係とは思えないですよね」


司会者が頷く。


「永田さんは、声明で関与を否定しています」


「そうですね」


俺は笑った。


「否定する権利はあります」


北園がそこで口を開いた。


「久世市長」


「はい」


「まず、私たちは暴力を肯定しません」


「それは安心しました」


「永田氏個人の行動について、私たちの団体が関与しているかのように語られることには、強い違和感があります」


来た。


永田個人の問題。


想定通りだ。


北園は続ける。


「加害者更生支援は、再犯を防ぎ、社会全体の安全を守るために必要な活動です」


「過ちを犯した人間を、社会から永久に排除するだけでは、問題は解決しません」


「支援し、見守り、社会復帰を促す」


「それが、結果的に被害者を減らすことにも繋がります」


ロジックに沿った言い方だ。


これまでも同じように発言してきたのだろう。


どれも、表面だけなら正しい言葉。


俺は頷いた。


「なるほど」


「では、市民監査を始めましょう」


北園の目が、わずかに細くなる。


「市民監査?」


「はい。本来監査というのは、独立した客観的な第三者が評価することです」


「せっかくの生放送ですから、視聴者の皆さんに、一市民として監査していただきましょう」


俺は手元の資料を一枚持ち上げた。


「未来共生機構は、国や自治体から補助金や助成金を受けていますね」


「はい。適正な手続きに基づいています」


「関連団体も含めれば、かなりの額になります」


北園は穏やかな表情を崩さない。


「公的支援を受けていることは事実です。ただ、それは制度上認められたものであり」


「成果指標は何ですか」


俺が遮ると、北園の言葉が止まった。


「成果指標です」


「加害者を更生させます」


「再犯を防ぎます」


「社会復帰を支援します」


「そう言って政府の金を受け取っている」


「では、何をもって成果としていますか」


北園は一拍置いた。


「社会復帰の継続、就労状況、面談記録、地域との連携などを総合的に」


「再犯率は?」


北園の口が止まる。


司会者がわずかに身を乗り出した。


俺は資料をめくる。


「未来共生機構、および関連団体が支援した対象者」


「そのうち、再犯した者」


「再処分を受けた者」


「所在不明になった者」


「別地域へ再配置された者」


「数字を出せますか」


北園の広報担当が口を開いた。


「個人情報に関わるため、詳細な回答は」


「個人名は聞いていませんよ。私も弁護士の端くれですからね」


俺は言った。


「数です」


ひとみが横で小さく笑う。


「数字聞かれて個人情報言うんは、便利やなあ」


北園がひとみを見る。


「水谷先生。現場には現場の事情があります」


「あるやろな」


ひとみは笑ったまま返した。


「せやけど、公金入っとるんやろ」


「税金もろてる事業が、効果聞かれて答えられへんのは、現場の事情やなくて説明不能って言うんや」


スタジオの空気が少し硬くなる。


俺はモニターを見た。


番組側に渡してある資料が表示される。


支援対象者の再犯。


再処分。


所在不明。


数字は伏せるところを伏せている。


だが、傾向は十分に分かる。


コメンテーターの一人が、表を見て眉をひそめた。


「これが事実なら、再犯防止としてはかなり疑問が残りますね」


北園がすぐに反応する。


「その数字は、一部を切り取ったものです」


「では、全体を出してください」


俺は言った。


「我々が持っているものが一部だと言うなら、団体として全体を出してください。視聴者の方もそういうデータが見たいと思いますよ」


北園は答えない。


「出さないなら、こちらの数字を基準に話します」


俺は言葉を続けた。


「効果が出ていない事業に、政府の金を使い続ける理由はありません」


「被害者を増やす再犯防止事業なら、それは再犯防止ではありません」


北園の顔から、少しだけ余裕が消えた。


「久世市長の言い方は、非常に乱暴です」


「数字の話です」


「人は数字だけでは測れません」


「予算は数字ですよ」


俺は即座に返した。


「税金も数字です」


「被害件数も」


「再犯数も」


「都合がいい時だけ数字を使い、都合が悪い時だけ人間を語るのはやめましょうよ」


司会者が口を挟む。


「久世市長、加害者更生そのものを否定するわけではないという理解でよろしいでしょうか」


「ええ。効果があるなら否定しません」


俺は北園を見た。


「ただし、政府の予算。つまり、市民の方々が収めた税金を使って、効果のない事業を続ける必要はありませんよね」


俺は次の資料を出した。


ここからが本題だった。


二階堂から届いた資料の一部。


丸川と団体を繋ぐ部分。


永田ではない。


永田と丸川を直接繋ぐ線はない。


だが、団体を挟めば、丸川は見える。


「北園さん」


「何でしょうか」


「あなたは、丸川修司裁判官と連絡を取っていますね」


北園の表情が初めて止まった。


隣の広報担当も、わずかに顔を上げる。


「どういう意味でしょうか」


「そのままの意味です」


俺は資料を置く。


「この日、この案件について、あなた方の団体から丸川裁判官側へ連絡が入っている」


「その直後、関連口座に資金が動いている」


「そして、丸川裁判官が関与した判断で、そのデポル加害者は無罪になった」


スタジオが静まり返る。


司会者が資料に目を落とす。


「……これは、かなり重大な内容ですが」


「ええ」


俺は頷く。


「永田修一さんが弁護人」


「丸川修司さんが判断に関与」


「結果は無罪」


「その後、加害者は未来共生機構の支援対象となり、別地域へ再配置されている」


北園が口を開いた。


「その資料の出所はどこですか」


「資料の出所より、資料の中身を否定してください」


北園が黙る。


ひとみが小声で笑う。


「ええ返しやな」


司会者は緊張した顔で北園を見る。


「北園さん、今の内容について、事実関係はいかがですか」


「個別の案件について、この場で答えることはできません」


「答えられない」


俺は言った。


「否定はしないのですね」


「そういう意味ではありません」


「では否定してください。そんなことは絶対にありえない。何があっても、と」


北園は黙る。


沈黙。


短いが、十分な沈黙だった。


俺は資料をもう一枚出す。


「これは一件だけではありません」


「丸川裁判官に指示が飛んだ案件」


「その後に無罪、あるいは極めて軽い処分となった案件」


「その加害者を、未来共生機構が受け入れている案件」


「複数あります」


北園の額に汗が浮かぶ。


「指示という表現は不適切です」


「では、依頼ですか」


「違います」


「相談?」


「……」


「働きかけ?」


「久世市長」


北園の声が少しだけ乱れた。


「あなたは裁判所の独立を侵害する発言をしている」


「裁判所の独立を、金と団体で汚した疑いについて話しています」


俺は静かに返した。


「独立という言葉を、隠れ蓑にしないでください」


ひとみが頷く。


「裁判官が誰と飯食ったか、誰から金が流れたか、どの案件でどう判断したか」


「そこが見えたら、独立やなくて癒着や」


北園はひとみを睨む。


「水谷先生、その発言は名誉毀損に」


「訴えたらええ」


ひとみは笑った。


「法廷で全部出せるから、こっちは助かるわ」


北園が黙った。


この時点で、団体は終わった。


理念ではなく、金。


更生ではなく、再犯。


支援ではなく、再配置。


そして丸川。


点だったものが、線になった。


線はまだ山本まで届かない。


だが、丸川には火がついた。


司会者が慌てて流れを戻そうとする。


「北園さん、未来共生機構としては、今後どのような説明を」


「調査のうえ、適切に対応します」


北園は、ようやくそれだけ言った。


適切に対応。


都合の悪い者が使う、逃げ道の看板だ。


俺はカメラを見た。


「大阪市として、未来共生機構および関連団体との連携を凍結します」


スタジオがざわつく。


北園の顔から血の気が引いた。


「久世市長、それはあまりに拙速です」


「公開された場で、今これだけの疑義が出ました」


俺は言った。


「補助金、委託事業、支援枠を全て再検証します」


「国にも同様の調査を求めます」


「公金を使って、危険な者を社会へ戻し、また被害者を出す」


「そんな無駄は、もうやめましょう」


北園が何か言おうとする。


俺は続けた。


「加害者更生という言葉を否定しているのではありません」


「成果のない事業を否定しています」


「再犯を防げない再犯防止を否定しています」


「被害者を増やす支援を否定しています」


「そして」


一拍置く。


「法と金を使って、デポルを社会へ戻す仕組みを否定しています」


北園は、もう笑っていなかった。


番組は、そのまま混乱の中で終わった。


司会者の締めの言葉も、ほとんど耳に入らない。


スタジオを出ると、廊下で黒瀬が待っていた。


「爽快でした」


「首尾は?」


「燃えています」


「丸川は」


「炎上しました。決定打ではありませんが、もう無関係とは見られません」


「十分です」


黒瀬はスマートフォンを見せた。


動画サイト、まとめサイト、様々なプラットフォームで今の番組内容が語られている。


俺はスマートフォンを取り出した。


二階堂から届いた資料。


内部名簿。


支援先一覧。


再配置記録。


その一部が、今日の番組で使われた。


全部ではない。


まだ、見せていないものがある。


その中に、山本へ届く線があるかもしれない。


だが、二階堂が無償で差し出すはずがない。


画面に、再び通知が入った。


差出人。


二階堂傑。


本文は短かった。


『次は、直接話そう。』


その一文の下に、場所と時間が記されていた。


俺は画面を見たまま、しばらく黙った。


「行くんか?」


ひとみが聞いた。


「もちろん。礼くらいは言わないとね」


「わかってるとは思うけど、罠やで?」


「さすがの俺でも、それくらいは分かりますよ」


俺はスマートフォンを閉じた。


「山本を倒すために使えるなら、なんでも使います」


ひとみは、呆れたように笑った。


「ほんま、悪い顔するようになったな」


「もとからですよ」


「せやったな」


黒瀬が後ろで笑う。


「では、次は逃走者への取材ですね」


「取材で済めばいいですね」


俺は廊下を歩き出した。


永田。


団体。


丸川。


山本。


二階堂。


燃え始めた火の中に、逃げた男が戻ってきた。


なら、使う。


使えるものは、全部使う。


どれだけ汚れていても。


どれだけ吐き気がしても。


俺は、一度死んでいる。


今さら、手が汚れることを恐れる理由はなかった。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです( ^ω^) #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公
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