第78話:反論_騒擾編④
配信から一時間も経たないうちに、永田修一は声明を出した。
みずきが、それを事務所の画面に映す。
俺は、頬の絆創膏を貼り直されながら眺めていた。
横にはめぐみ。
少し離れて、ひとみ。
黒瀬麗奈は、ソファに座り、足を組んでスマートフォンを見ている。
画面の中には、永田の文章が並んでいた。
『久世市長による配信は、襲撃者を拘束した状態で行われた極めて問題のある行為です。
動画内の証言は、強い心理的圧力のもとで引き出された可能性があり、信用性に重大な疑問があります。
私は久世市長への襲撃に一切関与していません。
政治権力者による個人攻撃と、司法手続きを経ない私的制裁に強く抗議します。』
「なんというか、情けないですね」
俺が言うと、ひとみが鼻で笑った。
「まあボロ出してたしな」
みずきが、別の画面を開く。
SNS。
ニュースの切り抜き。
動画のコメント。
まとめられた反応。
「市民の反応は、永田にかなり否定的」
画面には、短い言葉がいくつも流れていた。
″いや電話出てたやんw″
″久世を殺すなって言ってた″
″あの声、本人やろ″
″動画のやり方は怖いけど、永田の説明はもっと苦しい″
″二十万でヒト殺しニキ″
「思ったより広まるの早いですね」
みずきが答える。
「電話の第一声が全部持っていった」
黒瀬が画面から目を離さずに笑った。
「生放送であれは、さすがに芸術点が高いですね」
めぐみは俺の頬を見て、絆創膏の端を押さえた。
「痛い?」
「少し」
「よかった、痛そうに見える方がいいから」
ひとみが肩を揺らして笑う。
「しかし、爪が甘かったな」
俺はひとみを見る。
「誰がですか」
「お前も、永田も、どっちもや」
ひとみは書類を机に置いた。
「永田はもう燃えとる。あの団体も、こっから引きずり出せる。けど」
「丸川ですよね」
ひとみは笑ったまま頷いた。
「そう。決め手がない」
みずきが、別の資料を出す。
丸川修司。
裁判官。
過去の担当案件。
永田が弁護士として関わった事件は多数ある。
だが、点でしかない。
「関連性はあるんだけどね」
みずきが言う。
「同じ時期に、同じ団体が関わってる案件もある」
「でも直接の指示、金、連絡記録はない」
めぐみが続けた。
「裁判官の名前を出すには、弱いね」
他責にするつもりはない。
しかし、この計画はめぐみによるものだ。
つまり、次の手もあるということ。
「永田は刺せる。団体も刺せる。でも丸川は今のままだと、巻き込まれたように見える」
黒瀬がスマートフォンをこちらに向ける。
「実際多くはないですが、そういう反応も出ています」
画面には、少数だが確かにあった。
「大丈夫だよ」
ほらきた。
めぐみの″大丈夫だよ″。
他力本願の極みだが、俺の人生においてこれほど頼りになる言葉はない。
(さあ、続きを聞かせてくれ)
「永田と団体を先に壊す」
めぐみが言った。
「どうせ繋がってるんだろうけど、丸川は今は遠い」
「でも永田と団体が崩れれば、丸川は自分から動く」
俺は黙って聞いていた。
永田を潰す。
加害者更生団体を潰す。
団体が崩れれば、丸川へ流れていた案件の意味が変わる。
偶然ではなく、構造になる。
構造になれば、山本へ近づける。
(さすが。で、次はどう崩す)
「問題は、団体が表へ出てくるかどうかですね」
俺が言うと、黒瀬とめぐみが楽しそうに笑った。
「出させますよ」
全員が黒瀬を見る。
黒瀬はスマートフォンを置いた。
「討論番組を組みます」
「討論?」
「生放送です」
黒瀬は、まるで番組表でも読むように言った。
「テーマは、加害者更生は誰のためか」
「出演者は、久世市長」
「加害者更生団体の代表とメンバー数名」
「司会」
「コメンテーター」
「被害者支援側の専門家を一人」
意気揚々と話す黒瀬。
少し前までは、俺にいつ殺されるのかとビクビクしていたものだが。
「団体は、永田さん個人の問題として逃げようとしています」
「出なければ、逃げたと言われる」
「出れば、久世市長と生で向き合う」
「どちらにしても燃えます」
みずきがすぐに画面を切り替えた。
すでに番組の仮見出しが作られている。
緊急生討論。
加害者更生は誰のためか。
大阪市長・久世恒一 vs 加害者更生団体代表。
「早いですね」
「黒瀬さんから素材が来てた」
みずきが言う。
黒瀬は微笑んだ。
「報道は速度ですから」
めぐみが静かに画面を見る。
「団体を壊せば、政府の金の流れにも触れる」
「補助金や助成金ね」
めぐみは頷いた。
「加害者を更生させます。社会復帰させます。再犯防止します」
「そう言って税金を取っている」
「でも、実際はデポルを外へ戻して、また被害者を出している」
「それを生放送で聞けばいい」
ひとみが笑った。
「政府の金使って、何してくれてんねんって話やな」
俺は画面を見た。
加害者更生団体。
永田。
丸川。
山本。
まだ全ては繋がらない。
だが、一本目は折れる。
永田という枝。
団体という幹の一部。
そこを折れば、奥が見える。
「やりましょう」
俺は言った。
「討論番組で、団体ごと叩いて丸川を炙り出す」
黒瀬が頷く。
「では、こちらでお膳立てします」
「団体は出ますかね」
「出ます」
黒瀬は断言した。
「彼らは、加害者更生を正義だと思わせることで生きています」
「正義の看板を掲げている者は、正義を疑われると表へ出ざるを得ません」
「出てきたところを」
俺が言うと、黒瀬は楽しそうに目を細めた。
「殴ってください。言葉で」
めぐみが小さく笑う。
「警棒でやりそうだから、私が預かっておくね」
「生放送で大阪市長が特殊警棒で加害者更生団体を殴る」
「悪くはないね」
めぐみが、呆れたように笑う。
共有の端末に、通知音が鳴った。
一件。
差出人は不明。
「何か来た」
みずきが言った。
画面を開く。
添付ファイルが三つ。
加害者更生団体の内部名簿。
支援先一覧。
再配置記録。
みずきの指が止まった。
「久世くん」
「何」
「これ……表に出てない資料」
めぐみが画面を覗き込む。
黒瀬の表情が変わる。
ひとみも笑うのをやめた。
本文には、二行だけ。
『山本を本当に倒したいなら、その団体だけ見ても無駄だ。』
続けて、もう一行。
『大阪で私が作ったものと、同じ構造だ。』
俺は、差出人の名前を見る。
二階堂傑。
大阪を腐らせ、共生都市という言葉で、デポルを街へ入れた男。
そして、まだ王になろうとしている男。
なぜ、このタイミングで二階堂からの連絡なのか。
「交換取引だね」
めぐみが静かに言った。
俺は画面を見たまま、笑わなかった。
敵か。
餌か。
それとも、取引か。
どれでもいい。
ようやく、逃げた駒が盤上へ戻ってきた。




