第56話:愚か者_幕間③
ーー久世フェーズ
二〇〇三年五月。
中学生になっても、俺は法律の勉強を続けていた。
父から暴力で時間を奪われることはなくなった。
みことさんは大学院へ進み、弁護士になるために勉強している。
貧しい家。
母親。
妹。
家族を支えるという、明確な目的があった。
俺とは違う。
俺が法を求めるのは、復讐と根絶のためだ。
それでも、仕組みを変えるという道は同じだった。
吉田さんとの距離も、少し近くなっていた。
図書館では俺の近くに座る。
大した話はしない。
ただ、そこにいる。
俺は法を学び、金と人脈を作り、いずれ政治へ進む。
暴力ではなく、仕組みで誰かを守る。
まだ、その道を信じていた。
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放課後。
吉田さんが忘れ物を取りに教室へ戻った。
校門で待っていたが、十分経っても戻ってこない。
嫌な予感がした。
校舎へ引き返す。
声が聞こえたのは、空き教室だった。
「少しくらい、いいだろ」
井口ゆうた。
親が政治家だとか、ヤクザだとか。
教師も同級生も、面倒を避けて強く注意しない。
守られている小物は、普通の小物より厄介だ。
半開きの扉から中を見る。
吉田さんが机へ押しつけられていた。
井口のほかに、取り巻きが二人。
「やめて!」
吉田さんの声が震えている。
「こんにちは」
教室へ入ると、井口が顔を歪めた。
「何だよ、久世」
「汚い手で吉田さんに触るな」
「お前、吉田の何なの?」
「自称、ボディガード」
井口が吉田さんの腕を強く掴んだ。
俺が走り出した瞬間、横から金属バットが振り下ろされた。
後頭部へ衝撃を受け、視界が白くなる。
倒れる直前、制服の内ポケットへ手を入れた。
ICレコーダーのスイッチを押す。
そこで意識が切れた。
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下卑た笑い声で目を覚ました。
光の入らない体育倉庫。
埃とカビの匂い。
俺は床へ転がされ、両腕を取り巻きに掴まれていた。
制服の胸ポケットには、レコーダーの感触がある。
起動していればいい。
正面で、井口が笑っている。
「もう誰も助けに来ないぜ」
返事をする前に腹を蹴られた。
息が詰まる。
目が暗闇に慣れた時、部屋の奥が見えた。
吉田さんが、パイプ椅子へ縛りつけられている。
口には布を巻かれ、涙を流していた。
前世の最期が重なる。
守りたかった人を前にして。
何もできず。
一緒に殺された。
二度と繰り返さないために、身体も知識も鍛えてきた。
それでも、また目の前で奪われようとしている。
俺は何を積み上げてきた。
努力しているから大丈夫だと、自己満足していただけではないのか。
井口が、吉田さんの猿ぐつわを外す。
「やめて……」
震える声がした。
井口は楽しそうに、その顎へ手を伸ばした。
気がつけば、俺は笑っていた。
腹の底から。
涙が出るほど。
井口たちの動きが止まる。
やがて笑いが収まった時には、恐怖も涙も消えていた。
残ったのは、人を殺す覚悟だけだった。




