↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/159

第54話:明るい地獄_幕間①

ーー久世フェーズ


一九九七年七月・徳島。


目を覚ました時、最初に感じたのは畳の匂いだった。


血でも、濡れた路地裏でもない。


古い畳。


夏の湿気。


窓の外から聞こえる蝉の声。


自分の手を見る。


小さい。


白く、丸く、頼りない。


その手には、すでに血豆ができていた。


鏡に映っていたのは、七歳の久世恒一だった。


二〇二五年。


俺は三十五歳で、デポルに殺された。


好きになった人を守れず、自分も死んだ。


それが、一九九七年の小学二年生へ戻っている。


魔法は出ない。


身体能力も上がっていない。


女神からの説明もない。


あるのは、前世の記憶だけだ。


「……あれば、嬉しかったけど」


机へ向かい、学習帳を開いた。


掠奪種デポルを根絶する。


その下へ、必要なものを書く。


旧司法試験。


金。


人脈。


政治。


法改正。


抽象的で、汚い字だった。


それでも、書けば目的が形になる。


前世ではITセールスをしていた。


客の曖昧な要望を聞き、何が必要なのか分解する仕事だ。


なら、自分の人生も同じように考える。


目的は、デポルの根絶。


必要なのは、法、金、腕力、人脈、情報、地位。


現状は、七歳。


金も力もない。


そして、家庭環境は最悪。


まず、この家で生き延びなければならない。


階段を上がる重い足音がした。


父、久世大毅。


俺が最初に、人生は地獄だと教わった男。


扉が開き、酒と煙草の匂いが流れ込む。


「恒一。何ぼうっとしてやがる」


身体が強張った。


中身が三十五歳でも、七歳の身体は暴力を覚えている。


父の手が、俺の頭を叩いた。


痛い。


だが、前とは違う。


痛みの中でも考えられる。


父が求めているのは、息子を支配すること。


自分を父親として、指導者として認めさせること。


なら、その欲を利用する。


「お父さん。練習メニューを考えてた」


父の眉が動いた。


「野球がうまくなりたいから」


嘘だった。


欲しいのは、戦える身体だ。


父は満足そうに鼻を鳴らし、俺へ木製バットを渡した。


右打席と左打席。


三百回ずつ。


肩が悲鳴を上げ、手のひらが裂けても振った。


「今日は泣かねえのか」


「泣いても、うまくならないので」


前世の癖で、敬語になった。


父は気をよくした。


この日から、俺は父の暴力を利用することにした。


身体は、この男に作らせる。


知識は、父のいない場所で積む。


それが、二度目の人生の始まりだった。



学校は安全だった。


少なくとも、父はいない。


授業中は先生を見ているふりをして、ノートの端に法律の名前を書いた。


憲法。


民法。


刑法。


商法。


何から始めればいいのかも分からない。


だから、一つずつ調べる。


放課後は図書館へ通った。


十八時までに帰らなければ殴られる。


それだけ守れば、家より安全な場所だった。


社会科学の棚から六法全書を下ろす。


小学生には重すぎて、落としかけた。


「……これを読むのか」


魔法も、特別な頭脳もない。


力がないなら、時間と執念で補うしかない。


一行ずつ、条文を書き写した。


暴行。


傷害。


脅迫。


性犯罪。


法律は、誰かを守るためにある。


そう信じたかった。


だが、俺の知る未来では間に合わなかった。


なら、法律を知り、使い、最後には変える。


その頃、同じクラスの吉田さおりが、時々話しかけてくるようになった。


黒髪の、静かな女の子だった。


「久世くん、また難しい本を読んでる」


「必要だからね」


「変なの」


吉田さんは少し笑った。


普通の子どもの声。


普通の会話。


一度目の人生を終えてきた俺には、そんなものが眩しかった。


やがて吉田さんは、大学で法律を学ぶ姉を連れてきた。


吉田みこと。


俺のノートを見た彼女は、しばらく黙った。


「これ、君が一人で勉強してるの?」


「はい。間違っているところを教えてください」


「間違っているというか、小学生がこれを書いてる状況がおかしいよ」


それでも、みことさんは隣へ座ってくれた。


条文の読み方。


判例の考え方。


何を守るための法律なのか。


そして、自分の怒りと法解釈を分けること。


俺が独学では得られなかったものを教えてくれた。


父に殴られる。


バットを振る。


学校で学ぶ。


図書館で法律を読む。


吉田さんと話す。


みことさんから教わる。


一度目の人生では、ただの地獄だった幼少期。


二度目には、わずかだが光があった。


だから俺は、まだ信じていた。


努力を続ければ。


法を学べば。


いつか理不尽に追いつけると。


その考えが変わり始めたのは、図書館で起きた小さな事件だった。


吉田さおり頬擦り事件。


名前だけなら、くだらない。


だが、俺が初めて暴力で誰かを守った事件だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・コメントで応援いただけると嬉しいです。 #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公 #社会風刺
― 新着の感想 ―
吉田さおり!!!!! レスリングをやってそうな名前。 なぜか漢字が全て読める久世少年。 漢検2級でも取ればテレビに出れそう。 最年少7歳で漢検2級に合格!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。