第5話:守れなかった女
俺は、掠奪種を根絶する。
それが、表の理由だ。
でも、本当は少し違う。
守れなかった女性が、一人いる。
一方的な片思いだった。
話すたびに緊張して、隣を歩くだけで浮かれて、勝手に救われたような気になっていた。
それでも、好きだった。
守るどころか、逃がすことすらできなかった。
きっと俺より、ずっと酷い目に遭ったに違いない。
思い返すたびに、吐き気が込み上げる。
胸の奥が、焼けるように痛む。
掠奪種も。
国も。
そして、何もできなかった自分も。
全部、憎んだ。
もっと鍛えていれば。
もっと知識があれば。
もっと早く、逃げていれば。
そうやって、後悔だけを積み上げて終わった人生だった。
だからこそ、俺はもう一度この時代に戻してもらえたのではないかと思っている。
強い後悔。
怨嗟。
執念。
誰が、何のために俺を戻したのかは分からない。
だが、理由なんてどうでもいい。
やることは決まっている。
掠奪種を根絶する。
そのために必要なら、何でもやる。
法でも。
暴力でも。
使えるものは、全部使う。
すべては、そのためだ。
そして一つ、今世で決めていることがある。
冴子さんには、絶対に会わない。
合わせる顔がない。
俺が関われば、また奪われるかもしれない。
俺の近くにいれば、また巻き込まれるかもしれない。
そう思っていた。
にもかかわらず。
水谷ひとみ法律事務所。
応接用のソファに座っていたのは、セーラー服姿の沢口冴子だった。
一瞬、呼吸が止まる。
視界が揺れる。
心臓が、嫌な音を立てて暴れ出す。
押し寄せてきたのは、喜びでも感動でもなかった。
罪悪感だ。
守れなかった。
何もできなかった。
あの日、ただ奪われていくのを見ていることしかできなかった。
川沿いの暗い道。
赤黒い肌。
笑い声。
引きずられていく彼女。
全部が、頭の奥で一気に蘇る。
「あの……こちらの方、大丈夫ですか?」
冴子さんが、心配そうにこちらを見る。
生きている。
その声で、余計に息が詰まった。
「いけるいける」
ひとみが軽い調子で言う。
「依頼人がこんなに美人で緊張してるだけやろ? 自分、童貞やもんな?」
助かった。
その路線で行こう。
童貞は余計だが。
「そうです。女性に面識があまりないものでして……」
息を整えながら、無理やり言葉を繋ぐ。
「私は聞くことに集中しますので、こちらの水谷に内容をお話しください」
ぎこちない笑顔を作る。
情けないほど、震えているのが分かる。
関わるな。
近づくな。
今すぐ逃げ出せ。
頭の中で、警告が鳴り続ける。
それでも、視線だけはどうしても逸らせなかった。
目の前にいるのは、間違いなく冴子さんだった。
生きている。
それだけで、十分すぎるはずだった。
なのに、胸の奥が締め付けられる。
落ち着け。
依頼人として来ている。
つまり、今困っているということだ。
過去ではない。
今だ。
目の前の一件に集中しろ。
それだけでいい。
机の下で、自分の太ももを思い切りつねった。
鈍い痛みで、意識を無理やり引き戻す。
揺れる視界のまま、ペンを握った。
冴子さんの話を聞きながら、A4用紙に要点を書き出していく。
文字が少し歪む。
それでも、止めない。
止まれば、何かが崩れてしまう気がした。




