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第50話:黒い拾得物_黒の祝福編②

ーー徳島・ホテルレストラン


すだちぶりは、思ったより美味しかった。


脂はある。

けれど、重くない。


口に入れた瞬間、魚の甘みが来て、その後ろからすだちの香りが少しだけ抜ける。


すだち真鯛の方は、もっとさっぱりしていた。


歯ごたえがある。

身が締まっている。

噛むと、淡い甘みが広がる。


徳島の名産品のすだちを餌に混ぜて育てた魚。


「……本当に、すだちの味するんだね」


向かいの席で、山上が刺身を見つめながら言った。


「ね。ちょっと腹立つくらいちゃんとしてる」


「腹立つんだ」


「想像より美味しいものって、少し悔しくない?」


「いや、普通に嬉しいけど」


山上は小さく笑った。


ホテルのレストランは、夕食には少し早い時間だからか空いていた。


窓の外には徳島の街が見える。


大阪に比べれば、明かりは少ない。

音も少ない。

人の流れも遅い。


でも、悪くはない。


山上は箸を動かしている。


派手な髪。

整った顔。

細い指。

薄い笑い方。


ホストとしては、たぶん見栄えがいい。


でも、楽しそうではない。


「ホストの仕事、好きじゃないんだよね?」


私が聞くと、山上の箸が止まった。


それだけで十分だった。


話をまとめると、こうらしい。


山上は高校卒業後、世界的にも有名な大企業の工場で働いた。


二年勤めた。


けれど辞めた。


両親とは揉めた。

あんな大きな会社を辞めるなんて馬鹿だと怒られ、家にも居づらくなった。


貯金で一人暮らしを始めた。


そこへ、ホストのスカウトを受けた。


やってみると、話すこと自体は苦ではなかった。


人の話を聞く。

相手を笑わせる。

欲しい言葉を渡す。


それは向いていたらしい。


半年で、店のナンバー三まで上がった。


そこまでは順調。


でも、だんだん嫌になってきた。


客に金を出させる。


その行為が、思っていたより重かったらしい。


笑って金を使う客ばかりではない。


風俗で稼いでくる人もいる。

危ない仕事に手を出す人もいる。

生活を削って、酒を入れる人もいる。


それを見て、山上は思った。


自分は何をしているのか、と。


「向いてないね」


私が言うと、山上は苦笑した。


「はっきり言うね」


「どんな風に金を作ってくるのかは、その人たちの自由だからね」


「…簡単に言ってくれるね」


山上は少しだけ困った顔をした。

彼としても、何とかそう思いたいに違いない。

しかし優しい性格がそれを邪魔する。


これは短所であり、長所だ。

道理があれば、正しく金を使わせられる。


「褒めてるんだよ」


「…どの辺を?」


私はすだち真鯛を一切れ食べる。


やっぱり美味しい。


「人から金を奪う、とならないものを売ればいい」


「例えば?」


「ホームページ」


山上は、今度こそ怪訝な顔をした。


私は説明を短くまとめる。


ホームページ制作は単価が高い。


相手は会社や店、個人事業主。


古いホームページを使っている。

スマートフォンで見づらい。

予約導線がない。

検索で出てこない。

そもそもホームページを持っていない。


そういう相手に提案する。


こちらは売る。


相手は払う。


でも、客から無理やり金を引き出すのとは違う。


払った先に、相手の商売が良くなる可能性がある。


「あなたは話せる。相手の話も聞ける」


山上は少し黙った。


迷っている。


でも、興味はある。


目が、少しだけ生きてきた。


「久世も、それをやってるの?」


「やってるけど、人手が足りないんだ」


あまりニュースを見てないのか。

ひとみほどとは言え、名前や会社名はテレビに出ていたのだが。


「他にも弁護士の仕事とか、多岐に渡るからさ」


山上は箸を止めた。


「……やっぱりあいつは凄いんだな」


「うん。けど恒一は放っておくと、変な方向へ全力で走るから」


私は刺身を醤油につける。


「まあいきなりホームページの営業がいいって言ってもイメージつかないと思うから、明日見せてあげるよ」


「何を?」


「ホームページの有用性と売るところ」


山上は少し固まる。


「そんな簡単なことなの?」


「簡単ではないけど、流れは聞いてるからできる」


恒一から、営業の流れは何度か聞いている。


相手の困りごとを聞く。

今の集客方法を聞く。

機会損失を見せる。

作る理由を相手の言葉で出させる。

安く見せすぎない。

高く感じさせすぎない。


聞いたものは使う。


明日、見せる。


山上にはそう伝えた。



翌日。


私は朝から電話をかけた。


一件目は、駅から少し離れた整体院。


ホームページはある。

でも古い。

スマートフォンでは文字が小さい。

予約ボタンも分かりにくい。


電話に出た院長は、最初は警戒していた。


「営業の電話ですか」


「はい」


正直に言った。


隣で山上が少し驚いた顔をする。


でも、嘘をつく必要はない。


売りつける電話ではない。

今のホームページで損をしている。

新規の客を、取りこぼしている可能性がある。


そう伝える。


院長の声が変わった。


紹介以外の新規客が増えていないこと。

若い人が来ないこと。

近くに新しい整体院ができたこと。


困りごとは、すぐに出てきた。


アポは取れた。


二件目は、小さな飲食店。


料理は良さそう。

店の雰囲気も悪くない。

でも、検索して出てくる写真が古い。

営業時間も間違っている。

地図にも出にくい。


店主は面倒そうだった。


でも、営業時間がネット上で間違っていると伝えると、すぐに声が変わった。


こちらもアポが取れた。


電話を切る。


山上が、こちらを見ていた。


「アポイントってそんなすぐ取れるもんなの?」


「私はね」


「営業電話って言っても切られないんだね」


「切る人は切るよ。でも、困っている人は聞く」


山上は感心している。


私もそうだ。


簡単にアポを取れて凄い。

などという幼稚な感想は期待していなかった。


山上なりに、それは難しいことではないのか。

普通、話なんて聞いてくれないのではないか。


そういった仮説を立てられる人材ということがわかった。


これはいい拾い物だ。

絶対に連れ帰る…



一件目の整体院。


院長は四十代くらいの男性だった。


人は良さそうだが、少し疲れている。


話を聞くと、ホームページは知り合いに作ってもらったまま放置していたらしい。


私はノートパソコンを開いた。


スマートフォンで見た時の見づらさ。

予約ボタンの位置。

症状別ページの弱さ。

口コミの使い方。

検索する人が、整体院名ではなく症状で探すこと。


順番に説明する。


院長の姿勢が少しずつ前のめりになっていく。


途中、山上が口コミを見つけた。


「丁寧に説明してくれるって、何人か書いてますね」


自然だった。


売り込みではない。


相手の強みを見つけて、言葉にしただけ。


でも、それで院長の顔が明るくなった。


「うちは、説明だけはちゃんとしようと思っていて」


その言葉を拾う。


丁寧な説明。

症状別ページ。

予約フォーム。

施術方針。

口コミ導線。

スマートフォン対応。


提案はまとまった。


見積もりを出す。


院長は少し悩んだ。


でも、断る顔ではなかった。


「お願いします」


一件目。


契約。


店を出ると、山上は少し息を吐いた。


「50万円も払うのに、嬉しそうだった」


「払う理由があるからね」


山上は呟く。


「50万円もあればシャンパンタワーができるな…」


シャンパンタワーとホームページ制作を比べたことはなかったから、新鮮で面白かった。



二件目の飲食店も、流れは似ていた。


店主は最初、不機嫌だった。


ホームページなんか今さらいるのか。


そう聞かれた。


私は答える。


今さらだから必要だ。


今は、行く前に調べる。

写真が古い。

営業時間が違う。

地図で見つけにくい。


それだけで、選択肢から落ちる。


料理が美味しくても、ネット上の入口が壊れている。


店主の眉が動いた。


山上は店内を見ていた。


手書きのメニュー。

常連の写真。

古いポスター。

釣り好きらしい写真。


「常連さん、多いんですね」


山上が言った。


店主の顔が少し緩む。


「まあ、そうだな」


「新しい人には、少し入りにくいかもしれないです。でも、常連さんが楽しそうにしてる写真を出せば、雰囲気は伝わると思います」


控えめな言い方だった。


でも、店主には刺さった。


人の空気を読む。

それを言葉にする。


やっぱり、向いている。


店舗写真。

メニュー更新。

営業時間管理。

地図対策。

予約と問い合わせ導線。


提案をまとめる。


店主は腕を組んで唸った。


そして、言った。


「じゃあ、頼むわ」


二件目。


契約。



午後三時。


ホテルのカフェで、コーヒーを飲みながら、ホームページがどう生きてくるかを説明したあと、山上はしばらく黙っていた。


昨日より、目が生きている。


分かりやすい。


「やってみたいでしょ?」


私が聞くと、山上はすぐには答えなかった。


少し考えてから、頷いた。


「やってみたい」


「理由は?」


「金を払う人が、嫌そうじゃなかった」


「うん」


「むしろ、楽しみにしてた」


「そうだね」


十分だった。


私は条件を出す。


基本給は二十五万。


そこにインセンティブ。

成約件数に応じた賞与。


大阪の部屋はこちらで手配する。

最初は会社負担。

落ち着いたら自分で払う。


ホストは辞める。

賃貸の引き払いも進める。

必要書類はこちらで送る。


山上は、途中で何度か目を瞬かせた。


「早いね、段取りとか」


「決定事項だからね」


「こ、怖い…ていうか加藤さんて、そんなに権限あるの?」


「あるよ。私、取締役なんだよ。何してもいいんだ」


「ええ!?」


山上は苦笑した。


「加藤さん、すごいんだね」


「何が?」


「人の人生を、平気で動かす」


「山上はそうした方が良さそうだからね」


山上はコーヒーを見つめる。


そして、小さく頭を下げた。


「一緒に仕事をさせてほしい」


「決まり」


「久世にも借りがある。命の恩人だから」


高校の事件。


あの時、恒一はクラスを守った。


山上はクラスの一員だ。

恩人だと思う一人なのだろう。


「それに」


山上は私を見る。


「君にも、拾い上げてもらった恩がある」


「まだ拾っただけだよ」


「十分だよ」


山上は、少しだけ笑った。


「久世の彼女にも恩を売れるなら、悪くない」


「彼女じゃないけどね」


そう答えた。


「…それはどういう冗談?高校の時から付き合ってるんだよね?」


私は特に返答しない。


けれど、少しだけ機嫌が良くなった。


変だ。


まあ、いい。


「じゃあ、山上」


「え?うん」


「これから、表の仕事をよろしくね」


「裏もあるのかよ」


山上は笑った。


でも、それ以上は聞かなかった。


即戦力の営業人材、確保。


我ながら、いい仕事をした。



その夕方。


山上と別れた後、私は一人で病院の方角を見た。


母との次の面会は、明日。


あのノート。


母は離さなかった。


父のものかもしれない。


何を綴ってあるのか。

確かめる必要がある。


山上は拾った。


次は、母だ。


読ませてもらえないなら、奪る。


私は、私の血を確認しに行く。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです( ^ω^) #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公
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