第48話:二階堂崩し(後編)_選別都市大阪編⑮
選別都市大阪編最終話。
ーー大阪・難波
拍手は、波のように広がっていた。
私、二階堂傑は、壇上からその光景を見下ろしている。
人。
人。
人。
会社員。
学生。
主婦。
老人。
観光客。
支援団体の腕章をつけた者たち。
そして、その中に混じるデポル。
肌は普通。
表情も普通。
誰も気づかない。
それでいい。
気づかれないことが、共生の第一歩だ。
「大阪は、違いを恐れない街です」
私は、いつものようにマイクに向かって語る。
「生まれも、血筋も、育った場所も、働き方も違う。けれど、すべての人に居場所がある街を作らなければならない」
拍手。
綺麗な音だった。
順調だった。
大阪はもう、半分以上こちら側に傾いている。
住居。
仕事。
福祉。
法律。
政治団体。
支援者。
票。
表向きは共生。
裏では浸透。
デポルを大阪に入れ、住ませ、働かせ、増やす。
票になり、
労働力になり、
利権になる。
これほど効率のいい都市開発はない。
人間社会は、どうせ慣れる。
最初は恐れる。
次に怒る。
やがて諦める。
最後は、それを日常と呼ぶ。
そのための大阪だった。
「排除では、誰も救われません」
声を張る。
「必要なのは、管理ではなく、理解です」
その時だった。
ざわめきが起きた。
最初は、小さな波だった。
会場の後方。
通行人の足が止まる。
何人かが、難波の大型ビジョンを見上げていた。
私もつられて視線を向ける。
大型ビジョンに、ニュース速報の赤い帯が走っていた。
そこに文字が映る。
『速報 大阪市長・二階堂傑氏に重大疑惑』
私は、一瞬だけ呼吸を忘れた。
次の文字。
『共生政策の裏で、デポル移送か』
さらに。
『市長系支援団体に公金流用疑惑』
会場の空気が変わった。
拍手が止まる。
ざわめきが増える。
耳に、断片的な声が届く。
「デポル?」
「市長?」
「移送って何?」
「ニュース見ろ」
「やばない?」
大型ビジョンは切り替わらない。
むしろ、続報が流れる。
『関係者証言 東京から大阪へデポルを搬入』
『民泊・派遣会社・福祉団体を通じ生活基盤を整備し、デポルを使ったビジネスで儲けか』
『不起訴事件の加害者逃亡にも関与疑い』
画面の端に、ぼかしの入った動画が映った。
男が証言している。
倉庫。
台帳。
移送。
民泊。
派遣。
支援団体。
次に、別の男。
顔は伏せられている。
だが、私にはわかる。
播磨健二。
「……何だ、これは」
声が、喉の奥で掠れた。
何が起きている。
どこから漏れた。
倉庫か。
播磨か。
いや、両方か。
すぐにスタッフを見た。
「真壁はどうした」
誰も答えない。
「真壁を呼べ!」
スタッフが慌てて携帯を操作する。
だが、奪うように自分の携帯を取り出した。
真壁へかける。
呼び出し音。
一回。
二回。
三回。
繋がった。
『はい』
軽い声だった。
いつも通りの、軽い声。
「真壁。何が起きている」
『見れば分かるんじゃないですか』
「ふざけるな。誰が漏らした」
『漏れるように、穴が空いてたんでしょう』
奥歯が鳴る。
「君は、どちら側だ」
少しだけ、沈黙。
その後、真壁は笑った。
『まだそれを聞くんですか』
「答えろ」
『あなたは、王の器ではない』
その言葉だけが、妙にはっきり聞こえた。
「真壁」
『混ぜすぎたんですよ。管理できないほどに』
「貴様」
『お疲れ様でした。二階堂市長』
通話が切れた。
携帯を握り潰しそうになる。
裏切り。
やはりか。
真壁。
あの男は、最初から信用していなかった。
だが、ここまで深く刺さっていたのか。
それとも、真壁だけではない。
すぐに別の番号へかける。
東京。
窓口。
数回の呼び出しの後、女の声が出た。
『はい』
黒瀬麗奈。
大手放送局の報道局プロデューサー。
東京側の窓口の一人。
表ではニュースを作り、
裏では都合の悪いニュースを殺す女。
「黒瀬。ニュースを止めろ」
『無理ね』
即答だった。
「君なら止められる」
『途中までは良かったのにね。爪が甘かった』
女の声は、どこか楽しそうだった。
「東京は私を切るのか」
『切るも何も、あなたは大阪の駒でしょう。東京まで燃やす価値はないわ』
「高宮先生は何と」
『その名前を今出すのは、趣味が悪いわね』
「黒瀬」
『二階堂さん。共生は綺麗だった。でも、物語としてはもう古い。次の絵に移る時間よ』
「見捨てるのか」
『報道は死体を映す。死体を助けはしない』
通話が切れた。
しばらく画面を見つめた。
指先が冷えている。
大型ビジョンでは、さらに別の映像が流れる。
『水谷ひとみ弁護士が関係資料を提出』
『最年少司法試験合格者・久世恒一氏も調査に関与か』
『大阪市共生関連事業に、デポル移送ビジネス疑惑』
会場が騒がしくなる。
スタッフが何かを叫んでいる。
「市長、いったん裏へ」
「警察が」
「報道が来ています」
「こっちへ」
ようやく周囲を見る。
警察。
だが、いつもの警察ではない。
これまで何度も処理してきた、話の通じる警察ではない。
動きが違う。
目が違う。
配置が違う。
公安か。
政治思想、組織犯罪、国家に関わる案件に出てくる連中。
表の警察とは違う匂いを持つ者たち。
少なくとも、こちらの窓口がすぐに握れる相手ではない。
そこで、逆に冷静になった。
怒りが引く。
恐怖が沈む。
頭が動き始める。
なぜこうなった。
どこで狂った。
播磨は首輪をつけられた。
倉庫は抜かれた。
坂田も取られた。
真壁は裏切った。
だが、真壁だけではない。
あの男に、ここまでの盤面を作る力はない。
誰かがいる。
それも、政治の匂いを知っている誰か。
数年前。
歯車は、もっと前から狂っていた。
シマ荒らし。
大阪のデポルを狩っていた、得体の知れない若造。
徳島にも何度か人を向かわせた。
だが、掴みきれなかった。
その若造が、真壁と繋がった。
いや。
真壁が、最初から別の誰かと繋がっていた。
真壁では格が足りない。
では誰だ。
徳島。
シマ荒らし。
政治家。
その時、大型ビジョンの画面が切り替わった。
別の速報。
『徳島県知事・井口おさむ氏、辞職の意向』
目が止まる。
画面には、井口おさむが映っていた。
落ち着いた顔。
計算された角度。
誠実そうに見える目。
『次期総選挙に、大阪選挙区から出馬へ』
『徳島と大阪の連携を強化し、より良い日本、強い日本へ』
井口は、会見でそう語っていた。
理解した。
全部ではない。
だが、線は繋がった。
シマ荒らし。
真壁の裏切り。
徳島。
井口おさむ。
大阪進出。
「……貴様か」
口元に、笑みが浮かんだ。
腹立たしい。
だが、見事だった。
井口は、私の大阪を″少し″潰して、そこへ入るつもりだ。
共生の街を壊し、管理の檻を置く。
そういうことか。
「市長!」
スタッフの声。
公安らしき男たちが近づいてくる。
私は、マイクを握り直す。
まだ終わっていない。
大阪は失うかもしれない。
だが、自分はまだ残る。
何度でも作ればいい。
大阪で駄目なら、別の都市で。
日本で駄目なら、もっと別の形で。
「皆さん」
マイクに向かって声を出した。
その声は、驚くほど落ち着いていた。
「今、事実ではない報道が流れています。どうか冷静に」
その時、群衆の中にいた数人が動いた。
事前に置いていた者たち。
もしもの時に、混乱を作るための駒。
野次馬に紛れたデポル。
私は、目だけで合図を送る。
一人の男の肌が、赤黒く変わった。
悲鳴。
次に、別の女が暴れ出す。
人が倒れる。
カバンが飛ぶ。
誰かが叫ぶ。
群衆が一気に崩れる。
「デポルや!」
「逃げろ!」
「警察!」
「危ない!」
混乱。
公安の動きが少しだけ、止まる。
その一瞬。
ステージ横へ下がった。
スタッフが止めようとする。
「市長、どこへ」
「避難する」
そう言って、裏へ抜ける。
用意していた車。
別名義の運転手。
別ルート。
すべて、万が一のために置いていたものだ。
車に乗り込む直前、難波の光を見た。
大阪。
よく育った街だった。
だが、捨てる時は捨てる。
車のドアが閉まる。
窓の外を見ながら小さく呟いた。
「何度でも戻るさ」
車が動き出す。
「王でないなら、王になるまでだ」
大阪の喧騒が、後ろへ流れていった。
・
・
・
ーー大阪・久世事務所
ーー久世フェーズ
ニュースは、止まらなかった。
テレビ。
ネット掲示板。
週刊誌系サイト。
個人ブログ。
動画投稿サイト。
全部が燃えていた。
みずきが、ノートパソコンを操作しながら言う。
「拡散、止まらないね」
画面には、見出しが並んでいる。
『大阪市長にデポル移送ビジネス疑惑』
『共生政策の裏で公金流用か』
『デポル加害者の逃亡ルートに市長系団体?』
『女性弁護士が告発資料を提出』
『播磨健二弁護士、事件処理への関与認める』
ひとみは、ソファに座って缶コーヒーを飲んでいた。
「えらいことになったな」
「ひとみさん、嬉しそうですね」
「そら、多少はな。私、美人弁護士として話題になってるし」
「そこですか」
「そこやろ」
実際、ひとみの名前は一気に広がっていた。
二十二歳で司法試験合格。
一年の司法修習を経て独立。
二十八歳の若さで安定した事務所経営。
そして今回、大阪市長の裏側を暴いた女性弁護士。
顔も出た。
それが火に油を注いだ。
匿名掲示板では、事件の中身と同じくらい、ひとみの容姿が話題になっている。
本人は、少しも気にしていないように見えた。
いや。
利用できるなら利用する顔をしていた。
「久世くんも出てるよ」
みずきが画面を指す。
『史上最年少で司法試験突破の若者、告発に関与』
『十五歳で合格した法曹界の異端児』
ひとみほど、大きく取り上げられてはいない。
司法試験を突破しただけで、司法修習は完了していない。
つまり弁護士ではない、ただの未成年の一般男性だ。
にも関わらず、名前まで出ている。
これも、奴の仕業か。
しかしそれだけではない。
播磨を動かした。
法曹協会。
その上層にいる播磨は、今回の件で自分の首を守るために、こちら側へ完全に倒れた。
大阪市長の裏側を暴いた協力者。
その立場を利用し、播磨は俺の名を押し上げた。
司法修習の免除。
普通ならあり得ない。
だが、史上最年少で司法試験を突破した事実。
既に法人法務で実績を積んでいること。
今回の告発に関与したこと。
法曹協会上層の後押し。
全部が重なった。
世間は、一時的に俺を見た。
「恒一」
めぐみが、テレビを見たまま言った。
「これでよかったんだよね」
「…よかったよ」
法を使うための資格。
表で戦うための立場。
政治に近づくための入口。
それぞれ、準備が整いつつある。
俺たちは、証拠を奪い、証人を拉致し、脅し、血を流した。
その結果、二階堂は大阪から逃げた。
だが、完全に倒れてはいない。
さらに、空いた席へ座ったのは、別の怪物だった。
テレビの画面が切り替わる。
臨時ニュース。
『大阪市政正常化へ、徳島県知事・井口おさむ氏が特別参与に』
アナウンサーが読み上げる。
『二階堂市長の一連の疑惑を受け、大阪市政の混乱を収束させるため、徳島県知事の井口おさむ氏が、異例の形で大阪市政正常化チームに加わることが発表されました』
画面には、井口が映っている。
落ち着いた表情。
誠実そうな声。
『徳島と大阪は、これからの日本において重要な役割を担う地域です。混乱を利用するのではなく、秩序を取り戻す。そのために、私にできることを尽くします』
綺麗な言葉。
本当に、綺麗だった。
だからこそ、吐き気がした。
みずきが呟く。
「……これを全部用意してたんだよね」
「らしいね」
井口は、最初から空席を狙っていた。
二階堂を潰す。
大阪に混乱を作る。
その混乱を収める顔で入り込む。
一年かけて大阪の地盤を固める。
翌年、大阪から総選挙に出る。
徳島から四国へ。
大阪から関西へ。
井口の地図が、見えた気がした。
ひとみが、缶コーヒーを机に置く。
「気持ち悪い勝ち方やな」
「我々も得たものはありますが…これは勝ちなんですかね」
俺が言うと、ひとみは笑った。
「勝ちやろ。少なくとも、二階堂の大阪は壊した」
ニュースはさらに続く。
『水谷ひとみ弁護士、法曹協会の要職へ』
ひとみが、ほくそ笑む。
画面には、ひとみの経歴が出ている。
二十二歳で司法試験合格。
司法修習後に独立。
大阪で安定した事務所経営。
今回の告発における中心人物の一人。
『若き女性弁護士の台頭として、法曹界からも注目が集まっています』
「……ふふふふふ。ふはははは!」
「…事前に知ってたじゃないですか」
「ほんまにノリ悪いなお前」
「これで、俺もひとみさんも、引くに引けなくなりましたよ」
ひとみは、しばらく黙っていた。
そして、にやりと笑う。
「誰が引くか。もっと上にいって引っ掻き回したるわ」
法曹協会の上から四番目。
播磨の下。
表向きは、今回の告発で評価された若き女性弁護士。
実態は、上層部が播磨を縛る首輪の一つであり、こちらから播磨への命令。
ひとみはその位置に置かれた。
みずきが、別の画面を開く。
「会社の件も、反応来てる」
「会社?」
めぐみが聞く。
「久世くんが法人法務とホームページ制作、セキュリティ関係で関わってた企業から。問い合わせが増えてる」
ひとみが笑う。
「売名効果やな」
「ですね、ありがたい」
このまま俺が全部を持つのは無理だ。
法。
政治。
デポル。
会社。
情報。
全部を自分の手で握ろうとすれば、いずれ潰れる。
「めぐみとみずきの個人事業を俺の会社が買収するから、そのまま会社役員になってほしい」
めぐみは、当然そうなると分かっていたように返事する。
「まあ、そうなるよね」
みずきは顔を上げ驚く。
「私も!?」
「経験と思ってぜひ。取締役員なんて滅多にできないよ。業務委託契約は終了するから、会社を経営する側にまわってほしい」
「久世くんはどうするの?」
めぐみがニヤけた面で、正論を放つ。
「恒一は、取締役会長になるんだよ。経営は私たちに任せて、役員報酬だけ貰うつもりなんだよ」
みずきは目を丸くした。
「…卑怯者!」
ひとみが爆笑する。
「ギャハハ!確かに、久世は卑怯者やな」
「…まあ、はい。卑怯者でいいので、つべこべ言わずにやってください」
めぐみが小さく笑った。
「政治に行くためでしょ」
「分かってるなら、みずきに説明しておいて」
みずきは、ひとみにおちょくられ、ひたすら戸惑っている。
(政治)
腹の底が冷える。
いよいよ、その言葉が近づいてくる。
デポルを一匹ずつ殺すだけでは足りない。
街を壊しても、別の街がある。
大阪を潰しても、東京がある。
二階堂を追っても、高宮がいる。
他にも…
なら、上へ行くしかない。
線を引く側へ。
法律を作る側へ。
執行する側へ。
めぐみは、俺を見ていた。
「恒一は、前線から退くの?」
「そんなことはないよ。頻度は減るけど、情報収集もしたいから」
「でしょうね」
「でも経営と実務の九割は、二人に任せるよ。役員報酬も納得してもらえる額で設定する」
みずきは、しばらく黙ったあと、小さく頷いた。
「分かった。やる」
「ありがとう。断ったら追い出してたけど」
「おい」
ひとみが笑う。
「これからも、楽しませてくれよ」
「…ええ。ひとみさんが変わらず、仲間なら、ね」
ひとみは不敵に笑っているが無視する。
テレビでは、井口がまだ話している。
秩序。
再建。
連携。
未来。
強い日本。
綺麗な言葉ばかりだ。
二階堂と同じくらい、綺麗な言葉。
違うのは、その中身だった。
二階堂は混ぜる。
井口は分ける。
どちらも、デポルを人間社会に残す。
俺の望む答えではない。
だが、今は井口の方がマシだった。
それが、俺の出した結論だ。
最悪だと思う。
デポルは、一人残らず根絶する。
そう決めたのに、今はデポルの掌の上だ。
だが、今の俺には、この″選択″が最善だと信じて進むしかない。
窓の外を見る。
大阪の朝は、いつも通り騒がしい。
街は壊れていない。
けれど、見えない場所で支配者が入れ替わった。
二階堂の色は薄れゆく。
代わりに、井口の檻が置かれた。
俺たちは命を削り、罪を重ね、血を流した。
得たものはある。
播磨。
法曹協会への道。
弁護士としての立場。
ひとみの上昇。
めぐみとみずきの会社基盤。
そして、政治への入口。
だが、勝利ではない。
少なくとも、胸を張れる勝利ではなかった。
ただ一人。
井口おさむを除いて。
テレビの中で、井口おさむが笑っている。
その笑みを見ながら、俺は思う。
今回は、踊らされた。
だが、次は違う。
踊らされる側では終わらない。
線を引く側に回る。
そのために、まずは目の前のものを使う。
すべて。
散々利用され、骨を折り、血を流した。
それでも、大阪での戦いは終わった。
勝利と呼ぶには、あまりに汚い。
だが、俺たちの戦いは、ようやく次の場所へ進む。
俺は立ち止まらない。
デポルを殺しきるまで。
選別都市大阪編最終話でした。
お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
明日からはめぐみ編に入り、そのうち第三章へと進みます。




