第41話:首輪_選別都市大阪編⑧
ーー久世フェーズ
大阪・久世事務所。
朝。
みずきがモニターを睨んでいた。
掲示板。
個人ブログ。
週刊誌系サイト。
まだ炎上と呼べるほどではない。
だが、火種にはなっている。
『不起訴後に再犯疑惑? 同一弁護士が関与か』
『人権派弁護士の裏の顔』
『大阪市長演説会場に疑惑の関係者?』
断定はしていない。
名前も出していない。
それでも。
見る者が見れば分かる。
「まだ、そこまで燃えてないね」
「十分」
画面を見る。
「反応を少し増やして、記録を残して。その後は?」
「作った掲示板とブログは閉じていい」
みずきが眉をひそめる。
「なんで?」
「交渉材料だからね」
燃えすぎれば。
二階堂側が播磨を切る可能性がある。
今はまだ。
生かしておく方が使える。
鞄を手に取る。
「播磨のところへ行ってくる」
めぐみが顔を上げた。
「一人で?」
「営業の再訪問だからね」
「危なくない?」
「危ないなら、なおさら一人でいい」
不満そうなめぐみを残し、事務所を出た。
・
・
・
播磨法律事務所。
受付は、前回より慌ただしかった。
電話が鳴っている。
受付の女性も。
笑顔の奥が硬い。
案内された部屋では。
播磨健二が待っていた。
いつものスーツ。
穏やかな表情。
だが。
目の下には、薄い隈がある。
「久世くん」
播磨が微笑む。
「今日は、セキュリティ診断の続きかな」
「ええ」
席へ座る。
「しかし週刊誌って、影響力あるんですね。真偽もわからないのに」
播磨の笑みが、わずかに薄くなった。
「噂など、すぐ消えますよ」
「ネットに残ってもですか?」
鞄から資料を取り出す。
「検索され、保存され、拡散される」
一枚。
また一枚。
机へ置く。
石津の過去の不起訴。
今回の再犯疑惑。
示談交渉。
演説会場での写真。
播磨と石津。
「偶然にしては、重なりすぎていますね」
播磨が黙る。
「君が撒いたのか?」
答えず。
その目を見る。
「石津を不起訴にしたのは、先生の判断ですか?」
「不起訴を決めるのは検察です」
「では、その検察官との会食は?」
「珍しいことではない」
「示談金の出所は?」
播磨の目が。
わずかに揺れた。
「君は、何がしたい」
「選んでもらいに来ました」
録音機を机へ置く。
「録っているのか」
「ええ」
「違法では?」
「必要なら、後で争いましょう」
播磨が乾いた笑いを漏らす。
「若いね」
「いえいえ。そこまで差はないですよ」
「……?」
「独り言です」
俺は、播磨を見る。
「先生は、断れなかったんですね」
表情が消える。
「二階堂側から頼まれたのですよね?」
表情を見ながら、ゆっくりと事実を突き詰める。
「最初は一件だけだった」
「石津のような連中を外へ戻す。示談をまとめる」
「断れば、自分が消される」
播磨は何も言わない。
「でも」
一枚の資料へ指を置く。
「先生が逃がした石津は、また誰かを襲った」
播磨の顔が歪んだ。
「先生が生きるために、誰かが壊されている」
「……断れると思うか」
低い声。
「相手が誰か、分かっているのか」
「二階堂傑」
播磨の目が鋭くなる。
「あの人は、本気だ」
「何に?」
「街を変えることに」
少し間を置く。
「いずれ、デポルを隠す必要すらない街にする」
「……」
「働かせ、住まわせ、票にする」
二階堂の演説が蘇る。
共生。
理解。
居場所。
綺麗な言葉の裏側。
「先生は、それに協力した」
「……生きるためだ」
「その結果、誰かが壊れても?」
播磨は答えない。
俺は資料を揃えた。
「選んでください」
「何を?」
指を一本立てる。
「俺に協力する」
「表向きは二階堂側のまま。裏で情報を流す」
二本目。
「拒否する」
「資料と録音を出す」
「先生は社会的に終わる」
一拍。
「その後、二階堂が先生を守るかは知りません」
播磨が笑う。
「脅迫か?」
「交渉ですよ」
即答する。
「二十歳にもなっていない若造が、私を守ると?」
「俺一人では無理です」
「なら、なぜ言える?」
一枚の写真を出す。
真壁。
播磨の表情が、ほんの少し変わった。
「この男を知っていますね」
沈黙。
「大阪は、一枚岩じゃない」
「二階堂を嫌っている勢力もいる」
「先生一人を守る程度なら、手はあります」
播磨の指が震える。
「私は、強い方につく」
「賢いと思います」
「今は、二階堂さんの方が強い」
「そうかもしれません」
「君が勝つ根拠は?」
「先生が、俺と話し続けていることです」
播磨が黙った。
「二階堂が絶対なら、先生は俺を追い返せばいい」
だが。
そうしていない。
「それに」
録音機を見る。
「俺は、先生を使いたい。二階堂はーー」
播磨を見る。
「使えなくなった先生を、残してくれますか?」
長い沈黙。
やがて。
播磨が息を吐いた。
「……何をすればいい」
「今まで通り二階堂側にいてください」
播磨の瞼がピクリと動く。
「裏で情報を流してください」
二階堂。
検察。
デポル。
「全部です」
「多いな......私が殺される」
「先生ならできます」
播磨が目を閉じる。
そして。
「分かった」
録音機は止めない。
「もう一度お願いします」
播磨が、こちらを見る。
「……協力します」
その声が。
録音機へ残った。
首輪は。
掛かった。
・
・
・
席を立とうとすると。
播磨が口を開いた。
「一つ、伝えておく」
「何ですか?」
「急いだ方がいい」
表情に焦りがあった。
「石津だ」
手が止まる。
「石津が、君の黒髪の彼女を狙っている」
黒髪。
みずき。
「いつ知った?」
「さっきだ」
播磨が続ける。
「演説会場で見た女を探せと連絡が来た」
「なぜ先生に?」
「私を便利屋だと思っている」
唇を噛む。
「石津は、獲物を決めるとしつこい」
「カメラや二階堂側の人間を使って探す」
「名前は?」
「まだ知らないはずだ」
一拍。
「だが、時間の問題だ」
播磨を見る。
「なぜ、教えるんです?」
「協力者になると言ったからだ」
一瞬。
播磨が目を逸らした。
「それに。黙っていて彼女に何かあれば」
こちらを見る。
「君は、私を殺すだろう」
「播磨先生」
「何だ?」
資料を鞄へ入れる。
「俺はまだ」
播磨を見る。
「人を殺したことはないですよ」
播磨の顔から。
血の気が引いた。
何を人に数えていないのか。
理解したのだろう。
部屋を出る。
・
・
・
ビルの外へ出た瞬間。
電話が鳴った。
非通知。
出る。
『立花さん、危ないよ』
真壁だった。
「……」
『石津が動いた』
軽い声。
『部屋まで行くかもね』
「知っていて、今まで黙ってたんですか」
『今、教えてるじゃないか』
腹が煮える。
だが。
今は真壁ではない。
「分かりました」
『じゃあ、急いでね』
通話が切れる。
すぐに、みずきへ電話する。
呼び出し音。
出ない。
もう一度。
出ない。
めぐみにかける。
『恒一?』
「みずきは?」
『さっき買い物に出たけど』
喉が締まる。
「鍵を閉めて、部屋から出ないで」
『何があったの?』
「石津が、みずきを狙ってる」
一瞬の沈黙。
『分かった』
声が変わった。
『警察とひとみさんに連絡する。みずきにもかけ続ける』
「頼む」
通話を切る。
もう一度。
みずきへかける。
「……出ろ」
鳴り続ける。
一回。
二回。
三回。
それでも。
呼び出し音だけが、虚しく鳴り続けた。




