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第43話:真意_選別都市大阪編⑩

ーー久世事務所

 ーーめぐみフェーズ


「ごめん。私のせいだ。油断していた」


私には、謝罪しかできなかった。

一人で買い物に行かせたこと。

安易に階段室へ向かうよう指示したこと。

自分なら、もっと上手くできたはずだ。

そう思うほど、胸の奥が重くなる。


「そんなことないよ」


みずきは毛布を被って座っている。

頬は腫れている。

唇の端が切れている。

服は着替えた。

手はまだ震えていた。


「めぐみは、ずっと言ってくれてた。もっと危機感を持たないと危ないって」


そう言われても、何も軽くならない。

結果として、みずきは襲われた。

石津はビル内に侵入していた。

恒一が間に合わなければ、取り返しがつかなかった。


「病院行くで」


ひとみが言った。


「……そういえば、警察は来ないの?」


みずきが聞く。

「おう、けえへん。だから先、病院や」


ひとみは、遮るように答えた。


「もし来たら、階段室の死体説明せなあかんからな」


死体。

その言葉で、みずきの肩が小さく震えた。

私はひとみを見る。


「私、警察呼んだけど。なんで来ないの?」

「私がキャンセルしたからや」


理解が、一瞬だけ遅れる。

出前をキャンセルしたみたいに、ひとみは言う。


「……それは、何故?」


ひとみは笑った。


「そんなん当たり前やろ。あんたから連絡来た時、久世なら間に合うと思った。そうなると、警察が来た時に階段室見たらどう思う?」


当然、人殺しの現行犯だろう。

二階堂が牛耳っている大阪だ。

石津がデポルとは報道されない。

示談交渉中だった男性を殺害。

しかも犯人は、最年少で司法試験を突破した秀才。

いくらでも見出しは作れる。


けれど、問題はそこじゃない。


恒一が間に合わなければ、みずきは暴行されていた。

警察を止めなければ、警察が先に着いた可能性だってある。


それを、この女は切った。


(みずきを……見殺しにするつもりだった?)


指先が冷える。

奥歯が鳴るほど、顎に力が入った。

視界の端が、薄く暗くなる。


”殺せ”


そんな言葉が、私の中で勝手に形になった。

初めての感情に戸惑う。

父がデポルに殺されたと知ってから、当然、その相手に殺意はあった。


けれど、今のこれは違う。


もっと深い。

根幹から絞り出されるような殺意。

さも、殺すのが当然とでも言うような...


「おい、めぐみ」


ひとみに呼ばれて、ハッとした。


「な、なに」

「お前がなんやねん。急に黙って。顔めっちゃ怖かったで。けど美人は怒っても美人やな。私と一緒」


ひとみはゲラゲラ笑っている。

その笑いも。

口調も。

全部、作り物なのではないか。


そう疑うと止まらない。


「そういえば、久世は?」


恒一はいない。

頭から血を被ったみたいに汚れていたから、風呂場へ押し込んだ。


「汚かったので、清めるよう伝えました」

「自分、言葉のチョイスおもろいな」


ひとみは笑っている。


私は呼吸を整えた。

この女は、捨ておけない。

敵に近い。

でも、今すぐ切れない。


情報。

立ち回り。

判断の速さ。

その全てにおいて、私たちより上だ。


しかし。

恒一を、よからぬ方法へ導こうものなら、私はこの女を殺す。

私は四度蘇っている。

たまに脳内に女神も現れる。


この女も、普通の人間だけでは説明がつかない。

そう思った。


 ーーみずきフェーズ


立花みずきに、友達はいない。

だから、舞い上がっていた。


初めてできた男友達。

初めてできた女友達。

高収入。

祖父母と自分の生活が潤うこと。


全部が、嬉しかった。

調子に乗っていた。


ちょっとパソコンができるから。

ちょっと役に立てるから。

自分も、二人と同じ場所に立てる気がしていた。


置いて行かれたくなかった。

私でもできる。

私にも覚悟がある。


そんな言葉ばかり使って、ただ後ろをついてきた。


久世くんは、見透かしていたのだと思う。

だから何度も、徳島から遠隔でセキュリティを見る形でもいい、と言ってくれていた。

私は、いつか取り返しのつかないミスをする。

そう思われていた。

それが確信に変わったのが、さっきだった。


「目を逸らすな」


久世くんは、そう言った。

ありのままの自分と、これから起こる全てを見ろと。

これが現実で、これを続けていくのだと。


文字通り、背中で語られた。

正直、ものすごく怖かった。


デポルも。久世くんも。


何度も何度もナイフを突き立てるあの姿は、忘れられない。

どちらも、人じゃないと思った。


けれど、一番怖かったのは、取り残される自分だった。

そして——

自分が壊された後、悲しむ祖父母の姿だった。

私が壊されたら、祖父母が悲しむ。

それだけじゃない。


きっと、自分たちのせいだと思う。

もっと守ってやれたんじゃないか。

大阪へ行かせなければよかったんじゃないか。

仕事なんてさせず、そばに置いておけばよかったんじゃないか。

あの人たちは、そうやって自分たちを責める。

そんなことをしようとした奴を、私は許せない。


だから、今一度思う。

全てにおいて、認識が甘かった。


資料で見るのと、現実は違う。

画面の向こうと、掴まれる腕の痛みは違う。

記事の文字と、息を塞がれる恐怖は違う。


私はもう、画面の向こう側には戻れない。


ガチャ。


浴室の方から音がした。

久世くんが出てきた。

鍛え抜かれた上半身が露わになっている。


左胸から右腹部までの切り傷。

右腹部の上部、刺された傷。

その他にも、無数の傷。


風呂に入って出てきた。

ただそれだけの、たった一瞬で。

ひどくやつれて見えた。


多分この人は、無理をしている。

冷酷なのではない。

冷酷であろうとして、冷酷なことをしている。


どちらかといえば、めぐみの方が冷酷という言葉は似合う。

どことなく、だけど。


「なぜ、まだこんなところにいるのか……病院は?」

「さっきからそう言うてんねんけどな」


なぜか、ひとみさんが答える。

私は、久世くんを見る。


「久世くん」

「はい」


まっすぐこちらを見ている。


「資料で見るのと、画面で見るのと、全然違ったよ」

「そうだね」


「腕を掴まれた時、ああ、これがデポルなんだって思った。本当に怖かった」


久世くんは、何も言わない。


「それと同時に、怒りも湧いた」

「うん」


「私が壊されたら、祖父母が悲しむ」


言葉にすると、また涙が出そうになる。

でも、止める。


「それだけじゃない。あの人たちは、自分たちを責める。そんなことをしようとした奴を、私は許せない」


部屋の中が静かになる。


「犯罪でも何でもいい。私も一緒にやる。続ける」


ひとみさんとめぐみは黙っていた。

久世くんは、あっさりと告げた。


「そう。分かった。これからも頼む」

「ええっ!?」


ひとみさんとめぐみが、声をそろえて驚いた。


「止めるとこちゃうん?!」

「私も徳島に強制送還するかと思った」


この二人、なんだかムカつく。

久世くんは、表情を変えずに言った。


「階段室で、見ろと伝えた」


静かな声だった。


「みずきはそれを見た上で、続けると判断した」

「……」


「だから俺から言うことは何もない。彼女が決めたことだから」


ひとみさんとめぐみが、納得したような、していないような顔で近づいてくる。


「ほな、これからもよろしゅうな」

「お互い、備えないとね。護身術とか」


私は、覚悟を決めた。

デポルは根絶すべきだと思った。


相容れないから。

暴力を振るって、何もしていないと述べる。

根本が違う。


私は運よく助かったにすぎない。

だから私は、この二人を守る。

そのために続ける。

それは言葉にはしない。

今日この時、心に刻んだ。


 ーー久世フェーズ

夜。

大阪の街は、何事もなかったように明るい。

飲んだくれ。

キャッチ。

喧嘩。

笑い声。

いつもの日常がそこにある。


俺たちは、一匹殺した。

みずきは、こちら側に残ると決めた。

めぐみは、ひとみを見る目を変えた。

ひとみは、何かを隠している。


そして石津が消えても、構造は残っている。


机の上で、電話が震えた。


『間に合ったみたいだね』


真壁の声。


「……ええ。お陰様で」

『それはよかった。協力した甲斐があったよ』


「はい。それでは——」

『井口さんが話したいって』


「……今?」

『今じゃなくてもいいよ。でも、早い方がいい』


真壁は軽く言う。


『二階堂を放置すると、次の石津が増える。井口さんはそう言ってる』


目を閉じる。


井口おさむ。

徳島県知事。

デポルを管理するデポル。

選別する男。


吐き気がする。

だが、否定しきれない。


次の石津は、必ず出る。


『どうする?』


真壁が聞く。

窓の外を見る。

大阪の灯りが、滲んで見えた。


「どこへ向かえば?」


短く答えた。


通話の向こうで、真壁が笑った気がした。

大阪の夜は、まだ終わらない。

次に会うのは、敵よりマシな敵だった。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです( ^ω^) #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公
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