表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/113

第40話:偽証_選別都市大阪編⑦

ーー大阪市内・事件現場付近


夜。


アパート周りは暗い。


街の光は近くにあるのに、ここだけ切り取られたように沈んでいる。


ひとみは現場を見ながら、淡々と説明した。


「被害者はここの部屋。石津は後ろから口を掴んでーー」

「管理会社もグレーや。民泊絡みかもしれんな」


俺は頷いた。


ひとみは被害者から聞いた内容を、必要最低限だけ口にする。

それ以上は言わない。


部屋の中は、古い畳の匂いがした。


薄いカーテン。

壊れかけの照明。


ひとみが位置を示す。


「私はこっち。あんたはそっち」

「はい」


「緊張してる?」

「なぜ?」


「殺すぞ」


ひとみは笑った。


「ほら、もっと近づかな写真にならんやろ」

「今やってるじゃないですか、膝痛いんですよ」


石津が暴行したとされる場所で同じように体勢を作る。


窓の外。

向かいの建物の影に、めぐみがいる。

カメラを構えている。


みずきは別の場所から周辺カメラの死角を確認し、データの退避を担当している。


全員が共犯者だった。


ひとみが小さく言う。


「なあ、久世」

「何ですか」


「おもろいな」

「これがですか?」


「違う。犯罪を暴くために犯罪を犯しているこの状況や」

「ええ、笑えてきます」


「わろてへんやん」


ひとみはそれ以上言わなかった。



一枚。

また一枚。


事件当日の写真ではない。


だが、そう見えるように撮られている。


正義ではない。

証拠でもない。

武器だ。

俺たちは、武器を作っている。


「終わり」


通信越しにめぐみの声がした。


「撮れた」


みずきの声も続く。


『バックアップ完了。加工は最低限にする。やりすぎたら逆にバレる』

「任せる」


ひとみが髪を整えながら笑った。


「私との逢瀬の写真、後生大事にせえよ」

「はい」


「すぐ捨てる気やろ!」


いつもの調子だった。


その軽さに、少しだけ救われた気がした。

同時に、救われている自分が不快だった。



ーー大阪・難波駅前


翌日。


二階堂傑の街頭演説には、人だかりができていた。


「大阪は、違いを受け入れてきた街です」


二階堂の声が、スピーカー越しに響く。


「生まれも、言葉も、文化も、仕事も違う。けれど、それぞれが居場所を得られる街でなければならない」


拍手が起こる。

言葉だけなら、正しい。


実に正しい。


「違いを恐れる社会ではなく、受け入れる社会へ」


また拍手。


「大阪から、新しい共生の形を作りましょう」


めぐみが隣で小さく言う。


「綺麗なだけの言葉」


彼女の独り言。

同じことを考えている。




舞台裏。


スタッフ用のテント。

そこに、播磨健二がいた。

半グレ風の男。

くたびれた中年。


そして、細身のスーツ。

真壁。


真壁は、こちらを見ていた。

口元だけで笑っている。


「あのニヤけた奴は入れずに撮れる?」


俺は小さく聞いた。

みずきは小型カメラを構える。


「うん、恐らく」


その時。

みずきの指が止まる。


「……いる」

「誰が?」


「石津」


画面を見る。

演説会場の端。

警備員のように立つ男。


石津だった。

不起訴になった顔。

再犯した顔。


また逃げきろうとしている顔。

人混みの向こうで、笑っている。


腹の奥で、何かが音を立てた。

だが足は動かない。

動かしてはいけない。

ここで動けば、終わる。


二階堂の演説会場で暴れた若い男。

危険な司法試験合格者。

社会的弱者を敵視する暴力的な人物。


どんな見出しでも作れる。


「恒一」


めぐみが低く呼ぶ。


「なに?」

「目が殺したがってる」


「…やばいやつじゃん」

「今更?あなたは、トップクラスのヤバい奴だよ」


めぐみは吐き捨てる。


二階堂の演説は続く。


「排除では、街は良くなりません。必要なのは、理解と制度です」


その言葉に、胸の奥が焼けた。

理解と制度。


綺麗な箱の中に、腐った肉を詰めているような言葉だった。


「何枚か撮れた」


みずきが言う。


画面には映っている。

播磨。

石津。

二人の談笑の姿。

二階堂陣営の関係者。

半グレ。

民泊業者。


一枚では弱い。


だが、組み合わせれば火になる。


「帰ろう」


俺は言った。

めぐみが少しだけこちらを見る。


「いいの?」

「いいも何も、これ以上できることはないよ」


石津を見る。

石津はまだ笑っている。


(今殺しても、一匹だけだしな)


俺は視線を外した。



ーー大阪・久世事務所


夜。


映像と写真を並べる。

事件再現の写真。

二階堂演説会場の写真。


播磨。

石津。

半グレ。

業者。


二階堂。


みずきが画面を見ながら言う。


「写真だけだと弱いね」

「分かってる」


「それでもやるんだね」

「やる」


俺は石津の名前に丸をつけた。

次に、播磨の名前にも丸をつける。


「石津の名前は、直接は出さない」


みずきが頷く。


「でも、分かる人には分かるようにする」

「そう」


「掲示板、ブログ、週刊誌。あと、フリーカメラマン経由」


「出し方は慎重に」


めぐみが言う。


「断定はしない。疑問を置く。写真は“入手したもの”として流す」

「ひとみさんは?」


「記者筋に繋げる」


俺は答えた。


「最初に燃やすのは、石津じゃない」

「播磨」


めぐみが言った。


「そう」


不起訴後に再犯疑惑。


同じ弁護人。


被害者の泣き寝入り。

そして、演説会場で怪しい面々と接触する写真。


火種としては十分だ。


「播磨を社会的に殺す、手前までいく」


みずきが顔を上げる。


「手前?」

「そう、交渉材料なんだ。これらの証拠は情報」


めぐみは何も言わない。


ただ、俺を見ていた。


「石津は?」

「今は対処できない」


「また誰か襲ったら?」

「…明確な答えはない。君たち二人は戸締りして、すぐ警察呼べるようにだけしておいて」



腹の底が熱くなる。

煮えている。

煮えすぎて、もう音も出ない。


俺は画面の中の石津を見る。


(性犯罪者が、デポルが俺の目の前チョロチョロして生きていられると思うなよ)



ホワイトボードの上。


二階堂の名前は、まだ丸で囲まれていない。


だが中央にある。


大阪という街の輪郭が、少しだけ見えた気がした。


綺麗な言葉で包まれた、腐った輪郭。


「火種は置いた」


俺は椅子にもたれた。


「明日、やや燃える」


外では、難波の夜がまだ明るい。


大阪は笑っている。


奪われた者の声を、光と音でかき消しながら。




今日、ふと目に入った黒髪の女。

播磨さんに連絡してみよう。

カメラでサクッと見つけてもらおう。


「次の獲物は、あの女だな。」


脳内でイメージする。


隣の男は彼氏か。

憎たらしい顔をしていた。


(あいつを半殺しにして、全部見せつけてやる)


そんな楽しみを胸に、石津は温かいベットで眠りにつく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです( ^ω^) #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ