第33話:境界線の外へ
第一章の最終話です( - `ω - )
時は流れ。
二〇〇九年三月。
少しだけ暖かくなった風が、廊下から教室へ入り込んでいた。
その中に。
妙な視線を感じる。
廊下を見る。
「……誰だ?」
そこに立っていたのは。
見慣れているはずの女だった。
「誰は失礼じゃない?」
めぐみが、わずかに眉をひそめる。
金色の髪は、そのまま。
だが。
長かった髪が、肩にかかる程度まで短くなっていた。
それだけで。
印象が、まるで違う。
「随分、切ったね」
「うん」
めぐみは、あっさりと頷く。
「邪魔だったから」
それだけ言って。
鞄を肩へかけ直した。
(……似合ってるけど)
口には出さない。
教室は、いつもより騒がしかった。
卒業を間近に控えた。
浮ついた空気。
今後の進路。
離れ離れになる友人。
そんな話が、あちこちから聞こえてくる。
その中で。
「久世くん」
声をかけられた。
振り返る。
立花みずきが、こちらを見ている。
「この一年で、少しだけ棘が減ったね」
「棘?」
「うん。前は、もっと近づいたら刺されそうだった」
そんなつもりはない。
「それより」
みずきの視線が。
俺とめぐみの間を往復する。
口元が、わずかに緩んだ。
「二人、最近距離が近くない?」
嫌な予感がする。
「付き合ってるの?」
「違う」
「違う」
答えが重なった。
一瞬。
沈黙が落ちる。
みずきが、吹き出した。
「息ぴったりだね」
全く信じていない顔だった。
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そして。
卒業式の日を迎えた。
学校行事をこなしながら。
仕事をして。
デポルを狩った。
授業。
商談。
制作。
調査。
大阪への移動。
三年間は。
思い返せば、あっという間だった。
だが。
卒業式そのものに。
特別な感情は湧かなかった。
泣くこともなく。
名残惜しさを感じることもない。
予定されていた行事が。
予定どおり、終わった。
それだけだった。
・
・
・
放課後。
俺の自宅兼事務所。
部屋にある荷物は、ほとんど片づいている。
響いているのは。
パソコンが動く、低い音だけだった。
「売上、確定したよ」
みずきが、モニターをこちらへ向ける。
画面に表示されている数字。
総売上高:一千二百万円。
「予定どおり」
めぐみが、小さく息を吐く。
俺も頷いた。
ホームページ制作。
セキュリティ診断。
ITコンサルティング。
弁護士業務。
必要な事業は。
ひとまず形になった。
(揃ったな)
みずきが、椅子を回転させる。
「ねえ」
声は軽い。
だが。
こちらを見る目は、笑っていなかった。
「少し、いい?」
空気が変わる。
みずきは。
膝の上で、両手を組んだ。
「まずは、謝らないといけない」
一度。
小さく頭を下げる。
「ごめんなさい」
何も言わず、続きを待つ。
「セキュリティの勉強をしていたら」
みずきは、言葉を選ぶように続けた。
「侵入する方法も、分かるようになって」
キーボードを操作する。
画面が切り替わった。
通信記録。
位置情報。
送受信の履歴。
見覚えのある情報が、並んでいる。
「久世くんと、めぐみ」
さらに。
別の画面を開く。
「それから、ひとみさんという人のメール」
みずきが。
まっすぐ、こちらを見る。
「デポルを殺して回ってるんだよね」
沈黙が落ちた。
めぐみと、視線を合わせる。
みずきは。
逃げずに、こちらを見ている。
「責めたいわけじゃない」
声は震えていなかった。
「告発するつもりもない」
一度。
息を吸う。
「私も、仲間に入れてほしい」
即答はしなかった。
みずきが、続ける。
「確証はない」
「失踪した時期も、少しずれてる」
それでも。
口にする。
「私の父がいなくなったのは」
短く、息を止めた。
「たぶん、デポルが関係していると思う」
「……」
「父は、もう死んでるんだよね」
自分へ言い聞かせるような声だった。
「そこまで仲が良かったわけでもない」
「嫌いだったわけでもない」
「だから、複雑ではあるけど」
手を強く握る。
「それでも」
みずきは、頭を下げた。
「協力させてほしい」
俺は、短く答えた。
「駄目だ」
みずきが、顔を上げる。
「理由が、他人だから」
祖父母のため。
俺たちのため。
助けてもらった恩を返すため。
どれも。
動機としては、立派だ。
だが。
「それでは、途中で折れる」
視線を外さない。
「自分の怒りでなければ、最後まで続かない」
みずきは、黙って聞いている。
「立花さんという人間は、信用してる」
それは。
嘘ではない。
仕事に対する姿勢。
技術。
判断力。
人間性。
どれも、信用するに足る。
「でも」
言葉を続ける。
「これは、仕事とは違う」
デポルを殺す。
その背後にいる人間も、敵になる。
法律も。
警察も。
政治家も。
すべてを、蹴散らさなければならない可能性がある。
「その時」
みずきを見る。
「立花さんが耐えられるかは、分からない」
そして。
俺とめぐみにとって。
途中で壊れる仲間は、危険になる。
「それは、俺たちにとってのリスクだ」
静かに言い切る。
みずきは。
わずかに、顔を伏せた。
だが。
視線は逸らさなかった。
「……それでも、いい」
小さく息を吐く。
「捕まってもいい」
「死んでもいい」
そして。
はっきりと告げた。
「途中で逃げる方が、もっと嫌だから」
軽い。
そう思った。
覚悟としては、浅い。
死ぬという言葉を。
現実として理解していない。
死線を越えた人間の言葉ではなかった。
(口では、何とでも言える)
だが。
みずきは。
すでに、知っている。
通信記録。
位置情報。
ひとみとの繋がり。
俺たちがしてきたこと。
すべて。
ここで切り離せば。
外へ漏れる可能性がある。
みずきが裏切るとは思わない。
だが。
知ったまま、管理できない場所へ置くのは悪手だ。
俺の失敗だった。
なら。
選択肢は、一つしかない。
(管理する)
短く息を吐く。
「……分かった」
みずきの表情が。
わずかに緩んだ。
「ただし」
すぐに、言葉を続ける。
「勝手に動くのはやめてくれ」
淡々と伝える。
「何か分かった時も」
「何かしたい時も」
「必ず、俺かめぐみに共有すること」
みずきが頷く。
監視できる範囲へ置く。
それが。
最低条件だった。
「私の役割は、裏方」
みずきは、モニターへ視線を向ける。
「侵入と情報収集」
「必要なら、監視カメラや通信も触る」
それは使える。
どこまでできるのか。
確認は必要だ。
だが。
次の舞台は、大阪。
防犯カメラの数も。
交通網も。
徳島とは比べ物にならない。
一時的にでも。
監視を外せるのなら。
十分な戦力になる。
高校生活の間に。
俺は。
ビジネスパートナーと。
デポル狩りに使える人材を得た。
敵との停戦協定。
殺したデポル。
二百二十。
逃したデポル。
約二百。
そして。
井口。
その名前を思い浮かべるだけで。
胃の奥が軋んだ。
それでも。
いずれ、すべて殺す。
そのために。
俺は、過去へ戻された。
金はある。
人もいる。
情報も揃い始めた。
足りないものは。
(……覚悟くらいか)
殺す覚悟ではない。
それなら。
とっくにできている。
人を巻き込み。
失い。
それでも進み続ける覚悟。
自分一人ではなく。
仲間を使い。
仲間に使われる覚悟。
俺は。
小さく息を吐いた。
「……行こうか」
二人を見る。
めぐみが、立ち上がる。
みずきも。
パソコンを閉じ、鞄を持った。
三人で。
部屋を出る。
徳島でやるべきことは。
ひとまず、終わった。
ここから先は。
俺たちが狩る側でいられるのか。
それ自体を。
試される場所になる。
次は。
大阪。
俺たちは。
これまで引かれていた境界線の外へ。
足を踏み出した。
次回以降、第二章、大阪編!
ビジネス、政治、法律、盛りだくさん( - `ω - )




