第35話:狩られる側 _選別都市大阪編②
昨日は、大阪を拠点にやっていくぞと意気込んで乗り込んだのに、
いきなりボコボコにされ、挙句逃げられてしまった。
しかも、それだけではない。
逃したデポルたちは、
これまで徳島で狩ってきた連中とは明らかに違った。
暴力的なのは同じ。
だが、あいつらは“人間社会”の中にいた。
服装。
言葉。
立ち振る舞い。
あまりにも自然だった。
まだある。
俺が戦ったあの場所。
見上げた先にいた、一人のスーツの男。
顔ははっきり見えなかった。
だが——
(……いきなり拠点がバレたわけじゃないよな)
そう思った瞬間。
ドカッ!
「ッ!?」
頭に重い衝撃。
ひとみのゲンコツだった。
「これから大阪でやってくぞって連中が、朝からシケた面すんな。しょうもないなぁ」
ごもっともである。
今日は挨拶に来ている。
事務所の紹介。
賃貸。
根回し。
諸々、世話になった。
「それで?」
ひとみがコーヒーを置く。
「デポルにコテンパンにされて逃げられて、ようわからんスーツの男が出てきたと」
「……まあ、端的に言えばそうですね」
ひとみは特に驚く様子もなく、資料を机に置いた。
「まあ恐らく、お前が“デポル狩り”ってバレてるんやろな」
軽く言う。
だが、その一言は重い。
「……昨日の三人」
ひとみがファイルを閉じる。
「お前、あれ初見やと思ってるやろ」
「……ええ」
「向こうは、お前を知ってた」
空気が止まる。
喉が乾く。
「大阪で、毎週末みたいにデポルが消える。しかも、その近くに毎回現れる黒ジャージの似た体格の奴」
一拍。
「そら、調べるやろ」
嫌な汗が背中を伝う。
(……)
徳島では、
狩る側だった。
大阪では違う。
こっちも見られている。
「ちゃんと守ってやー」
ゲラゲラ笑う。
笑えない。
本当なら、全く。
「まあ、そんなことより」
ひとみが立ち上がる。
「遅かれ早かれ、そいつらとも対峙する」
机の上に置かれたファイル。
無愛想で優秀な事務員、牧 かながまとめたものだ。
「それ、見てみ」
開く。
中には写真。
事件。
時系列。
供述。
素人でもわかるように整理されている。
「……これ全部、“不起訴”の事件ですね」
「やるやん。他には?」
「……担当弁護士が同じ」
「その通り」
ひとみが楽しそうに手を叩く。
「さて。そっちの二人にもわかるように、不起訴について説明したれや」
めぐみは理解していそうだが、みずきは露骨につまらなさそうな顔をしている。
「不起訴っていうのは、簡単に言えば——」
少し考える。
「事件終了。無罪放免」
「えっ!? 人殴っても?」
「そう」
「泥棒しても?」
「そう」
みずきの顔が曇る。
「……性犯罪を犯しても?」
「そう」
静かに答える。
「証拠不十分。示談成立。反省してる。情状酌量。理由はいくらでも作れる」
部屋が静かになる。
当然だ。
許せるはずがない。
俺がデポルを狩り続ける理由の一つでもある。
めぐみが口を開く。
「……その事件、デポルが絡んでる可能性がある?」
「さすが。鋭いな。久世より」
なるほど。
貼られている写真。
昨日のデポルのうちの一人だった。
「何をしても捕まらない。協力者がいるから」
俺は写真を見る。
五十代。
穏やかな笑顔。
スーツ姿。
「播磨健二」
全国法曹協会でも顔の知られた男だ。
法曹協会は、俺たち弁護士の情報が登録されている。
そして彼は——
人権派弁護士。
テレビにも出る。
弱者救済で評判がいい。
そして——
デポル不起訴製造機。
「正式には不起訴を決めるのは検察官や。けど、こいつはそこに食い込んでる」
ひとみが鼻で笑う。
「表じゃ正義の味方。裏じゃゴミの掃除屋や」
気持ちが悪い。
こういう人間が一番厄介だ。
めぐみが確認を入れる。
「本当に不起訴になる案件もありますよね?」
「もちろんある」
ひとみが頷く。
「でも、この十五件は違う。確実に不正取引や」
美人二人が並ぶと絵になる。
だが気になる。
「そこまで掴んでいて、どうするつもりなんですか?」
ニヤリと笑う。
「あんたらが大阪来るの、待ってたんやないか」
待ってましたと言わんばかりに、ホワイトボードに書き始める。
・播磨がデポルを片っ端から不起訴にしている
・検察側にも三人ほど繋がっている
・デポルは社会に馴染んでいる
・事件は起こすが、妙に統制が取れている
「私の見立てはこうや」
「統制してる人物に心当たりは?」
「ある」
ひとみが珍しく真面目な顔になる。
「大阪市長。二階堂 傑」
空気が変わる。
(……やっぱりそこか、徳島と似ている)
「限定した理由は?」
「事件が全部、大阪市内やから」
一拍。
そして、少しだけ目を細める。
「あと、一回だけ会ったことがある」
ひとみが窓の外を見る。
「弁護士会のパーティーでな。よう喋る、よう笑う、よう握手する」
短く笑う。
「——ああいう奴ほど、信用したらあかん」
それは経験を語るように聞こえる。
「人の顔がうますぎる」
その言葉が妙に残る。
徳島の井口と似ているが——
めぐみが小さく呟く。
「……徳島より、酷いね」
その通りだった。
井口はまだ、密輸の段階だった。
大阪は違う。
もう根が張っている。
弁護士。
検察。
行政。
そして行政が入るなら、政治も当然絡むだろう。
これはもう、一つの国家だ。
目的はなんだ。
デポルを増やす?
馴染ませる?
日常にする?
気付いた時には、境界線そのものを消している。
立派なデポル都市。
その完成形...といったところか。
「敵は強大やで、久世」
ひとみがこちらを見る。
「お前、私と契約した時、“何があってもデポルは根絶する”って言うたな」
鋭い目。
「ビビって心変わりしてへんやろな」
息を吐く。
(デポルに何も奪われたことがないくせに)
……いや。
あるのか。
だからこそ、
俺と組んでいる。
「大丈夫ですよ」
静かに答える。
「情報量が多いだけです。脳内で整理してます」
帰って考えよう。
播磨。
二階堂。
あのスーツの男。
もし本当に、行政と法が絡んでいるなら——
暴力だけでは、終わらない。
その時。
牧が、無言で封筒を持ってきた。
「……?」
差出人はない。
開く。
中には、一枚だけ。
白い紙。
そこに、短く書かれていた。
『ようこそ、大阪へ』
署名はない。
ただ、紙の右下に、小さな印があった。
ひとみの表情が、わずかに消える。
「……二階堂の筋やな」
沈黙。
誰も喋らない。
見られている。
最初から。
”大阪”は、もうこちらを知っている。




