第31話:心血
ーーめぐみフェーズ
徳島。
久世くんの自宅兼事務所。
久世くんとの通信が、一方的に切られた。
「……久世くんに、通信を切られた」
静かに呟く。
数秒後。
机を蹴りつけた。
「ふざけんなよ!」
あの場で。
私は、すべて話した。
一緒に戦うと伝えた。
覚悟も見せた。
それなのに。
久世くんは、通信を切った。
(……一人でやるつもりだ)
私を巻き込まないためか。
邪魔になると判断したのか。
どちらにしても。
許せない。
椅子から立ち上がる。
今からでも、久世くんのところへ向かう。
そう決めた時。
『やめておけ』
聞き覚えのある声が響いた。
『すでに、同じ場所にはいない』
「アステリア」
姿は見えない。
けれど。
声だけで、誰なのかは分かった。
考えるより早く尋ねる。
「遠くにいる久世くんへ、魔法を飛ばせない?」
一瞬。
沈黙が落ちる。
『できる』
「なら、やる」
『待て』
アステリアの声が、低くなる。
『遠隔で使えば、お前の寿命が削られる』
「知ってる」
一度。
教室で使った。
久世くんに触れ。
私の寿命を渡した。
『直接触れる場合とは、消費量が違う』
「どれくらい?」
『一秒で十五年だ』
言葉が止まる。
十五年。
たった一秒で。
私の人生が、十五年消える。
ほんの少しだけ迷った。
死ぬことが怖くなった。
生きたいと思えるようになった。
これから先にも。
見たいものができた。
それでも。
「……やる」
答えは、変わらなかった。
「方法は?」
『時計に触れろ』
机の上に置かれた時計へ手を伸ばす。
『久世を思い浮かべろ』
目を閉じる。
『そして、祈れ』
「何を?」
『久世が生き残ることを』
時計へ触れる。
久世くんの姿を思い浮かべる。
無表情な顔。
冷たい言葉。
何でも一人で背負い込む背中。
私に生きろと言った声。
ただ、ひたすらに祈った。
久世くんが、生き残るように。
指先から。
熱が流れ出した。
触れていた時計が焦げる。
鼻を刺す臭いが広がった。
視界が揺れる。
心臓が、大きく沈んだ。
身体の奥から。
何かを強引に引き抜かれていく。
膝から力が抜ける。
その場に、崩れ落ちた。
『これで』
アステリアの声が、遠く聞こえる。
『二十五年だぞ』
「……そう」
『分かっているのか?』
意識が沈んでいく。
『お前の寿命は、もう長くない』
「いいよ」
息が浅い。
声を出すだけでも苦しい。
それでも。
久世くんが助かるなら。
「それで、いい」
『……恐らくはな』
アステリアの声が、さらに遠ざかる。
『久世へ届いたはずだ』
その言葉を最後に。
私の意識は、暗闇へ沈んだ。
・
・
・
朝。
玄関の扉が開く音で、目を覚ました。
「……ただいま」
久世くんの声。
弱々しい。
すぐに身体を起こす。
視線を向けた。
血。
傷。
破れた服。
壊れかけた身体。
久世くんは。
何事もなかったような顔で、玄関に立っていた。
一瞬で理解した。
(こいつ)
一人で行った。
私を置いて。
本当に死にかけるまで戦ってきた。
立ち上がる。
久世くんの前まで歩く。
そして。
頬を殴った。
「……っ!?」
もう一度。
反対側の頬を殴る。
久世くんの顔が揺れた。
「私も、一緒に戦うって言ったよね」
拳を握る。
もう一度、胸元を殴った。
「なんで」
さらに一度。
「勝手に」
もう一度。
「死にに行くんだよ!」
拳が痛い。
身体にも力が入らない。
それでも。
止められなかった。
「私には生きろって言ったくせに!」
声が震える。
「自分は、勝手に死んでもいいと思ってるの!?」
ようやく、手が止まった。
息が荒い。
久世くんは。
殴り返さなかった。
言い訳もしなかった。
ただ。
黙って、私を見ている。
「……病院に行くよ」
「……はい」
久世くんは、素直に頷いた。
・
・
・
治療を終え、久世くんの自室へ戻る。
私は、腕を組んだ。
「全部話して」
逃がすつもりはない。
久世くんは。
少しだけ視線を落とした。
それから。
ゆっくりと話し始める。
前世で、奪われたもの。
掠奪種という存在。
人間の姿をした怪物。
そして。
久世くんが、これからしようとしていること。
「法で殺す」
その一言で。
部屋の空気が変わった。
総理大臣になる。
法律を変え、執行する。
掠奪種を極刑の対象にする。
逃げ道を塞ぎ。
国の仕組みそのものを、作り替える。
どれも。
高校生が口にするような話ではない。
厨二病を拗らせ過ぎたのではないかとも考えたが。
久世くんは。
静かに、淡々と。
すべてを語った。
夢としてではない。
願望としてでもない。
実行する予定として。
一つずつ。
現実に存在する手段として、並べていく。
私は、黙って聞いた。
最後まで。
やがて久世くんが、口を閉じる。
長い沈黙が落ちた。
(狂ってる)
最初に浮かんだのは。
その言葉だった。
総理大臣。
法改正。
極刑。
どれも、現実離れしている。
普通なら。
妄想だと笑う話だ。
けれど。
久世くんは。
できることを前提に話している。
できるかどうかではない。
実現するために。
何を積み上げるべきか。
それしか考えていない。
(だから、厄介なんだ)
そして。
ようやく理解した。
久世くんは。
私の助けを拒んだのではない。
私を切った。
邪魔になると判断したから。
自分一人で終わらせる方が、効率的だと考えたから。
久世くんは。
必要なら、私をいつでも切り捨てるつもりだった。
「……腹立たしい」
思わず。
声が漏れた。
「本気でやるつもりなんだ」
久世くんを見る。
「馬鹿じゃないの」
「やるために生きている」
迷いのない声だった。
「俺の行動は、すべてそのためにある」
その目を見て。
確信する。
この男は、止まらない。
どれだけ傷ついても。
何を失っても。
目的を果たすまで、進み続ける。
天井を仰ぐ。
止められないのなら。
やることは、一つしかない。
久世くんへ視線を戻した。
「……一つだけ」
「何?」
「次に通信を切ったら」
静かに告げる。
「殺す」
冗談ではない。
久世くんは、何も言わなかった。
「私は、あなたの協力者」
一歩、近づく。
「それに、もう他人事じゃない」
私の情報も。
過去も。
家族も。
久世くんは知っている。
私も。
掠奪種との戦いに巻き込まれている。
「勝手に一人で完結しないで」
久世くんは。
わずかに視線を逸らした。
「善処します」
「……」
「返事」
「はい」
その直後。
久世くんの身体が、わずかに傾いた。
体力の限界だったのだろう。
ベッドへ横になると。
すぐに、眠りへ落ちた。
私は。
眠る久世くんを見下ろす。
酷い怪我。
目の下には、濃い隈がある。
眠っていても。
何かに追い詰められているような顔をしていた。
これが。
十七歳の高校生なのか。
掠奪種を根絶することしか考えていない。
そのためなら。
自分の命すら、平然と差し出す。
(化け物だ)
久世くんが眠るベッドへ腰掛ける。
私も。
もう、渦中の人間になった。
けれど。
それでいい。
これで。
久世くんと一緒に戦う理由ができた。
(久世くんは、私が死なせない)
守りたいからではない。
優しいからでもない。
久世くんへ使った、二十五年。
そのことに後悔はない。
(この人は、まだ壊れきっていない)
だから。
壊れる前に止める。
そう考えるべきなのかもしれない。
けれど。
私の中から浮かんできたのは。
まったく逆の答えだった。
(壊れるまで使う)
久世くんの暴力を。
目的を。
野望を。
途中で終わらせない。
私が、この暴力を完成させる。
久世くんの野望を、現実にする。
それが。
私の役目だ。
眠る久世くんの横顔を見つめながら。
私は、ゆっくりと目を閉じた。




