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第29話:狂気の証明_ 徳島侵蝕編⑦

徳島侵蝕編、終了まであと2話。

ーー徳島・山中


集落。


全身が痛む。


頭がぼやける。


(……ということは、まだ死んでいないのか)


冷静に分析していく。


頭部からの出血。


止まっている。


右拳。


砕けている。


左腕。


両足。


力は入る。


その他は分からない。


そして、拘束はされていない。


ただ、地面に這いつくばっている。


袋叩きにされてから、どれだけ時間が経ったのか。


階段を降りる音がした。


硬い靴底。


一定の間隔。


(革靴か)


(……真壁)


ドアが開く。


薄暗い光が、床に伸びた。


真壁が入ってくる。


その後ろから、十数名のデポル。


這いつくばる俺を、囲むように立つ。


「……君、しぶといね」


「そ……れだけが、と、取り柄なんで……ね」


口が乾いて、うまく話せない。


痛み。


空腹。


睡魔。


思考がまとまらない。


真壁は、ゆっくりと俺を見下ろした。


「よし。一つゲームをしよう」


「……」


「殺し合いだよ」


周囲のデポルたちが、ざわつく。


真壁は構わず続ける。


「ここにいる全員を殺せたら、君の勝ち」


一拍。


「できなければ、君は死ぬ」


分かりやすい。


だが、それだけなら、真壁がわざわざ説明する意味がない。


「そして、もう一つ」


真壁の視線が、わずかに細くなる。


「君が負けた場合、君だけでは終わらない」


喉が張りつく。


「加藤ベアトリクスめぐみ」


一瞬。


胸の奥が、わずかに軋む。


「水谷ひとみ」


真壁は、名前を一つずつ置くように言った。


「彼女たちが君の協力者であることも、すでに分かっている」


(……はぁ)


またか。


「君が死ねば、次は彼女たちだ」


地下倉庫の空気が、少しだけ濁る。


周囲のデポルたちが、にやついた。


「……分から……ないです……ね」


俺は、無理やり口角を動かす。


「はっきり、教えて……ください」


真壁は、少しだけ目を細めた。


「君も悪趣味だね」


「どう、なるんですか」


「奪われる」


真壁の声が、わずかに冷える。


「命も、尊厳も」


周囲のデポルが沸いた。


下品な笑い。


濁った歓声。


獲物を前にした声。


真壁は、その声を止めない。


「それが、僕たちデポルの日常なんだ」


水の入ったペットボトルが、俺の近くに転がってきた。


真壁が顎で示す。


「飲みなよ」


「……」


「説明は、まだ終わっていない」


(……毒が入っていても、飲むしかない)


震える左手で掴む。


蓋を開ける。


喉へ流し込む。


水が、内臓まで染みる。


(……生き返る)


真壁は、淡々と続けた。


「ここにいるデポルには、君がシマ荒らしだとバレている」


真壁は笑わない。


「君は殺すしかないんだ」


短い沈黙。


デポルたちを一瞥する。


「そしてお前たちもな。死にたくなければ、彼を殺せ」


一瞬の静寂。


次に、空気が変わった。


殺意が膨らむ。


濁った息遣いが、地下室を満たしていく。


地下倉庫のような場所だった。


窓はない。


光は、小さな電球一つだけ。


出口は、ドアが一つ。


「俺が死ねば、加藤とひとみが死ぬ、か」


あえて、事実を口にする。


虚しさが込み上げてくる。


あの時の夜。


俺が無様に殺され、冴子さんも殺された。


きっと今、真壁が言ったように。


「……ふふ」


笑いが漏れた。


「はは」


止まらない。


「ははは……はははは」


喉が痛い。


腹が痛い。


それでも、笑いが止まらない。


父から逃げた。


虐待から逃げた。


やっと逃げた先で、凄惨な死を迎えた。


好きになった人を守れなかった。


絶望。


後悔。


罪悪感。


なんの因果か、人生をやり直せた。


にもかかわらず。


何も変わらない。


奪われる。


奪われる。


奪われる。


おかしい。


笑わずにはいられない。


真壁は、黙って俺を見ていた。


その目から、余裕が少しだけ消えている。


周囲のデポルたちは、なおも笑っている。


壊れたと思ったのか。


怯えたと思ったのか。


好き勝手に罵声を浴びせてくる。


水分が、身体に染み渡る。


右拳以外は、動かせる。


視界も、少しずつはっきりしてきた。


研ぎ澄まされる。


あの時のーー


全身に電気が走るような感覚。


「動ける」


声に出す。


真壁の表情が変わった。


俺は、足元に落ちていたレンガの欠片を拾う。


次の瞬間、照明へ投げつけた。


小さな電球が砕ける。


闇が落ちる。


(狙うは左側のデポル)


理由は一つ。


(ナイフを持っている)


「ウオッ!?」


右肘を、相手の顔面へ叩き込む。


目を狙う。


相手が叫ぶ。


ナイフが落ちる。


左手で拾う。


腹部へ突き刺す。


的が大きい。


二度。


深く。


次へ。


一人。


二人。


三人。


手探りで近づく相手を、次々に刺す。


「ナンデ、アイツダケ、ミエテルンダ!」


叫び声が響く。


ある豆知識が役に立つ。


片目は、ずっと閉じていた。


急に暗くなった部屋でも、閉じていた片目だけはうっすらと光が残る。


ぼんやりでいい。


十数人。


多勢に無勢。


だが、相手は何も見えない。


「トビラヲ、アケレバ!」


「バカ! ヨセ!」


開かれた扉から、細い光が差し込む。


部屋の三分の一だけ、位置関係が浮かび上がった。


(見えた)


俺は踏み出す。


一歩で、数メートルの距離を詰める。


左手に構えたナイフ。


あらかじめ引かれていた線をなぞるように。


頸動脈へ。


最短距離で。


切る。


切る。


切る。


肋骨の下。


腹部。


脇腹。


首。


授業中に落とした消しゴムを拾って渡すように。


優しく。


静かに。


突き入れる。


「マ、カベ……サ……」


声が途中で途切れた。


血が噴き出す。


濡れた音が、闇の中に広がる。


真壁は、動かない。


いや。


動けないのかもしれない。


開いた扉の光の中で、俺を見ている。


その顔には、初めて明確な驚きがあった。


残っていたデポルたちが、ようやく後ずさる。


遅い。


闇に目が慣れた。


光の筋もある。


逃げ道も見えている。


殺せる位置も分かる。


一体ずつ。


距離を詰める。


動けるうちに。


息があるうちに。


全部。


殺す。


最後の一体が、壁際で震えていた。


「ヤ、ヤメ……」


ナイフを振る。


声が消える。


静寂。


残ったのは、俺と真壁だけだった。


「……ぐっ」


口の中に、鉄の味が広がる。


血がこぼれた。


頭からも、また血が流れている。


「……ボーナスタイム、終了……か」


息が切れる。


全身から力が抜ける。


前と同じ。


膝が折れる。


片膝をつく。


(……加藤)


(ひとみ)


前世と同じ。


また、守れない。


人生二周目。


俺だけの特権。


俺だけのやり直し。


その傲慢さが、俺の敗因なのか。


後悔が深くなる。


自分への絶望と憎悪で、思考がぐちゃぐちゃになる。


(いや……)


まだ戦える。


前とは違う。


このループから、抜け出せていないだけだ。


真壁が、ゆっくりと口を開いた。


「……久世くん」


声が、先ほどまでと違う。


「場所を移そう。会わせたい人がいる」


「……ゲームの最中では?」


「ああ、そうだ」


真壁は頷く。


「しかし、事情が変わった」


少しだけ、視線が死体の山へ向く。


「君を試すつもりだった」


一拍。


「けど、試験としては十分すぎる」


真壁は、また俺を見る。


「君にとっても、悪くない話になると思う」


まっすぐ目を見て話す真壁は、人間そのものに見える。


(勝手なやつだ)


しかし。


これ以上は、俺も。


「……いいでしょう」


俺の返事を聞き、真壁はどこかへ連絡を入れる。


意識が朦朧とする。


身体中が痛い。


今にも意識が飛びそうだ。


車で、どこかへ向かうらしい。


揺れが、傷に響く。


さらなるピンチなのではないか。


冷静に、そう考えていた。


だが俺は、身体が動かないことを言い訳にした。


ただ、揺られることを選んだ。

徳島侵蝕編、次回で最終話。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです( ^ω^) #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公
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