第25話:狩場形成_徳島侵蝕編③
ーー徳島沿岸部付近。
夜。
黒い手袋。
特殊警棒。
ナイフ。
俺はそれを、一つずつ装備する。
腹に残った傷が、まだ引きつる。
(…拳だけじゃ足りない)
理解した。
今のままでは届かない。
仕留めきれない。
(殺しきるための手段がいる)
特殊警棒は、大阪にある防犯グッズ専門店で購入した。
購入理由としては、護身用。
少なくとも、店側にはそう説明している。
だが、実際は違う。
護るためではない。
壊すために持つ。
手袋をはめる。
指に、わずかな圧がかかる。
(やり方を変える)
手元には地図。
大阪。
兵庫。
そこから徳島へ。
海を跨ぐ線。
耳に、小型の無線を装着する。
ノイズ混じりの声が入る。
『聞こえる?』
「聞こえる」
『こっちもクリアや。海沿いの車で待機中』
ひとみも来ている。
現場で何かあった時、法律と後始末を握れる人間が必要だ。
何よりーーこの件の情報元。
『じゃあ確認。今夜、来る。“十人前後”って情報だったよね』
一拍。
『信用してないけど』
「俺も」
『その読みでええと思うで』
(あんたが持ってきた話だろ…)
少しの間。
加藤が続ける。
『海から来るのは確定。でも、それだけじゃない可能性が高い』
「分散だね」
『うん。“十人”っていうのは、見せたい数の可能性がある』
加藤の声は落ち着いていた。
『だから、全部まとめて処理する』
無線の向こうで、ひとみが小さく笑った気配がした。
『仕込みは済んどる。起動はこっちでやる』
「セットはしたけど、本当に……やる?」
『ガツンといったろうや!』
(あんたは、どう起動するか見たいだけだろ)
それ以上は言わない。
『合図を出してくれたら、押すね』
『タイミングは任せるわ』
「了解」
少しだけ、通信が静かになる。
『……あと一つ』
「何?」
『死なないでね。まだまだ稼ぎたいから』
『それな。回収できんくなるの困るし』
軽い声。
「はい」
通信が、また静かになる。
・
・
・
波の音。
橋の影。
小型ボートが岸に寄る。
人影が降りてくる。
一人。
二人。
三人。
(……九、十)
「まずは報告通り」
これは、見せている数らしい。
一歩、踏み出す。
足音は消さない。
一体が気づく。
だが、遅い。
間合いに入る。
警棒を、側頭部へ振り抜く。
骨の感触が、手に返る。
倒れる前に、次。
ナイフを首元へ滑らせる。
切り裂く。
血が噴き出る。
(順調)
相変わらず身体がこわばる。
それでも問題なく処理できる。
だが、背後。
振り向く。
山側から、影。
(……来たか)
数は。
(多いな)
十じゃない。
囲まれる。
前後。
左右。
「……山側から来た。数は十以上」
その瞬間。
『ほらね』
『今や』
次の瞬間、闇の中で細い線が跳ねた。
足元。
首元。
腰の高さ。
張られていたワイヤーが、一斉に起き上がる。
本来なら、準備に時間がかかりすぎる。
場所を絞れた今夜だから使える手だ。
(あれ?俺の合図は?)
引っかかる。
転ぶ。
体勢を崩す。
勢いのまま、数体が地面に叩きつけられた。
『仕込みワイヤーや』
『動線を読んで、逃げ場を潰してるよ』
視界の中で、デポルが密集する。
バラけない。
逃げられない。
(これが、狩場か)
踏み込む。
背中から一体ずつ。
首をナイフで切る。
警棒で頭を潰す。
振り返る前に刺す。
三つの動作を、順番に繰り返す。
(……楽だな)
怖くなるほどに。
一体が無理やり抜けた。
走る。
『発信機をつけられるなら、そのまま行かせて』
「はい……」
簡単に言ってくれる。
押さえつける。
暴れる腕を捻り上げた。
小型の発信機。
服の内側に滑り込ませる。
気づかれにくい位置。
「……こんなもんでいいか」
『うん。それでいい』
(多分バレてないだろ)
警棒を背中へ振る。
相手の身体が崩れる。
それでも、逃げる。
這って。
立って。
走る。
闇の奥へ。
俺は、静かに距離を取る。
波の音だけが残る。
足元には、動かなくなったそれらが転がっている。
(いくら死線をくぐっても、殺す殺されるというのは慣れない)
まだ、手が震える。
少し息をつく。
(……終わりか)
いや。
違う。
無線。
ノイズ。
『これからだよ』
「分かってる」
ポケットの受信機を見る。
点滅。
微弱な信号。
『拾えとるな。精度はガバガバやけど、追えんことはない』
『だから、予想しながらいくよ」
「頼む」
視線を上げる。
逃げた先。
山。
闇。
(帰る場所があるなら、そこまで行く)
一歩、踏み出す。
「追います」
『うん』
少しの間。
『その先、多分、“巣”じゃない』
「へえ」
『もっと手前。“繋ぐ場所”』
『中継やな』
風が吹く。
血の匂いが、薄れていく。
『そこに、“元締め”がいる可能性が高い』
「元締め……ね」
口元が、ほんの少しだけ動く。
夜の中へ、足を踏み出す。
侵蝕は、まだ止まっていない。




